130 偏屈爺さん
決闘は五日後、そう言われていたのだが、五日なんてあっという間だ。
たとえ特訓をしようとも、知識面での成長ならともかく、身体的な成長は難しい。
つまり、その間にできることなんて、戦いの極意なんていう信憑性の低い事柄を頭に入れることくらいしかない。
ならば、やることはひとつ。ゆっくり休むに限る。
妙にトレーニング量を増やすなんてしたら、当日の動きが鈍りかねないのだから。
「お前、ずいぶん余裕そうだな……」
そういった言葉は、この五日間を知るポールから発せられたものだ。
もちろん体が鈍ってしまわないよう、普段通りのトレーニングはしていたし、彼にも打ち合い稽古は頼んでいたのだけどね。
「そう? いつも通り過ごしてるだけよ?」
「それが余裕そうだって言ってんだ。
普通はもうちょっと、焦ったり、抵抗を見せると思うんだが……」
「付け焼き刃の訓練が意味をなさないのは、あなたも重々承知しているでしょう?」
「まあ、そうだけどよ……」
彼は言葉にこそしなかったが、これが貴族の生まれのゆえの動じぬ精神か、などと考えていた。
これに生まれは関係ないと思うのだけど……。
まあ、貴族というのは往々にして、ポーカーフェイスはうまいものだけどね。
そんな会話をしながら、ミズキの住み込みで働く魔道具屋の扉を開ければ、いつもは見せぬ機敏さで掃除や商品の整理をする彼を見つけた。
「あ、いらっしゃーい」
「あなた……。すっかり店に馴染んでるわね……」
「そう? んー、結構こういう仕事向いてるのかも?」
「魔導士より、商人になった方がいいんじゃないかしら?」
「ならばこやつは、これからもウチで働いてもらおうかのう?」
ぬっとカウンターから顔を出した店主は、そう言いながらケタケタと笑う。
けれどそれは私たちとは違い、冗談の笑いではなく、本気で奪いにきている者の魔力を纏っていた。
「悪いわね。本人や私がどう思うかに関わらず、彼はギルドのお気に入りなの。渡せないわ」
「…………。ミズキや、お主がギルドを裏切るだけで、ことは進むんじゃがな」
「いやー、ギルドには恩もあるんで、裏切れないかなー」
「ちっ……。つまらんヤツじゃ」
ポールからは偏屈爺さんと聞いていたし、実際彼の魔力からは、そうであると読み取れる。
しかし、それでも敵に回してはいけない相手というのは分かっているようだ。
魔道具屋、そんな業種の者が、魔導士ギルド、それも本部の意向に沿わぬ行動などできるはずもない。
よって、彼がどんなにミズキを近くに置きたがったとして、それは叶わぬ望みなのだ。
「ともかく、約束通りミズキは連れて行くわよ」
「好きにせい。おぬしがおらんでも、やっていけるわい」
「じっちゃんってば、そこは嘘でも寂しいって言っとくとこだよー?
そしたら、ギルドを抜け出してきたかもしれないのにさ!」
「…………。寂しい……」
「今さら遅いよ!
まっ、でもさ、そうやって他の人にも同じこと言えたなら、きっといい跡継ぎが見つかるよ?」
「フン……。嘘を真にうけよって……」
「はいはい。また来るからさ!」
そう言いながら肩を揉んでやるミズキは、本物の孫のように見えた。
そして祖父のような彼もまた、ミズキのお気楽ながらも真摯な今までの行動に、少しばかりは心動かされたように、魔力の波紋を広げていた。
きっとそれは、本当に寂しいという気持ち。
別れを惜しむ、見えぬ涙が立たせた、優しい細波だった。
手をふり店をあとにするミズキに、ふと問いかけた。
「よかったの? いくらギルドだって、あなたが言うなら抜けられたはずよ?
最悪、あなたの力でねじ伏せればいいのだから」
「んー、心残りがないわけじゃないけど、もう十分かな。
一通り魔道具のことは教えてもらえたし、君の指輪も作れたしね?」
「そう……。いまさらだけど、指輪ありがとう」
「どういたしまして。使い方はわかるよね?」
「えぇ。魔力を貯めておけるものよね」
「うん。魔力の充電池って感じ? 近くに魔力元がいない時困るでしょ?
今回だって、それ使えば乗り切れると思うし」
「心配してくれてるのね」
「ま、一応旅の相棒ですし?」
飄々と言ってのけるから、私は彼の真意がわからない。
充電池というものが分からないという、そういった問題ではない。
それは、彼の発する言葉が、本当に言葉通りの意味なのか、それとも他の意図があるのか……。
魔道具が指輪であったことに、意味はあるのだろうか。
別の形だって、問題なかったはずだ。
でもそれを知るには、私の目は使い物にならなかった。
彼の強すぎる魔力は、彼の本心を覆い隠す。
そして彼の捉え所のない雰囲気は、私が身につけた観察眼程度では見抜けなかった。
そんな私の内心など知ることなく、いつの間にか決闘のための広場に着いてしまった。
そこには、私とコジモの関係者しか見物人はいない。
あの酒場で会った冒険者もなぜか居たけれど、他のあの場に居たものは立ち入ることを許されなかった。
それは、外聞を気にする貴族と商家の都合があったのだ。
不意に父と目があい、そして強く睨まれたような感覚に落ちる。
言いたいことなんて、言わなくても分かる。きっと、特別な目がなくたって。
「ところでさ、さっきのは僕に聞くことじゃなかったよね?」
「なに? どういうことかしら?」
「君は、本当にこれでいいの? 後悔しない?」
さっきの私の問いかけが、そのまま彼の口から返ってきた。
けれど私は、彼のように即座に発せられる答えを用意できてはいない。
この五日間抱え続けた葛藤は、未だに私の中でくすぶっていたのだ。
次回は4/30(金)更新予定です。




