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039 旅の終わり、逃亡の始まり【2】

 漆黒の魔力に呑まれる結界の外。見えない壁からは滲み出すように、魔力は滴りながら入ってくる。ロベイアの結界では防ぎきれないほど高濃度の魔力だ。

しかしそれは、私にとっては好都合だった。あまりに濃い魔力では、私の能力で操作する事は難しい。けれど染み出した程度のものならば、それを用いてロベイアの結界強化に利用できる。

おかげで壁は崩壊することなく保ち続けており、私達が魔力に直接呑まれる事はなかった。


 だがこれほどの魔力が溢れるなど、一体何があったというのだろうか。ギルドでは魔法の実験が失敗し、爆発事故などは日常茶飯事であるものの、そういった場合でも魔力漏れが起こる事はまずない。なぜなら魔力が爆発という現象に変化するのだから、事故の場合は魔力はほぼ残らないのだ。


 ならば何らかの魔力生成実験の失敗か、もしくは膨大な魔力を持つものがコントロールに失敗し、暴走状態に陥ったか……。どちらも今までの経験的に、見聞きした魔導の情報からも考えにくい事態だ。


 ともかくあれこれ考えても仕方ない事だ。何より今すべきは現状の把握である。特に私は魔力が見えてしまうため、必要以上の情報が得られてしまう。ここはロベイアがどのようにこの魔力の渦を感じ取っているか確認しておくべきだろう。


「ロベイア、あなたもこの魔力は感じ取れるわよね?

 一体どういう状況……、もしくはどのように感じ取ってるの?」

「どのように、と言われましても表現が難しいですが……。

 あっ、昔見たナガノ様がされていた、“魔法の打ち消し”の状態に似ていますわ」

「それって炎の薙刀でロベイアの雷撃を撃てなくしたものよね?」

「えぇ、それが空間全部を覆っているような、そういった様子ですわ」

「へぇ、その状態で結界を張れるなんて、ロベイアも強くなったのね」

「いえ、これは防音結界を転用したものですので……。

 って、そんな事言っている場合ですの!? 今は非常事態でしてよ!?」

「そうね。でも私たちにやれる事はないでしょう?

 私はここまでの魔力、しかも意思なき暴走した魔力なんて操れない。

 そして今の話を聞く限り、ロベイアも結界の外に出れば魔法を使えない。

 つまり収まるまでここで耐え忍ぶしかないわ」

「なるほど……。言われてみればそうですわね。

 こんな時でもその冷静さとは、旅での経験が活きていらっしゃるのかしら」

「そうね。何度か危ない目にもあったし、焦らず状況を見定める事も覚えたわね」


 その言葉に、ロベイアの焦りの色は和らいだ。

けれど私が言わずとも本人も収まるまで待つべきだとは分かってはいたし、なにより結界の展開が早かった事もまた、彼女が常に万一の時に備えていた事を物語っている。


 それでも気持ちが落ち着かなかったが故に、私に対して「冷静すぎる」と言わんばかりの言葉を投げかける事で、自身を落ち着けようとしたのだ。

だから私は焦っている雰囲気を出すわけにはいかない。例え演技であっても、彼女の求める姿を見せ続けなければならないのだ。それが幻術士の振る舞い方である。


 収まるまでの間は当たり障りのない話を続けた。それは旅で食べたご当地メニューの話だったり、そこでしか見られない絶景の話だったり……。焦りや不安でロベイアの結界が揺らがないよう、心を落ち着けられるよう、現状から目を背けさせるために話す。

そうしていると、ゆっくりではあるが周囲の魔力が薄らいでゆく様子が見えた。黒い霧のように、手を伸ばす範囲程度なら見渡せる程度になったかと思うと、すーっと霧は晴れてゆく。


「収まってきたわね。やっぱり事故かしら?」

「今までこんな事故聞いた事もありませんが、おそらく何らかの処理がなされたという事はそうだと思いますわ。

 けれど収まったからといって安全とは限りませんし、もうしばらく留まった方がよろしいのではなくて?」

「……いえ、私の目なら危険は見抜けるはずよ。少し調べてみましょう」

「わかりましたわ。でしたら手を……。離れ離れになるのが一番危険ですもの」

「そうね……。万一の時の魔法は任せるわ」

「えぇ、安全の確認はお願いいたしますわね」


 そうして手を取り合いギルド内を歩く。けれどあれほど濃かった魔力は消え失せ、いつも通りの石造りの廊下は静かで、そして冷たく息をひそめている。そんな中でも時折誰かが走る足音や、慌てたような魔力の流れが漂っていた。

けれどそれらは、先ほどの異変に気付き仲間を心配するものであったり、もしくは安全の確保のため自室へと向かう者達のもので、先の件を知る者のそれではなかった。


「魔力を読んでも原因らしいものは見当たらないわね……」

「……まさかとは思いますが、原因は“橋の向こう”なんて事はありませんわよね?」


 橋の向こう、それは魔導士ギルドの心臓部を指す。元より魔導士ギルドは切り立った崖の先に広がる海に浮かぶ、これまた周囲を切り立った崖に囲まれた孤島であり、ギルド街とも呼ばれる雑多な街とは橋で繋がった場所である。

けれどさらに奥に、もう一つの島があるのだ。つまり空から見たならば、異世界人の茶屋で売られているくし団子の、団子が二つ版と言った形である。その先の方にある島こそがギルドの心臓部であり、ギルド内でも「上層部」や「執行役」などと呼ばれる重鎮のみが行く事を許される場所だ。

そこはギルドに所属する者であってもどのような場所か、何をする場所か、何もかもが秘匿されている。


 ある者は「おおやけにできない危険な、ヤバい実験をしている地獄ではないか」と噂し、またある者は「上層部が富を隠し、酒池肉林の生活を送る極楽だ」などと、邪推をするような場所。聖域である。

もしそこで何かが起こったとするならば、誰も概要は知らないし私が何かヒントの切れ端を掴めないのも納得である。


「向かいましょう。橋まで行けば、もしかすると何か知っている人が居るかもしれないわ。

 少しでも何か知っている人が居るなら、私が読み取る事も不可能ではないはずよ」

「えぇ。このまま何も収穫が無いのは悔しいですし、乗りかかった船というものですわ」


 私達のような下っ端がこんな時にうろうろしているのを誰かに見つかれば、引き返すように言われるだろう。なので私は人々の魔力を探知しては、ロベイアの手を引き隠れながら進む。しかし皆混乱しているようで、私達の魔力と息をひそめた行動に誰も気づく事は無かった。


 極楽へ続く橋……。そのたもとまでゆけば、朱色に塗られた木製のアーチ橋の先は不可視結界によって濃い霧に包まれたように見える。それは私の目も誤魔化す事ができる強力なもので、その先から漏れる魔力などみじんも感じる事ができない。


 この強力な結界が破壊されていないという事から、先ほどの魔力はこの結界から漏れ出たものだという事になる。つまりそれは先ほどのギルドを混乱に陥れた魔力でさえ、結界によってこしとられ、薄まったものであるということだ。ならば中に居た人間が無事であるとは到底考えられなかった。濃すぎる魔力は、抵抗する術を持たない人間を狂わせ、死に至らしめる事もあるのだから……。


「誰も居ないわね」

「えぇ、普段なら見張りの人が居らっしゃるのですが……」

「……行ってみましょう」

「でも……」

「考えてもみて。見張りが居ないって事は、何かあったっていう事でしょ?」

「そうかもしれませんが……」

「わかったわ。それじゃ、ロベイアはここで見張っててもらえる?」

「えっ……。そんなの嫌ですわ! でしたらわたくしも行きます!」


 手をほどき置いて行こうとすれば、強く握り返し彼女は付いてくる。

一人は心細い、その思いもあったが、彼女の魔力からは私を心配する色が溢れていた。


「ありがとうロベイア」

「礼にはおよびませんわ。友人を一人で危険に晒す訳にはいきませんもの」


 そうして一歩朱色の道に足を踏み出す。その時だった。


「待ちなさい」


 女性の声が聞こえ、私たちは振り返った。

次回更新は4/5(日)の予定です。



以下雑記



あ……あれ??もうちょっと進むはずだったんだけど……。

おかしいなぁ、なんでこんなに文字数増えてるんだ??

本来ならノア君を登場させるくらいには進む予定だったんですがねー。

まぁうん、見積誤算能力には自信があるんですよ。文字数見積誤算。

そういう事も多々ある。ままあるじゃなく多々ある。たたーる。

百合の波動を感じよ!!

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