108 王都で待つ者
ミズキの妙に冴える勘の良さに、小さくため息をつく。
ゆれる馬車は、セルバ村に行くときよりも静かだが、それでも軋む音などで、私たちの声はポールには聞こえないだろう。
もしかすると、馬のハロンには聞こえているかも知れないが……。
「大した理由じゃないわ。
ただ、王都には父がいるはずなのよ」
「へ? 君の家は、王都にあるの?」
「そうじゃないわ。貴族の中には、領地を持たないのもいるし、領地を持っていても、何かと便利だからと王都に住む人もいる。
けれど、私も父も、いつもは北方の領地で住んでるわよ」
「へー。今は用事かなにかで、王都にいるってこと?」
「そうよ。領地住みの貴族も、数年に一度、王たちに面会に行くため、王都に行かなければならないの。
といっても、やることはほとんどないのだけどね」
「なにそれ、参勤交代かな?」
「私には、そのサンキンなんとかというのが、どういうものかわからないわ。
まぁ、ただの慣習よね。本来は魔王の動向の報告とかをするためらしいのだけど」
「そっか、今は魔王がいないから、やることがないんだね」
「そういうこと。それでも色々と、報告や相談はあるでしょうけどね」
ミズキが貴族にどういう印象を持っているかは知らないが、貴族も貴族でなかなか大変なのだ。
けれど、謁見に行くのは当然の仕事だろう。
魔王が居る時代は、連合国軍の調整や、領民をどの程度軍役につかせるかなどの折衝がある。
それがない時代だって、金銭的にどのくらい国に収めるかなど、色々と話し合うことはいくらでもある。
ま、それらの仕事も、国から使節がやって来ればできることだ。
それでも、王の威厳を焼き付けさせ、忠誠を誓わせるため、王都に来させるのだろう。
貴族側も、見栄を張らないといけないので、なかなか大変な行事であることには変わらないけれど。
「でもさ、なんでお父さんが居るとマズいの?
もしかして、仲が悪いとか?」
「そうじゃないわ。むしろ、逆と言ってもいいかもしれないわね」
「逆?」
「父に会って言われることなんて、想像がつくもの。
魔導士ギルドをやめろだとか、世界を旅するなんてだとか、そういう話よ」
「え? お父さんは魔導士ギルドに居ること、反対してるの?」
「反対というか……。元々、私が魔導士ギルドに入れると思ってなかったものね。
それに、私は実戦部隊。何かあった時、最前線に立つ人員よ?」
「あー、そりゃ大事な娘が戦場に行くなんて、看過できないよねぇ……」
「それ以上に、私は次期当主だもの。さっさと継がせたいとも思っているのでしょうね」
「あ、貴族って女の人でも当主になれるんだ?」
「え? 普通そうじゃないの?」
「あー……。いや、俺の住んでたトコだと、長男が継ぐってのが普通だったから」
「へぇ……。それだったら、私ももっと自由にいられたんでしょうね」
「あ、でももちろんだけど、女の子しか居なかったら、その子が継ぐと思うよ?」
「そうなの。でも、私には弟がいるから。私に何かあっても、弟が継ぐでしょうね」
「ははは、何かあったらなんて、縁起でもない」
ミズキはそういうが、たとえ実戦部隊に所属していなくとも、この世界では身近に、その『縁起でもないこと』が転がっているのだ。
たとえ彼が膨大な魔力を持っていても、防ぐことができない厄災もまた、思わぬほど身近に……。
「と、色々言っておいてなんだけど、もしかしたら会わないかもしれないわね」
「え? 時期的に今なんだよね?」
「そうね。でも、王都は広いし、なにより時期は今でも、まだ到着していなかったり、もしくはもう帰ってるかもしれないもの」
「なにそれ? その謁見っていうのは、いつ来てもいいし、いつ帰ってもいいものなの?」
「セルバ村に来たときのこと忘れちゃったの?
盗賊が出て足止めをくらうとか、そうでなくとも天災や、魔物の襲来、色々な理由で予定通りにはいかないわ」
「そっか、馬車を使って何日もかけて王都に行くんだもんね。
こっちの長距離移動ってのは、大変なんだなぁ……」
頬杖をつき、小さく息をつくミズキ。
それはなんだか、元いた世界を想っているように見えて、ふと気になった。
「ねぇ、ミズキのいた所では、どうだったの?」
「突然なに?」
「私ばっかり話してるじゃない。ミズキのいた世界のこと、教えてよ」
「えっ、でも聞かれると……」
ちらりとポールを見るが、彼は何も気付いていない。
大声で話さない限り、彼が私たちの話の内容を認識するのは難しいだろう。
「大丈夫、聞こえてないわ」
「そうだねぇ……。俺のいた世界では、長距離用の乗り物があったんだよね。
何百人も乗れる鉄の箱が、二本の鉄の道を、時速300キロとかで走るんだ」
「時速300キロって、さすがに話を盛り過ぎよ」
「本当だって! 将来的には、最高600キロのものを走らせるつもりの世界だもん」
「全然イメージできない話だけど、すごいのね。
それなら、父も王都まで数時間で着けるのに……。うらやましい話だわ」
「うらやましがるような、そんな良い世界でもないよ」
「そう……」
少しミズキの顔が曇る。あまり話したくないのだろう。
私はそれだけ言って、話を切り上げた。
ところで、馬車の速度が若干速くなった気がするのは、私の気のせいかしら?
次回は2/12(金)更新予定です。




