020 魔術師と魔導士
伝説なんて言っても、所詮学校という小さなコミュニティーでの伝説だ。多少の脚色が入った、安物の紙に書かれた文字列のように、元の話とは大きく変質してしまったうわさ話。
だから信じてない訳ではないが、話半分に聞くのが正解だと思う。半分にしても相当衝撃的な内容なのだけど……。
「えぇと……。ギルドに入る時の試験で、試験会場を消滅させたとか……。
冒険者の時に多属性持ちの魔物を討伐したとか……。
冒険者ギルドのギルドマスターと戦って土下座させたとか……。
あと、伝説の武器を持ってるとか……」
「うん、だいたい合ってる」
「合ってる方が怖いんですけど……」
こんな伝説を持つから彼女を知らぬ人は居ないのだ。特に試験会場破壊は、魔導士ギルドの関係者であればその異常性を肌で感じる話だ。なぜなら、学校でさえ強力な対魔法結界が張り巡らされているというのに、それ以上の事故が起きる可能性のあるギルドは、より強力な結界で守られている。それを破壊できない事は、試すまでもなく魔術師の素質がある者なら感じ取れるのだ。
つまり、自身が挑戦する気にもなれない難題を軽々こなす相手だと、その噂話が証明している事になる。例えそれが大げさに伝わったものであり、もし本当は「多少の傷を付けただけ」だったとしても恐怖するだろう。
だから万年二番手がゆえに立ち回りで生き抜いてきたロベイアは、彼女を敵に回す事だけは避けようとしたし、私に対して皮肉たっぷりの捨てセリフも吐かずに退散したのだ。
そんな”伝説的幻影の魔術師ミユキ”などと、本当に長くて面倒な冠詞が増えていくような人が、魔術の才能がないとでも言いたげなのは到底納得がいかない。
「噂の真相は知りませんが、合ってるならなおさら魔術が不得意だなんて思えませんよ」
「うーん、確かに魔法は使ってると言えるんだけど、魔術ではないんだよね。
授業で習ったでしょ? 魔術は自分の魔力を変換して魔法を使うものだって」
「はい。だから魔力の生産・貯蔵・使用の三つが揃ってないとダメなんですよね」
「そうそう。優等生の答えだねぇ」
「魔術の実技がダメな分、座学で点数稼いでますので……」
「そっか。まぁでもね、それだけが魔法の使い方なら、ギルドの名前は”魔術師ギルド”でないとおかしいよね?」
「どういう事ですか?」
ポカンとする私に対し、ミユキさんは少し意味ありげな笑みを浮かべる。
そして見てもらった方が早いと、右手の手のひらの上に小さな光球を浮かべたのだ。
「私の魔力の流れ、わかる?」
「ええと……。あれ? 手のひらから魔力は出てないですね」
ぼんやりとしか見えなくなってはいるが、これほど近くで見ていることもあり、魔力の出どころを探るくらいはできる。
色もなく心綺楼のようにしか捉えられないが、ゆっくりと魔力のモヤを辿っていけば、それは彼女の胸元に飾られた星型のブローチから発せられていた。
「ブローチ? 魔道具ですか?」
「まぁそんな感じだね。私は自分の魔力がないから、このブローチに魔力を供給してもらってるの」
「でもそんな魔道具聞いたことありません。それがあれば、魔力操作の能力さえあれば魔法を使えるじゃないですか」
「まあね。だけど魔術じゃない。魔を導く、魔導ではあるけどね」
そう言って笑うが、私には衝撃的だった。少なくとも魔力の「使用」に関しては問題ないと言われた私にとって、その魔導があれば魔法を使えるのだ。
つまり、黒竜を倒す力を手にできるかもしれない……。希望が見えた瞬間だった。
「お願いします! その魔道具、どうやったら手に入るか教えてください!!」
「しっ! これバレると面倒なのよ。秘密だからね?」
「はい! 秘密にします! だから……」
そこまで言って気付く。私の声が無意識に大きくなっていた事に。
冷静になり、声のボリュームを下げて静かに謝罪した。
「ごめんなさい。私、魔法を使えるかもと勝手に舞い上がってしまって……」
「いいよいいよ。そりゃチャンスが目の前に転がってれば、誰だって興奮もするでしょ。
でもね、これは手に入れられるような物じゃないし、貸してあげる事もできないのよ」
「そうなんですか……?」
「うん。これは魔石だから」
魔石、それは長く生きた魔物や魔族の体内に形成される石だ。魔力が結晶化したようなものであり、魔石を持つ魔物は、魔石を介して魔力をコントロールする。そのため魔石を破壊すれば死に至るため、魔物の弱点でもある。だから魔物の討伐の際は破壊される事が多く、魔石そのものを入手する事はかなり難しい。
爪の先程の小さな魔石でさえ、父の治める地と領民全てを売り払っても買えるかどうかあやしいくらいの値が付く。
そんな魔石だから彼女は秘密にしているのだ。盗難の恐れもあれば、盗まれるだけならまだしも殺してでも奪い取ろうとする不届き者も居るだろう。
もちろん”伝説的幻影の魔導士ミユキ”がそんな輩に負けるわけは無いだろうし、彼女を知る者がそのように命知らずな行いをするはずもないだろう。
「それは……手に入りませんね……」
「私も今の実力じゃ無理だと思うのよね。あの時は色々な人……じゃないものにも力を借りてたからなんとかなったんだけど……。
それにこれも紛失防止魔法が掛かってるから、貸してあげる事もできないのよ」
「まさか! そんな貴重な物をお借りするなんて出来ませんから!」
「ごめんね、力になってあげられなくて」
「いえ、でも何というか、希望は見えました。
私、魔力がなくて魔術はダメですけど、もしかしたら他の方法で魔力を手に入れられれば、魔導士としてはやっていけるかもしれないって事ですから」
「あぁ、そっか。それはそうかもね。魔石持ってるからそんな風に考えた事もなかったよ」
「はい。ただ、理屈はそうなんですけど、結局どこから魔力を持ってくるかなんて見当もつかないんですよね……」
「そうね。ま、焦ったって仕方ないよ。出来る事から少しずつやっていこう?」
「はい。ありがとうございます」
これが魔力を持たないという共通点を持つ、私達二人の出会いだった。
次回更新は2/19(水)の予定です。
以下雑記
最弱の魔術師と言ったが、最弱の魔導士とは言ってない。
なんかこれ「消防署の方から来ました」とは言ったが「消防署の職員だとは言ってない」に似てる。
詐欺かな??
というわけで、タイトルが20話目にして意味をなさなくなりました!
あ、いや、まだ魔導士としても最弱ですね。これから強くなるんじゃないですかね。
強くなってもらわんと1話目と繋がらんけどな!
さて、主人公ちゃんはどこから魔力を引っ張って来るんでしょうか。
その辺が明かされるのはもうちょっと先なのじゃ。




