136 対談2
翌日、当然ながら私は、父の屋敷に呼び出された。だが、今回は前回とは違う。
巻き込まれ体質のミズキと、なぜかポールとハロンも一緒だ。
今でこそ、沈黙が肌を刺すような父の執務室に居るが、それまでは別室で昼食を食べていた。
ポールはカチコチに固まっていたが、ミズキは食事の美味しさに喜び、舞い上がらん様子だった。
ハロンに関しては、よくわからない。ミズキのように表情が変わるわけでもなく、ポールのように魔力の色で読み取ることもできないのだから。
だが、今では全員が緊張しているであろうことは想像がつく。
ミズキも、あれが最期の晩餐だったのではないかと、恐怖しているかのようだ。
「なぜ呼んだか、わかっているな?」
「昨日の決闘のことですね?」
「…………。私は、お前が何をしたいのかわからんよ。
結婚したくないというなら分かる。だが、婚約の破棄はしなかった。
一体どういうことだ? 説明してくれるか?」
「今はまだ、タイミングではないということですよ」
「タイミングではない!? もう結婚するに十分な歳だろう!?
これを逃せば、相手が見つからない可能性だってあるのだぞ!?」
「そうですね。平民の事情は知りませんが、貴族なら20までに結婚していないのは、高望みのしすぎか、問題がある人だと思われますものね」
「わかっているならなぜ……」
「まだ、私には領主としてやっていく力が付いていないからです」
「それならなおさら、すぐにでも帰ってくればいいじゃないか!」
「そうではありません。私は、その手前の段階にすら至れていないのです」
「手前の段階だと? ……話してみなさい」
父は、心底理解不能だという魔力の色を見せながらも、必死に落ち着こうと取り繕っていた。
ヒートアップしそうな心を押さえ込み、それを紅茶と共に飲み下す。
「お父様、あの厄災の記憶を、私はずっと忘れておりました。
医神アスクの薬によって、心を守るため、忘れることで、痛みから逃れていたのです。
けれど、今はもう、全てを思い出しました。あの時の悲しみも、無力感も……。
そして何より、お父様が私に向けてくれた、愛情も。
あの時、お父様が土壁を氷魔法で冷やしていなければ、私は蒸し焼きにされていたでしょう」
「父が娘を守るのは、当然だ」
「私は、その当然のことをできる力が、まだ備わっていないのです。
結婚し、子供を授かり、育てる。その時、私は我が子を守るだけの力があるでしょうか。
その上領主ともなれば、領民・領地を守る義務があります。それだけの力が、あるでしょうか。
そして、相手のコジモ様もまた、同じく力を持つでしょうか」
「それは……。しかし、私が居るだろう。十分じゃないか」
「いつまでも頼り続けられると、考えておいでですか?」
「お前は……。本当に口だけは達者になりおって……。
しかし、時間を設けたところで、お前の魔法の才能には限界があるだろう。
それに、相手のコジモ殿もまた、剣の腕を今から鍛えても……」
「いえ、彼に期待する力はそうではありませんよ」
「なに? どういうことだ?」
「彼の強みは、そこではありませんもの」
「言ってみよ」
「ええ……」
父と同じように、私も紅茶を流し込む。
そして、順序立てて説明するよう考えた。
「彼と初めて会った時、それは私も彼も、ここへ来る途中でした。
偶然ではあったのですが、彼は私ともう一人の女性を、即座に値踏みしたんですよ」
「待て、もう少し言葉を選べ……。値踏みしたなど、相手に失礼ではないか……」
「いえ、それでいいのです。
その結果、彼はめざとくも私のボタンに気付き、美人のもう一人より、私に声をかけたのです。
それは、見た目では判断できぬ価値を見抜く、商人としての眼力。
昨日の決闘もまた、その眼力あってこその戦法でした。とても、良い目を持った方なのです」
「ふむ……。それが彼の力だと?」
「いえ、それだけなら、なにも得られません。
良いものを見抜いても、手に入れられるわけではありませんから」
「お前から見て、まだなにかあると?」
「ええ。ミズキ、彼の酒場での行動、覚えているわよね?」
「えっ……。うん、それなりに」
「ずっと、最初から見てたわね?」
「えーっと、冒険者の人に声かけたあたりは見てたかな」
「どう思った?」
「どうって……。最初は、一触即発って感じだったかな?
乱闘騒ぎになるようだったら、君を連れ出さないとって思ってたし」
「結果は?」
「なんか、言いくるめてたというか、酒奢ったり、なんやかんやで仲良くなってたね」
「えぇ。それが彼の強さよ」
「どゆこと?」
「なるほどな……。お前は、彼の人脈作りのうまさを評価したと」
「はい、そうです。私の目利きに間違いがなければ、件の冒険者は、かなりのやり手です」
「ほう、見てみたいものだな」
「昨日、いらしてましたよ」
「…………。まさか、あの男か?
だとすれば、かなりの人材を拾ったものだ。ウチに欲しいくらいだよ」
「そうでしょう? それに、相応の礼儀も心得ています。
三流の冒険者なら、決闘で負けを認めた瞬間、乱入してきたでしょうね。
もしくは、最初から自らがやると言い出しかねません。
実際に彼が相手なら、私も勝てたかどうか……」
「ハハッ……。誰が相手であろうと、どうせ負けてやる気などないくせに」
「お父様は、私が勝てると思っていらっしゃるのね。
それは、親の欲目というものですよ」
「どうだか」
そう言って父は笑う。
父にとってもまた、昨日の決闘は、私への評価を変えるものだった。
ただのわがままではない、本当に強くなろうとしているのだと、認識を改めたのだ。
それだけでも、無茶を通した甲斐があったというものだ。
次回は5/21(金)更新予定です。
★お知らせ★
5/19(水)に、短編を一本投稿予定です。
「悪役令嬢は凄腕スナイパー(読切版)」
連載化予定ですが、様子見で読み切りの短編にしました。
参考にさせていただきたいので、感想等どうぞよろしくお願いしま~す!




