110 検問
セルバ村を出て数日。
予定通りの旅路を守ったこともあって、大きな問題もなく王都の前へとやってきた。
長い長い検問の列を眺めながら、ミズキは今日もお気楽そうだ。
「ホントに、何の問題もなく着いたね」
「問題が起きて欲しかったのかしら?」
「んー……。もっとこう、魔物に襲われたり、襲われてる人を助けたりするものかと」
「襲われてる人はともかくとして、襲われるリスクを避けるためのルート取りと旅の予定よ。
セルバ村に向かうときの方が異常だっただけよ」
「ふーん。でもさ、ポールさんは例の探し人を拾ったって言ってたじゃん?
だからそういうイレギュラーなことって、割と起こるもんなのかなって」
「んあ? 俺はその当時運び屋やってたって言っただろ?」
「うん、そうだね。それが何の関係が?」
「ホントに何も教えられてないのな……」
「えぇ、そうなのよ」
ポールも、順番待ちで暇なのだろう。
丁寧にも、もう一度その当時の説明を始めてくれた。
「冒険者に荷物運びを依頼するってのは、特別な品なんだよ。
超急ぎの書面だったり、劣化の早い薬だったりな」
「超速達便ってことだね」
「その分超高いしな。あと、紛失リスクもある」
「紛失リスクって……」
「まぁ、その辺の話が、アレと関わってくんのよ。
速達性第一の依頼だから、当然今回の旅のような、余裕のある行程は取らない。
それこそ、昼夜問わずぶっ通して馬を走らせたり、自力で走ったりする」
「馬がかわいそう……」
「あ、当然だが、馬は宿場町で乗り換えだぞ?
一気に宿場町間を駆け抜け、馬を乗り継ぐんだ。
でないと、馬がバテちまうからな」
「そりゃそうだよね」
「場合によっては人間も選手交代だ」
「ふむふむ。つまり駅伝やリレーの要領ね」
「エキデン?」
「あ、元いた場所では、そういう競技があったんだ」
「そうか」
ポールも慣れたもので、時折出てくる謎の単語にも軽くスルーするようになっていた。
しかし、エキデンはともかく、リレー競争はこちらにもあるので、特に不思議に思わなかったようだ。
「んで、超特急だからこそ、道を外れて短縮ルートを取ることもあんだよ。
入るとヤバいって所じゃなければ、突っ切った方が早い場合もあるからな」
「馬では通れない場所や、山を迂回した道なんかは、そうやって短縮できるわね」
「そそ。だから俺は、地図にはない道も知ってるし、普段から通ることもある。
もちろん、そのルートは早いかわりに、ハイリスクだけどな」
「腕に自信のある冒険者なら、そっち通る方がいいよね」
「なんだその目は……」
「いや、逃げ専門って聞いてたから、そんなリスク取ってたのかなって……」
ミズキは、いまひとつポールの冒険者としての能力を信じていないようだ。
まぁ、それは無理もない話。見た目は、ただの気の良さそうなお兄さんだもの。
「ミズキ、もうちょっと顔に書いてある本心を隠す努力をしなさい」
「ってことは、お前も疑ってんのか!?」
「そうね。あなたの戦う姿なんて見てないもの」
「ちくしょう!!」
セルバ村の盗賊、マモンと対峙した時も、彼が攻撃を受け止めたのは見たが、実際に戦う姿は見ていない。
彼の戦闘経験や、実力なんて、私たちが知れるはずがないのだ。
当然ながら、私の目はある程度それも測れるのだけど。
「ともかくよ。そういった特殊な場合を除いて、旅の間に何か起こるなんて、そうそうないってことよ」
「へぇ。ってことは、探し人を見つけたのは、仕事中だったってことなんだね」
「いや、仕事はしてたんだが……。
帰りついでの運び仕事しようとしたら、たまたまその時はちょうどいいのがなくてな。
んで、予定もあったんで王都に帰ろうってなったときだったんだ。
手ぶらだったおかげで、ソイツを拾えたってのもあるな。
仕事持ちで急いでたら、気付かずにいたかもしれないし」
「なーんか、詳しく話を聞くほど運命的だねぇ!!」
「作為的……。いえ、なんでもないわ」
最近の私は、どうも疑り深くなっているように思う。
全てが誰かの意図で動いているように感じるのは、私の良すぎる目が、物事の裏側まで見通せてしまうせいだろうか。
ポールもまた、長い列を見ながら物思いに耽っている。
彼はその時、この検問の列でミユキさんと、医神アスクに出会ったのだ。
そして、布で覆い隠していた虎獣人を、ミユキさんの行動によって暴かれてしまった。
私の周りで起こる事、それらにちらつく医神アスクの姿……。
もし今までのことに彼が関与しているのなら、問いただすチャンスでもある。
彼は何の意図を持って動いているのか。
もしそうなら、私に薬を飲ませたのはなぜか……。
それらを聞き出すためというのも、私がこの旅に立候補した理由のひとつだ。
「よし、通れ! 次!」
「やっとだねぇ。えっと、どうすればいいのかな?」
「マントの留め具が身分証になるから、それを見せるだけでいいわ。
あとは荷物検査を待つだけ。あと……」
「ん? あとはなに?」
「いえ、ありがとう」
「へ? なにが?」
「なんでもないわ」
ミズキのおかげで、ポールは当時のことをさらに鮮明に思い出すに至った。
おかげで占いよりも確実に、彼の探し人がソーン先生だと確信が持てたのだ。
けれど、そのことを彼に説明するわけにはいかなかった。
次回は2/19(金)更新予定です。




