116 ミズキの異世界★観光[1]
「うぅ……、ハロンちゃーん……。
置いてけぼりにされちゃったよぉ……」
「おいおい、馬に泣きつくなよ……」
商人ギルドに置き去りにされたミズキは、ハロンの首に抱きつき、おめおめと泣き言を言っていた。
それは、貴族の絢爛豪華なもてなしを受けられると、期待した分の裏返しである。
実際のところは、ボレアリス氏は貴族とはいえ、そのような暮らしをしていないのだが……。
そんなアテが外れ、みすぼらしい姿で抱きついてくるミズキに対し、ハロンもまた対応に困ったという雰囲気だ。
みかねたポールは、ミズキをなだめる。
「ほら、相手にだって都合があるんだから、仕方ないだろ?
んなことより、せっかく王都に来たんだ、色々見て回ろうぜ?」
「やだー! ハロンちゃんと一緒がいい!」
「だだこねるガキかよ……」
「ハロンちゃんも、一人じゃ寂しいよねー?」
「馬に聞くな、馬に。だいたい、ハロン『ちゃん』ってなんだよ。牡馬だぞ?」
「うへへ……。かわいければ、そんなの些細な問題さ……」
「はぁ……。仕方ないな、少しハロンと遊ばせてやるよ。
ギルドのヤツに伝えてくるから、ちょっと待ってろ
超高速で撫で回される、困り顔のハロンをみかねて、ポールはハロンをギルドの厩舎から出してやる。
ミズキは、多少虫のいどころが悪くたって、馬と戯れれば機嫌を直すと、共に旅する短い間にポールは悟ったのだ。
しかし、それはミズキの作戦のうちだった。
「てことで、ハロンも一緒に王都見物行こうね!」
「ちょっと待て。さすがに馬を連れて、王都の中を歩くのは……」
「馬じゃなければいいんだよね?」
「まさかお前、そのために……」
「だってさー、あんな狭い厩舎に入れられっぱなしなんて、ハロンがかわいそうじゃん」
「はぁ……。ハロン、どうする?」
ポールの問いかけに、ハロンは戸惑いながらも、ミズキに甘えるよう頭を擦り付けることで答えた。
それが望んでいたわけでなくとも、ミズキの親切心ならば、甘んじたいと彼は思ったのだ。
「わかった。ちょっと準備してくる」
そうして、ハロンが人型となったことで、男三人での王都観光が始まったのだった。
◆ ◇ ◆
「おじさん! ケバブサンドみっつちょうだい! あ、ひとつは肉抜きで!」
まずは腹ごしらえと、ミズキたちは屋台街に立ち寄っていた。
ハロンは頭からすっぽりと布を纏い、まるで僧侶のような格好である。
その姿と、背の高さから、周囲の目を引いていた。
「おいおい、ケバブの肉抜きなんて、何の冗談だい?」
「いやね、こっちの人がお肉食べられなくてね。でも、せっかくだから同じの食べたいなって。
それにこの店のケバブサンド、すんげーおいしそうだし!」
店主はハロンの姿を見て悟った。
僧侶の中には、殺生を嫌い、肉を断つ者がいる。
彼は、そういった人物であるのだと。
「ほう、そうかい。なら、野菜多くしといてやるよ」
「やった! それじゃ、抜いた分の肉はこっちにね!!」
「ははは、お前さんは食べ盛りだな! 大盛りにしといてやるよ!」
「ありがとね!」
そんな店主とミズキのやりとりを、ポールは微笑ましく見ていた。
しかし支払いを催促され、完全に財布目的にされていることに気付き、表情はすぐに苦笑いに変わるのだった。
「しかし、意外と楽しんでやがるな?」
「まーねー。ギルドでずっといたから、外は楽しいよ?
もちろん、馬車での旅もね」
色々な屋台を回り、両手に持った様々な食べ物を食べながら、にこやかにミズキは答える。
それは、祭りに来た子供のようであり、聞くまでもなく楽しんでいることは見てとれた。
「楽しいなら何より。さて、どこを見て回ろうかな。
案内してやれるけど、どういうものが見たいとかあるか?」
「んー、別にないかな」
「ないのかよ……」
「何があるかよくわかってないのもあるけど、有名なものだって言われてもピンとこないしね」
異世界から来たミズキにとっては、どんなに有名な観光地であっても初耳の場所だ。
新鮮ではあれど、歴史のある建物だとか、英雄にゆかりのある地だと言われても、前提の知識がなければ楽しみようがない。
だが、唯一それでも楽しめるものがあった。
「あ、そうだ! 魔法に関する店とか見てみたいかも」
「ん? 魔法に関する店?」
「そう。魔法を使うための道具屋とか、そういうの」
「お前、魔導士ギルドに居たんだよな?
そんなの見飽きてるんじゃないか?」
「それがさ、ほぼ監禁状態だったから、全然見てないんだよね。
それに、魔力が暴走しないように、基本的に魔法の使用も禁止されてるし……」
「そういや、そんなことも言ってたっけな。
それじゃ、魔道具屋にでも行ってみるか?」
「やった! 楽しみだな〜」
目的地も決まり、屋台で買い占めたものを食べ終えれば、ポールの案内で一行は進む。
「やっぱさ、そういう店って、壁にしか見えない秘密の通路を通って行くのかな?」
「どういうイメージ持ってんだよ。普通の店だっての」
「えー。そういうのって、隠れてやるもんじゃないの?」
「そんなモグリの店じゃあるまいし……。
しかし、そういうのが好みってんなら、あっちの方がいいか……」
「やっぱあるんだね!? そういう店が!」
「ま、まぁ……。モグリではない正式な店だが、ちょっと変わったトコならある」
「そっちで!」
「いいけど、あんまり期待すんなよ?
多分イメージしてるよりは、普通の店だと思うから」
「はいはーい」
そうして進路を変え、三人は裏路地へと入っていくのだった。
次回は3/12(金)更新予定です。




