030 実戦部隊での日々
「ロベイア、作戦通りに」
「わかりましたわ」
その一言だけを残し私は飛び出す。作戦通りというが、私達それぞれの特性を考えればその幅は広くない。近接戦闘の多少できる私が相手に切りかかり、その間にロベイアが魔術を展開する。ただそれだけだ。それだけであれば普通の冒険者と同じだ。だが大きな違いとして、連携を緊密に取る必要がない事が上げられる。
なぜなら私は魔法の“道筋”が見えるため、同士討ちを防げる。だから「とりあえず何も考えず魔法を撃てるだけ撃って」という作戦が通る。……これが作戦なのかは疑問だけど。
もちろん私が避けようのない密度で魔法を展開する事はないし、なにより彼女の魔力が持たないので結局は常識的な程度の魔法になっている。
しかし常識的な攻撃で何とかなる相手ではなかった。
「お前ら何の考えもなしに突っ込んできても無駄だぞ!」
木刀を持つ私の向かうその先には、2メートルほどの細い棒を持つナガノさんの姿があった。全速力で接近し振り下ろす木刀も、軽々と防がれてしまい、カンッという心地よい乾いた音を響かせるだけだ。そしてその瞬間を狙うロベイアの雷撃も、軽く私をいなすついでといった具合に避けられる。
彼はその巨体とは裏腹に非常に身のこなしが素早いのだ。それは身体強化魔法を使っているためでもあるのだが、それ以上に場慣れしている事が大きい。無駄のない、最小の力で対処しているのは、彼の魔力から感じる疲労感、もしくは私達への恐れの無さが証明していた。
今のままでは無理だと判断し、さっと後退して素早く声を掛ける。
「次の作戦で」
「……あまり乗り気はしませんが、仕方ありませんわ」
そして再び接近し木刀を振り抜くも、当然ながら防がれた。
「ワンパターンだな! もうちょっと頭使え!」
「えぇ、もちろんそうさせてもらいますよ」
その瞬間、周囲8方向から私達を狙い、雷撃の予兆が描かれる。
それは到底いなせるものではない。そして私もまた、逃れる事ができない攻撃だ。
「は!? 自爆する気か!?」
「このくらいしないと勝ち目がないですからね!」
そして雷撃が放たれようとした瞬間、彼は私の木刀を左手で握りしめ、手に持つ棒をぐるりと円を書くように大きく振りかぶった。その棒はいつの間にか魔法にて先に湾曲した刃物のような炎を纏っており、一瞬の熱と共に周囲を焼き切るように揺らめく。
「なっ!? 雷撃魔法がかき消されましたわ!?」
「えっ……」
後方から聞こえる声に唖然とする。確かにロベイアは雷撃の準備を行っていたはずなのに、今では消え失せていたのだ。それはロベイアの魔法のイメージをかき消したという事。私にしかできないと思っていた事が、彼にできたという事だ。
そんな混乱する私の耳に、お気楽な声が聞こえてきた。
「おー、やってるやってる。ナガちゃん休憩にしなーい?」
その声と共にやって来たのはミユキさんだった。
常時魔力の流れで誰がどこにいるか感知できる私にとって、彼女だけは対象外のためいつも驚かされる。そして集中力を乱された私は、ひょいとナガノさんにいなされたのだった。
「よし、ちょうどいい。休憩と反省会だ」
「「ありがとうございました」」
若干煮え切らないながらも、彼がそう言うのであれば従うしかない。
私達は互いに一礼し、ミユキさんの元へと向かった。
◆ ◇ ◆
魔導士ギルドの訓練場、それは周囲を石造りの壁で囲われており、どのような魔法の暴発にも耐えられる結界が巡らされた場所だ。見上げれば魔導士ギルド本体がそびえたっており、それは四階建ての、城というよりは要塞のような武骨な灰色の石積みの建物だ。いくつものアーチ状の窓から訓練する様子を眺められるような構造となっている。
先ほどまでのナガノさんとの模擬戦も、興味本位の職員たちが幾人か眺めている事を私は魔力の流れから感じ取っていた。
魔導士ギルド実戦部隊としてギルドに登用された私達は、この半年間毎日のようにこの訓練場で戦闘訓練を行っていた。
結局アリシアの魔力暴発事件は内々で処理され、アリシアもギルドへの登用を辞退し、私達は平穏な日々を送っている。今日もいつも通りしばらくは人形相手に訓練を行ってきたが、実際にどれくらいやれるのかを模擬戦で確かめようという事になったのだ。
「お前ら、あんま高度な事できないからって自爆攻撃はマズいだろ!
実際に魔物の駆除に行ったとして、負傷したらその後お荷物が増えるだけなんだぞ!?」
ナガノさんは、ミユキさんの持ってきたどら焼きとお茶を片手に反省会を始める。
体力・魔力共に消耗の激しい実戦部隊では、こうやって10時と15時にはお茶休憩を挟むのが毎度の事である。そしてその時に出されるお茶というのは、前にナガノさんたち異世界人四人と会ったあの茶屋からの差し入れだ。
「いえ、作戦通りですので問題ありません。
今はまだロベイアが私を避けるイメージを固めにくいため、私ごと攻撃する状態にしていますが、実際に魔法を放つ段階になった時は、私が補正する事で対処するつもりでした」
「わたくしが攻撃のイメージを柔軟に行えればよいのですが……」
若干ションボリとした様子でロベイアが付け加える。彼女は順位の付けられる狭い学校という世界を出た事で、あいまいな実力差しか分からない世界で一番を目指すという無謀さと無意味さを知り、以前のような「他人を蹴落としてでも上を目指す」といった態度を改めていた。
もちろん今でも向上心は消えていないが、ナガノさんやミユキさんを前にすれば一番にこだわる愚かさを認識したのだろう。
そんな彼女は魔力の生産と貯蔵は十分に素質があるものの、魔力操作には若干の難がある。
それは学校内では十分に通用するものだったが、実際に動く相手、そして魔法への対処法を知る相手には不十分だった。それを補うのが私の役目、魔力操作だけが得意な私が彼女の魔法の道筋を正し、そして効果的に運用するのだ。
「あー、その手もあるが……それじゃあロベイアがどの程度できるか分からんな。それに万一単独行動になった時、その魔術レベルじゃ対処に困るだろう。逆にお前はロベイアの魔法がなけりゃ何もできない事になるしな」
「はい……。もっと精進いたしますわ……」
「ま、しかし連携としては悪くない。少なくとも木刀を握った時点で俺の負けだ。あれが真剣だったら今頃手をばっさりやられてたからな!」
笑いながらそう言うが、彼なら例え真剣でも身体強化魔法でなんとでもなっただろう。少しばかり奇をてらった所で、今の実力差では私達に勝ち目などない。
それより気になるところは、どうやってロベイアの魔法を掻き消したのかだが……、異世界人特有の能力かもしれないし、ロベイアの居る場では聞きづらいと躊躇っていた。
しかしそんな私を意に介さず、代わりに聞いてくれる人がこの場には居た。ミユキさんだ。
「それよりもさ、さっきの魔法何? あの炎の薙刀的なアレ!」
「あ、私も気になってたんです。魔法の道筋を消したって事は、ナガノさんも相手のイメージに干渉できるんですか?」
「あぁ、あれか。そんなイメージに干渉とか大それた事じゃなくてな……。どう説明すればいいんだ?
うーん……。ほら、魔法を撃つ前のイメージって、空間にこう……魔力の墨で描く感じ……だろ?」
「わからん」
「私も魔術はからっきしなので……」
「わたくしは何となくわかりますが、なにぶん感覚的な事ですのでお二人には難しいかと……」
ミユキさんと私は魔術を使えないので言わんとしている事は分からなかったが、ロベイアにはイメージできたようだ。いずれはそれも理解し、その上で私の魔導に応用できるようにならないといけないのだが、今はそこまで至っていなかった。
「まぁ、学校でも“下書き”って言って教えてたくらいだから、絵を描く時の下書きだと思っておけ。
それを上からより濃い墨で塗りつぶすとどうなるか分かるよな?」
「下書きが見えなくなる?」
「そういう事だ。つまりより強い魔力で塗りつぶせば、魔法の発動をかき消せる訳だ」
「うーん、わかったようなわからないような?」
「私もミユキさんと同じく……」
「なんにしろお前の場合は塗りつぶしじゃなく書き換えができるんだ、気にする事は無ぇ。
だがそういう方法もあると覚えておけ。今回みたいに相手が使ってくる可能性もあるからな」
「ふーん。で、ナガちゃんは薙刀使いなんだ? てっきり槍使いかと思ってたよ」
「あー……。昔ちょっと使ってた事があってな……。炎魔法と身体強化、武器は薙刀が得意だな。
一応こっちに来る時大抵の武器を使えるようにしてもらったけどな」
「へぇ……。すごい優遇され「あのっ、そういえばミユキさんはどこへ行ってらしたんですか?」
ロベイアが居るというのに、二人は異世界から来た時の話をしている様子だったので、私は慌てて話を変えた。けれど二人ともあまり気にしていないというか、ロベイアにバレても問題ないと言わんばかりの様子だ。中途半端に事情を知る人の方が妙に焦ってしまうものだが、二人にはもう少し危機感を持ってほしいものだ……。
「ん? アスカ先生のトコで授業受けてたんだよ。あ、そうそう、アスカ先生が時間がある時に来てってさ。君の魔法と似た内容の本が見つかったんだって。もしかすると使いこなすためのヒントがあるかもね」
「本当ですか!? では……、今日の訓練が終わったら伺います」
「うん。図書館に居ると思うけど、場所はわかるよね?」
「はい」
私と同じ魔法について書かれた本……。この能力が私だけのものだと思っていたけれど、そうではなかったようだ。
それは私が強くなるために必要な情報、そして目的のために必要な糧だ。もたらされた知らせに、気分が高揚しないはずがなかった。
次回更新は3/10(火)の予定です。
以下雑記
今回は日常(の訓練)回。フレンドリーファイア言いたかっただけ疑惑。
うん、ちゃんと仲間になってるよ。同じ部隊だもんね。
そして日常なので緊張感もない。お茶会を開く脳筋達。
あとこの時期が「クソラノベに(略」の最終回あたりデス。
(→https://ncode.syosetu.com/n3295fy/)
黒竜戦みたく投稿次期も揃えられたら良かったたんだけどね。
そこまではさすがに難しい。ムズカシイ。
現場からは以上です!




