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032 幻術士

 それは太古に失われた技術。人の不安と恐怖に入り込み、死に至らしめる魔法。

絶望を具現化し、幻によって操る悪意に染まった魔導士の記録。


 人々は彼らを「幻術士」と呼んだ。


 アスカ先生が紡ぐ言葉は要約とぼかしによって、私が不快にならぬよう選ばれたものだった。

けれど私は彼女が本から受ける記述者の魔力と、彼女自身が受け取った本来の内容による印象を直接読み取る事ができてしまう。そのためどんな誤魔化しもない、呪われた私の能力の記述を目にする事となる。


「えーっと、つまりあなたの能力っていうのは、相手の持つイメージを具現化する事ができるのね。

 こうだったらいいなって想いを、その人の魔力を借りて実体化できるの」

「……想いが強いほど、より高度な再現が可能。それはつまり、絶望の方が再現しやすい」

「……」


 必死に隠そうとした本質を言い当てた事で、アスカ先生は一瞬黙り込む。


「どうしてかしら、私の話を聞く人って誤魔化されてくれないのよね……。話し方が下手なのかしら……」

「いえ、私が相手の魔力から読み取れてしまうんです。アスカ先生が悪いわけじゃありません。

 だから……、誤魔化さずに本当の事を教えてください」

「本当に大丈夫? といっても、誤魔化してもバレちゃうのよね。

 もしもう聞きたくないって思ったら、すぐに言ってね?」


 その言葉からあふれる彼女の優しさもまた、私には暖かく流れ込んでくる。

けれどその先は、あまり気分の良いものではなかった。



 ◆ ◇ ◆ 



 太古の昔、この世界にまだ魔王が存在せず、そして魔物も亜人も居ない頃、人間と動物だけが暮らしていた。当時から魔導は発展しており、魔術と幻術に分けられていた。

自身の魔力とイメージを使い魔法を発動する魔術、逆に他人の思考やイメージを読み取り、魔力を()()()事で魔法を使う幻術。それらは使う用途こそ違えど、生活に根差したものだった。


 だが、魔術は必要に応じて使う事ができるが、幻術は相手が居なければ成立しない。まだその頃は相手の見せたいものを見せる、夢を見せる幻であった。しかし世界の情勢が不安定になった時、幸せな幻は悪夢へと変わる。


 人間の最も恐れるもの、それは死である。自身に対してか、もしくは大切な者に対してかの差はあれど、それは生きるものにとって逃れられぬ恐怖。

不安の幻を具現化し、自身に近づく死を意識させ、そして自らの、もしくは大切な者の死をイメージさせる。たったそれだけで、幻術士は相手を焼く事も、感電させることも、溺れさせる事もなく死に至らしめる。それも相手自身の魔力を使う事で……。


 戦争が起きた時、幻術士は最も優れた()()であった。どれだけ鍛え上げられた戦士であっても、自身の意識の根底にある恐怖を完全に封じ込める事などできはしなかった。

そして魔術師もまた、自身の魔力を使われるという事は、自身と同等の魔術レベルで攻撃されるのと同義である。そのため抵抗魔法で防ぐ事もできず、倒れゆく他なかった。


 唯一対抗できるのが自らの魔力を持たない幻術士であり、彼らが世界を支配していると言っても過言ではない時代が長く続いた。

対人に特化した幻術士たちは、自身に歯向かう者を次々に滅ぼしてゆく。魔王、そして魔族や魔物が存在しない世界は、人間同士が争う世界だった。


 争いをやめぬ人間。戦うために大地を耕し、戦うために木々を育て、戦うためにモノを作り、戦うために生活する。豊かで平和な日々を手に入れるために始めた戦いだったはずが、目的と手段が入れ替わった世界。そして戦争は拡大し、戦いのために世界自体が消耗してゆく。


 その姿を嘆き、愚かな人間に絶望した神は、世界の安定のためにある存在を創り出した。それが魔物である。

魔物は恐怖も絶望も持たぬ、ただ人間を襲うだけの存在。相手の魔力を奪い、そして魔力を糧に動くモノ達……。生きてなどいない、魔力から自然発生し、ただそうあるように動くだけの存在。


 死の概念を持たぬ魔物は、幻術士には天敵だった。恐怖という感情も、自身の死に対するイメージも持たず襲い掛かる魔物。それらの魔力を利用しようにも、幻術士が有利になるイメージを魔物は持ち合わせていないのだ。幻術士が見たものは、自身を殺そうとする黒き魔力の塊。恐怖したのは人間の方だった。


 皮肉にも魔物の存在は、人間同士の争いを静める結果となる。

幻術士は天敵の出現により、魔術師の手を借りねばならなくなったのだから、少なくとも利害の一致する者とは協力したのだ。


「という事が書かれてるの。あまりいい気分にはならないわよね……。書いている人の悪意というか、幻術士を悪く書こうとしてるのがわかるもの」

「はい。でもそれも仕方ない事かと思います。人間に対しては害悪でしかないんですから……」

「そんな事ないと私は思うわ。えっと、何だったかな……『銃が人を殺すのではない、人が人を殺すのだ』っていう言葉があってね……。あっ、銃ってのは弓矢の強い版みたいな……」

「いえ、無理に慰めようとしなくていいです。私は本当の事を知るべきだから……」

「そうじゃないの、これは大事なことよ。あなたの能力ちからは、とても強力なの。それこそ魔物が居なければ世界を制するほどにね。

 だからこそ使い方を間違ってはいけないの。能力が人を傷つけるんじゃない、弱い心が人を傷つけるの。それだけは覚えておいてね……」


 ふとロベイアとの試合を思い出す。あの時確かに私は、彼女の「恐れ」を利用した。それは彼女自身が雷撃魔法を恐れていた事もあるが、なにより「相手が苦しむ姿を見るのは心苦しい」と言っていた言葉は嘘でなく、ひねくれていた時でさえ持っていた良心の裏返しでもあった。


 アリシアもまた、能力自体が危険なわけではなかった。彼女の思想、信条が危険だったのだ。

私がもし道を踏み外してしまったら……、彼女のように世界の破滅を願い、そして能力をそのために使ってしまうかもしれない。アスカ先生は、私にその事を伝えたいのだ。


「はい……、そうですね。心に留めておきます」

「心配しないで、きっとあなたなら大丈夫よ」

「ありがとうございます。……それで、続きがあるんですよね?」

「……思考読まないで欲しいかな」

「読めてしまうんですよ……。幻術士ですから。

 それに、今までの話だと幻術士が居なくなった理由が無いじゃないですか」

「そうね……。簡単に言えば魔族によって駆逐された……、となってるわ」

「魔族によって?」


 魔物と魔族、それは似て非なるもの。

自ら思考することなく、ただ人を襲う魔物と違い、魔族は考え、そして集団を形成する。

その頂点に立つのが魔王であり、幾度勇者に倒されても魔王は何度も復活するのだ。


「もしかして、魔族は魔物と違って自身の死を理解できている……?

 だから幻術士は邪魔な存在なので優先的に攻撃された……。とかですか?」

「この本ではそうなってるわね。でも違和感あるのよね」

「ですよね。魔族に対して有効なら、人間側がそのまま幻術士の技術を途絶えさせるわけないですから」

「えぇ。この本自体が幻術士に対して悪意を持ってる気がするの。

 私は書かれている事を読み取る事はできても、世界の真実を知る事ができるわけじゃない。

 だからこの本は何らかの意図があって、幻術士を減らす目的でこういう風に書かれているんじゃないかなって思うのよ」

「幻術士は魔族に狙われると広めれば成り手が減る。印象最悪な書き方ならなおさらですね。

 でも先生は、書いた相手の真意を読み取れるんですよね? それはどうなんですか?」

「それがねぇ……」


 アスカ先生は視線を本に落とし、ゆっくりとその古ぼけた紙を撫でる。

困ったような、慈悲深いような、そんな視線を送る。それは本に対してではなく、書いた人に対してなのだろう。


「書いた本人は、上の人に命令されて書いてるみたいなのよね……」

「あぁ……、いつの時代も上司には逆らえないという事ですか……」

「ごめんね、肝心なところが分からなくて」

「いえ、十分です。ありがとうございます」

「また他にも資料があるかもしれないから、探しておくわね」

「いえいえ。お仕事もありますから、気にしないでください」

「いいのいいの。私も元の世界に帰る方法を探すついでだから。他の子たちも返してあげたいしね」


 少し先生の出す魔力の色が、暗く落ちるのを感じる。


「やっぱり、アスカ先生も元の世界に帰りたいんですか……?」

「そりゃね。ありがたい事に、こっちでも不自由のない生活させてもらってるけど、向こうには私の帰りを待ってる人が居るから……」

「そう……ですよね。すみません、変な事聞いて」

「ううん。こっちこそごめんね、こんな話聞いてもらって」


 そう言いながら微笑む彼女が、「先生」と呼ばれる立場であるがゆえに無理をしている事も、幻術士である私はその柔らかな魔力から感じ取っていた。

そして彼女は、気まずくなった雰囲気を変えようと話題をそらした。


「あっ、そうだ! 話は変わるんだけどね、ミユキさんに餞別を送ろうと思うんだけど何が良いかしら?

 旅のお供に持っていくといいものって何かある?」

「え? ミユキさんどこか行かれるんですか?」

「あら、聞いてない? 人探しの旅に出るのよ。えっと確か相手は、医神アスクとかいう人で……」


 その瞬間、ズキりと頭の中に電流が走ったかのような頭痛が襲う。

医神アスク……、それは私にあの薬を飲ませた人物。私に過去と未来、どちらかを捨てろと選ばせた人物。その時の情景が、爆発するかのように思い出されてゆく……。


「どうしたの!? 顔色が悪いわよ!?」

「いえ……大丈夫です……。少し頭痛がしただけで……」


 彼なら……、私の能力を封じた彼なら何か知っているかもしれない……。

強くなるために、そしてこの能力を使いこなすために、私は彼に会わなければならない。

次回更新は3/14(土)の予定です



以下雑記



二章の終わりが見えてきたー、見えてきたー。

異世界人というか、アスカ先生は異世界人である事を隠す気ないですよね。

異世界人が本気出せば銃くらい作りそうですけど。作ってないみたいです。

異世界人の良心によってこの世界は崩壊を免れているんですよ。

世のなろう系主人公はいとも簡単に世界を崩壊させよるけどな……。

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