037 戦いのあと
赤い水溜りの中、首に一文字の傷が入った狼が静かに横たわっている。
傷はそこまで深くないようだが、ピクリとも動かない。しかし、魔力の流れが分かる者ならば決着が着いた事は理解できたであろう。けれどその巨体を剣先でつついて、結末を確認をしている男は用心を怠らないようだ。その剣はいまだに鈍く黒々と輝いている。
「どうやら一撃で仕留められたらしいな……」
その言葉から私が理解すべき点は、到底一撃では仕留められないと判断するほどの戦闘経験の豊かさだろう。彼の戦いぶりからもかなりの熟練者だとは思っていたが、長く冒険者をやっているのか、もしくは軍に所属しているのかもしれない。
今後の身の振り方を考えれば、できれば優秀なだけの普通の冒険者であって欲しい。そう私が考えていると、彼の相棒である剣の異変を思い出した男は恐る恐る、そっと地面にその相棒を寝かせた。
「心配しなくていいわよ。即死属性とは言うけど、死に至る時間を早めるだけの効果だから。
もしその剣で指を切ったとしても、それが致命傷になるものでもないなら死ぬ事は無いわ。
それに一時的なものだから、もうすぐ効果も切れるはずよ」
言い終わる頃には黒い靄を揺らめかせ、彼の剣は青空を映す元の姿に戻っていった。
「いやぁ、素晴らしい魔法でした。こんな巨大なゴーレム見た事ありませんよ」
拍手しながら魔弓士の青年が笑顔で私を褒め称えてくれる。しかし目は笑っていない。
強力な魔法を使う相手に無警戒な冒険者はいないだろうが、慣れた人間なら魔力の色を見るまでもなく警戒されていると感づくだろう。
「色々聞きたい事はあるのですがね、確認しておきたいのが君が赤髪の少女のお姉さんですかな?」
魔弓士の警戒感とは真逆の温和な声で老人が尋ねてくる。
どうやらあの子は、私を「お姉ちゃん」と呼んで助けを求めたようね。
「えぇ、そうです。えっと……私はノッテ、そして妹がマティナと言います。
森で魔物に襲われ、マティナに助けを呼びに行ってもらいました。彼女は無事でしょうか……」
「もちろん無事ですよ。ただ、助けを呼びに来た時……ちょうどこちらで火柱が上がった頃ですかね。
その時疲労のためか気を失ってしまったのです。ですので、もう一人連れていた者に村まで送り届けさせております」
どうやらフレイムウォール自体も私の魔力だけじゃなかったようだ。それでも狼に対しては無力だったけれど。そのおかげでマティナは余計な事を言える状態でもなくなったのだから、結果的に助かったわ。
「私たちは冒険者ギルドの者でして、こちらで現れた狼の魔物の討伐を依頼されたのです。
先ほどの剣士がハン、そして私がキュウと申します。見ていただいたのでお分かりでしょうが、魔弓士です」
魔弓士、それは弓を使うが魔力の矢を使う者。
魔導士に近い存在だが冒険者ギルド所属なら大丈夫か……。
できる限り魔法を扱う者には近づきたくない。マティナは特に……私が彼女を守ると決めたのだから。
「そして私めが商人ギルドより派遣されましたハシミと申します。
この森の主である精霊様へのお詫びをするためにやって参りました」
こちらは商人ギルド。魔導士ギルド関係者がいないのは本当に幸運だった。
けれど三大ギルドのうち二つのギルドが絡んでいるのなら、もう一人が関係者かもしれない。
「みなさん助けていただき、ありがとうございます。
もう一人の方にもお礼をしないといけないけれど、お名前をお聞きしてもいいかしら?
そちらの方も冒険者ギルドの方でしょうか?」
「あぁ、アイツもウチのギルドのモンだ。名前はルッツって言う。村に帰ったら紹介してやるよ」
ハンは装備を緩め、シャツの裾で汗をぬぐいながら笑顔で答えた。
私、乙女と言うには少し歳を取っているかもしれないけれど、もう少し配慮してもらえなかったのかしら……。と考えつつも彼の鍛えられた身体にいくつもの傷があるのを捕らえていた。
相手や周囲の観察、それは私付きのメイドであるマリサの教えではあるし、幻術には必要なものだ。けれど裾の下に見える体をまじまじと見ているなんて、これじゃ痴女と変わらないわね。
「それでは、マティナの事も心配ですし、村まで案内して頂けますか?」
「そうしたい所なのですが、すぐに森の精霊様に会わなければなりません。
魔物の存在を証言していただきたいので、貴女にお供頂たいのです」
森の精霊? 魔物の証言? 確かに狼の魔物に襲われたけれど、私がする必要があるのだろうか。
「魔物の証拠なら、毛皮か何かを持っていけばいいんじゃねーの?」
私が断り文句を考えているとハンさんが助け舟を出してくれた。
「そういう訳にはいかないのです。森で魔物に襲われた事、そして魔物の方から襲ってきたという事実が大事なのです。
森は精霊の管轄内であり、その中で人はたとえ魔物であっても狩る事は許されません。こちらに非が無い事の説明が必要となるのです」
ハシミはさらに「討伐から面会が遅れれば精霊を怒らせかねない」と付け加える。断れる雰囲気ではなくなってしまった。渋々だけど森に戻るしかないようだ。けれど条件くらいは付けておこう。
「分かりました。ではお願いがあるのですが、シロマは人見知りな所があって、私がいないと怖がるかもしれません。
ですので私が迎えに行くまでは一人で過ごさせてあげてください。それと冒険者の方が警護していただけると私も安心できます」
彼らに借りを増やす事になるけれど、私に精霊に会いに行けと言うならこのぐらいは妥当だろう。けどもし警護料とか取られたらどうしようか……。
「んじゃ、その役目は俺に任せとけ! さっきの戦いで思った以上に体力使っちまったようだし、先に村に帰らせてもらいたいからな。
ついでにこの狼もこのままにできねーし、村にもって帰っておくぞ。いいだろハシミのじいさん」
静かにうなずくハシミさんを確認して、ハンは収納札という物を札化できる魔導具を取り出す。
それは亜空間バッグの劣化版のようなものなのだが、かなり高価なのに使い捨てになるため、使った事はない。
便利ではあるものの、その魔道具を使えるほど懐に余裕のある冒険者はごく少数だろう。その事と先ほどの戦闘からも、彼らがただの冒険者でない事は明らかだ。
「その前に狼の毛をいくらか精霊への供物として持って行きましょうか」
魔弓士のキュウは喋りながらナイフを取り出し、狼の毛を一束刈取る。そして供物用であろう高価そうな布で包んだ。
「それでは少し休憩した後、精霊様の元へ向かいましょう」
そういってハシミのお爺さんは、昼食用に持ってきたというサンドイッチをご馳走してくれる。
ハンさんは食べながら「ルッツは食べ損ねたと怒りそうだな」と笑っているし、キュウさんも表情は変えないながらも、先ほどまでの弓を引いていた時の殺気立った空気は消えていた。
それはさっきまでの死闘が嘘の様に穏やかな昼食だ。
けれどこの先の事を思うと、おいしいと素直に喜ぶ気分にはなれなかった。
今回は助かったけれど、この先は分からない。そしてどうすればいいか見当もつかない。
それでも私は進まなければならない。もう後戻りはできないのだから。
次回更新は4/1(水)の予定です。
以下雑記
一気に4人ほど登場しました。過去作に出てる人たちです。
というか、過去作の方が後で書いたんですよね。これ下書きだけしておいて放置されてたやつなので……。
なので初期のふんわり設定のせいで口調というか、言葉選びがおかしい。書き直し大変でした。
いやこれでも違和感あるし、キュウとハシミがどっち喋ってるか分かりにくいなってオモタ。
うーん、ムズカシイネ。でも考え続けても結論出ないのでこの状態で投稿しちゃうぜ!
イインダヨ、完成してれば、イインダヨ。(カズモリ心の川柳)




