023 障害
そして試験当日がやって来た。学科のみの修了試験は前日までに既に終えており、そちらは特に苦戦もしなかったので問題なく点数を取れていると思う。だが私にとって一番の障害は、実技のある卒業試験だ。
そして私は、絶対にこの試験をパスしなければならない理由ができてしまった。
それは一週間前、父の使いの者が学校へとやって来たのだ。それは卒業後、私が屋敷へ戻るための引っ越し作業をするために遣わされた者たちだった。まさか父も魔導士ギルドに入るための試験を受けるとは思っていなかったらしく、筆記試験を終えてすぐ連れ戻す算段でいたらしい。そして屋敷に戻れば、領主としての仕事を手伝うように言われたのだ。
だから私はこの試験を通過しなければならない。連れ戻されれば冒険者として活動するなど許されない事が確定してしまったのだから。けれど魔導士ギルドであれば、父も若い頃はギルド構成員として活動していた時期があると聞いている。ならば私がギルドで経験を積みたいと申し出れば、無碍にはできないだろう。
もし万一連れ戻そうとしたとして、ギルドも採用した人がすぐに辞められては困るので止めに入ると思う。そうなればギルドとの確執を生まないためにも、父が折れるのは目に見えていた。
父は冷静な人だ、数年様子を見て、それからでも遅くないと判断するだろう。
場所はギルドの訓練場。ギルド登用試験も行われる場所であり、どの程度の実力か分からない相手が魔法を使う場なのだから、ギルドの中でも最も対魔法結界が厳重に施されている場所である。
結界でしかないのに、異常な圧を感じさせる。それは魔力の流れを読むことができる者全てを怯ませるほどだ。
けれど……、けれど私の大切な者を奪ったあの黒い魔力には遠く及ばない。ここで負ける訳にはいかないのだ。そうして気を引き締めていると、鼻に付く言葉が聞こえてくる。
「あら? あなたなぜこちらに? もしかして皆さんに付いて来たのかしら?
付いていくだけなら、カモの雛だってできる事でしてよ? 失礼、これではカモへの侮辱ですわね」
その声は永遠の二番手……。ここまでは出てきた、けれど名前が出てこない。
私は単語帳を取り出し、名前を探す。二番手の女……、そうだロベイアだ。
試験会場でのトラブルは避けたい。せめて表面上は仲の良い風を装うように言葉を選んでいると、手に持った単語帳をはたき落されてしまった。
「ホント無能は困りますわ! 3年もあったのに、人の名前すら覚えられないなんて!
それともなにかしら? あなたにとって他人など、名もなき雑草と変わらないと言いたいのかしら!?」
「そっ、そんな事ないです……」
「ならばそんな物必要ないでしょう!? さあ、私の名をおっしゃってみなさいな!」
「それは……」
答えられるはずなかった。私の手元に単語帳はない。それがなければ目の前の女は、二番手女としか認識できず、そしてあれほど私を気にかけてくれた異世界人たちでさえ、名前が出てこないのだ。
それはあの惨劇から私の精神を守る機能。名を呼びあった人々を目の前で失った私が、人を人として認識しないようかけられた優しい枷。
彼女の言う事は間違っていないのかもしれない。名もなき草花が巨大な黒いトカゲに踏みつぶされただけ、そのように記憶を書き換えるための処置と言えるのではないか……。
「さあ! どうされました? 何も反論できないでのはなくて!?」
「……はい」
何も言い返すことはできない。彼女の指摘は事実だから。
彼女の性格に難があり、そして相手の弱みを分かっていながら攻撃してくる。そこに正当性はなくとも、私が名を覚えられない事は事実であり……、それは私が過去とまだ向き合えていないからだ。
そんな私に、黒竜と向き合う事ができるだろうか……。現実から目を背け、逃げ続けている私があの厄災を前にして、戦う事などできるだろうか……。
『もし君が今のままではダメだと思った時、そしてどうしても乗り越えねばならぬ壁に阻まれた時、思い出して欲しい。
辛い過去を――――、そして―――――ならば、君が望む事で――――――れる。君が望めば、―――――は変えられる。
今は―――――もしれない。けれど私は、いつか君が―――――――と信じている……』
ふと、懐かしい声が頭に響いた。ずっと私のそばで支えてくれた人たち。その中でも道を示し、導いてくれた白き虎……。彼が最後に伝えた言葉……、それが今少しずつ、ほどけていくように形を成してゆく……。
「おい! 大丈夫か?」
「えっ……」
突然の声に振り向けば、いつも剣術を指導してくれた大男の姿がそこにはあった。
それは変わらず袖のないシャツと動きやすい長ズボン姿で、トレードマークでもある頭に巻かれたタオルすらいつもと変わらない。そして、私が名を思い出せない事もまた、いつもと変わらなかった。
彼は駆け寄り、私の手に小さな紙の束を置く。
「ほらこれ、大事なモンだろ?」
「ありがとうございます……」
「試験、見てるからな。頑張れよ!」
「はい」
日焼けした少し浅黒い顔を眩しいほどの笑顔に変え、彼は頭をぽんぽんと撫でてくれた。
そうだ、彼の期待にも応えなければ……。そしてその先に目指すものがあるのだ、ここで折れてはいられない。私は単語帳を握りしめ、試験へと望む。
◆ ◇ ◆
「今年度より試験の方式が変更される。試験法が二つに増え、第一の試験は例年通りだ。
魔法を的に当て、正確さと威力を測定する。定期試験と同じであるため説明不要だろう」
試験担当のギルド職員は淡々と説明を始めた。そして第一の試験とは、私には絶対に突破できないものだ。それは分かっている、だからこそ第二の試験が重要なのだ。
「第一の試験で十分だと判断されれば、その時点で合格だ。査定基準も例年通り。
しかし、第一の試験で不十分とされてもまだチャンスはある。それが第二の試験だ。
これは実践形式、つまり君たちに模擬戦を行ってもらう」
「失礼、質問してもよろしいかしら?」
手を挙げたのは、二番手女ロベイアだ。彼女は万年二番手という事もあって、第二の試験というものに引っかかりを覚えたのだろうか。
「途中だが……まぁいい。何か気になる事が?」
「はい。模擬戦とおっしゃいましたが、魔法での模擬戦であれば一度目の試験で十分ではございませんこと? 二度も試験を行う意味が分かりませんわ」
「うむ。そのあたりの説明を今から行う。今までの第一の試験はギルド職員としての適性試験だ。
しかし第二の試験は、ギルドの実戦部隊のための試験である。つまり戦う力を測るものだ。
そのため木刀や杖など、こちらで用意した殺傷能力のない武器の使用が認められる。
そして、魔法に対する防壁と、身体強化による怪我の防止等もこちらで行うので安心するように」
合格するしないに関わらず、生徒として扱ってきた者たちなのだから、そのように配慮するのは当然だ。試験で今後に支障がでるような怪我をすれば、それはギルドの責任問題であるし、なにより大きな損失なのだから。
「またこの試験の意義についてだが、どれだけ高度な魔法が使えても戦う事の出来ない者も居るし、逆に魔法の程度は低くとも、それを補うだけの戦略や戦闘技術を持つ者も居る。
そのように、第一の試験では測れない能力を測定し、ギルドに入るにふさわしいものを見定めるため新設されたものである。
そして合格者の選定法だが、第二の試験では総当たり戦を行い、勝利数の多い上位三名を合格とする。またこちらで合格したものに関しては、治安維持等を行う実戦部隊に入ってもらう事となる。
以上を踏まえ、受けるかどうかは第一試験後に申し出るように」
この試験が私に残されたチャンスだ。第二の試験で魔法は使えなくとも戦える事を証明し、そしてギルドに入るのだ。
次回更新は2/25(火)の予定です。
以下雑記
ロベイアさんの死亡フラグが乱立してませんか?大丈夫ですか?
大丈夫じゃなさそうですね。お疲れさまでした。
さて、試験+その後の引きで10万字になりそうです。うん、計画通り。
いや俺の計画がその通り行くことなんて稀なんでね、きっと狂う。
増やしたり減らしたりしながら考えたいと思います!
ではでは次回もよろしくお願いしま~す!




