112 裏路地での出会い
ギルドに掲示してあった地図によれば、父の別邸のあるあたりはちょうど反対側だ。
確か、一度王都には来たことがあるはずなのだが、かなり幼かったときのため、全然覚えてなどいない。
けれど、地図に書かれているのなら間違い無いだろう。
大通りを突っ切るのもいいが、裏道を行ったほうが人も少なく早いだろう。
そう思い、一本裏手の路地へと入る。
そこは大通りとは打って変わって、質素な木造建築が並ぶ下町の雰囲気だ。
住民たちの日常が広がる、どこかのどかで暖かい雰囲気。
所詮王都と言えど、見栄えがいいのは表側だけで、裏手なんてこんなものだ。
けれど、こういうところの方が落ち着くというもの。
表通りのような煌びやかさなど、たまに来るには良いだろうが、生活するには肩が凝る。
人の気配もほとんどしない、静かな路地を歩く。
大通りの国旗にかわり、紐に吊るされ揺れる洗濯物や、生活感のある雑多なものが溢れる道沿い。
そんなものを眺める方が落ち着くなんて、私も庶民の暮らしが染み付いたものだ。
そんな事を思いながら、家庭菜園と花壇を兼ねたような、小さな畑を横目に私は進んでゆく。
その時、花壇の花を摘み、花束を作っていた女性に話しかけられた。
「あら、こんにちは。この辺じゃ見ない人ね。
もしかして、外の人かしら? 迷ったの?」
「いえ、この道の方が近そうだったから……」
「そう。でも、あんまり裏道を通るものじゃないわよ。
迷いやすいし、なにより危ないわ」
微笑みながらも、不審に思う魔力を出す彼女は言う。
けれど私には、彼女の本心すらも見抜く目がある。
だから、危険は事前に察知し、避けることができる。
私にしてみれば、彼女の方が心配なほどだ。
少し年上に見えるが、彼女は華奢なシルエットで、儚げな美しさを持つ、美女という単語が彼女のためにあるのかと思うほどの人だ。
そんな人が、人気の少ない路地にいる方が、よほど危ないだろう。
もしかすると、人通りの多い場所の方が、声を掛けられて面倒な事になるのかもしれないけれど。
そんな予感は、なぜか的中してしまった。
まだ若い男が、大通りから転がり込むように入ってきたかと思えば、私たちを見て面倒な想いの色を出したのだ。
正確に言えば、私たち自身というより、私たちの胸元を見られた気がするわ。
なんだか、前に冒険者ギルドに行った時の事を思い出すわね。
今回は、隣に比較対象がある分、前よりも惨めだ……。
白くパリッとした印象のシャツに、すらりとしたスラックス。
一目で身なりに気を配るタイプに人間か、もしくは金持ちだと分かる男。
そんなのが、なぜこんな所にと考える間もなかった。
男は身なりを整えたあと、束にされていた花を一輪とり、話しかけてきた。
「これはこれは、このようなところに美しい花が……。
どうか、受け取ってはいただけませんか?」
「それ、彼女の花なんだけど」
すっと前に花を差し出され、口説き文句を言われる前に、冷静な指摘で言葉を封じた。
だいたい、そうやって口説くなら、こんなローブをすっぽり被った私より、美人な方にすべきだと思うのだけどね。
「おやおや、釣れない反応だねぇ……。
これから二人で、お茶でもしにいかないかい?」
「遠慮しておくわ。
それに、あなたのお迎えが来たようよ?」
「おや……?」
振り向いた先には、お付きの執事であろう初老の男性が、こちらへと走ってくるところだった。
どうやら、彼はあの執事から逃げるために、大通りからこちらへと逃げ込んできたのだろう。
「坊っちゃま! このようなところに!」
「おやおや、もう見つかってしまったか。残念……」
前髪をかき上げながら、男は言う。
身なりが妙に良かったので、いいところの坊ちゃんであることは、私の目を持ってしなくとも分かっただろう。
しかし、そんな人がお忍びでこんな場所に……。
考えてみれば、私も似たようなものか。
「さぁ、行きますよ。お相手方を待たせてはなりませんぞ」
「ははは、僕が行かなくとも問題ないだろう?
こうしていられるのも、あと少しの間。
せめて最後に、彼女たちとお茶会でもさせてもらえないかな」
「なりません! 今回の件、なにより坊っちゃま本人の事なのですよ!?」
「はぁ……。決定権もないのに、面倒この上ないね」
やれやれといったジェスチャーをした男は、私たちへと向き直る。
そして、キザったらしい笑顔を振りまいた。
「残念だけど、これで失礼させてもらうよ。
ところで、君たちとの思い出に、この花を頂いてもよろしいかな?」
「え……。えぇ、いいですけど……」
「ありがとう。それでは、また縁があればいつか……」
その言葉を残し、花束を持ち、代わりに小さな袋を置いて、男は去っていた。
深々と礼する執事であろう男に、私たちは会釈をかえし、その後ろ姿を見送ったのだった。
「なんだったのかしら……」
「さぁ?」
「とっ、ともかく! ああいうのは珍しいけど、そういう人もいるからね?
行く場所があるなら、連れて行ってあげるわ」
「そうね……。お言葉に甘えようかしら」
次回は2/26(金)更新予定です。




