107 連鎖
「そう、わかったわ」
「んあ? 占いはもう終わりか?」
「えぇ。どういうことか整理したいから、少し時間をもらってもいいかしら」
「ん? 整理? かまわないが……。
あぁ、ぼんやりとした占いの意味を解読する的な?」
「そう思ってくれて構わないわ」
私の相手の思考を読む力は、占いのように漠然とした結果をもたらすものではない。
はっきりと思い出されたことは、さも自分で見たような像を、くっきりと頭の中に直接浮かび上がらせるのだ。
だから、彼の探している白い虎が、私の恩師であるソーン先生だということも、しっかりと見極められていた。
けれど、それは想定内のことだ。
盗賊のマモンたちと戦いで、馬獣人のハロンが助けに入ってくれた時、その時すでにぼんやりと、白い虎獣人の姿を私は捉えていたのだから。
けれど、それは不意にポールの頭をよぎったにすぎない。
私だって、人間ならまだしも、即座にその虎獣人がソーン先生だとは判断できなかった。
だからこそ、こうやって彼の思考を「占い」を使って読んだのだ。
そして、その結果から導かれる、過去の彼と私の、近いようで遠い接点。
それは、彼がミユキさんと医神アスクに、奴隷であるソーン先生を売った人物ということだ。
その後、二人はソーン先生と共に、私の住む地へとやってきて、ソーン先生をお父様に預けたのだろう。
その経緯はわからないが、その後ミユキさんは、父の勧めで魔導士ギルドに入った。
そして父と先生、二人の思惑通り……。と言うと語弊があるが、ミユキさんに預けるような形で、私が魔導士学校、そして流れで魔導士ギルドへと入る形になったのだ。
ある意味で、私のこれまでの人生全てが、このポールという男を起点にはじまったといっても過言ではない。
そんな人と出会うなど、偶然にしてはできすぎていると、不意に笑いが込み上げる。
これを運命というのだろうか。もしくは、誰かに仕込まれていた……。なんてね。
「どうしたんだ? 急にニヤけやがって」
「いえ。世の中って、どう繋がっているかわからないものね、と」
「は?」
「ともかく、これで目的地は決まったわ」
「いや待てよ、占いの結果はどうだったんだ?」
「それね……。そうね、王都に行けと出たのよ」
「占いの結果にしては、えらく具体的だな」
「結果だけを告げているもの」
「そういうものなのか……?」
私の答えに、居るだけの置物と化していたミズキは、ふいに視線を遠くへやった。
彼の妙な鋭さからするに、私が何か隠していると気付いた……?
しかし、たとえそうだとしても、別に結論も変わらなければ、困ることもない。
彼が、本当はどのような人物であろうとも、私の目的の邪魔にさえならなければいいのだ。
そう、私の目的は、黒竜を倒すことなのだから。
翌日の朝、まだ肌寒さの残る薄く霧がかった頃、私たちは王都へと向かうべく村を出た。
ハロンの引く馬車は、商品であった金物類は売り払われ、今度は乾燥果物と、黒の塗料が入った箱と樽が積み上げられている。
見るからに重そうな荷台に私たちも乗り込み、再び旅が始まるのだった。
いつもなら、ハロンの揺れる尻尾を眺めているミズキだが、今回は違った。
さすがに、人型、それも男になれる馬の臀部を、眺め続ける趣味はないのかと思いきや、意外にも私に話しかけるためだったようだ。
「それでさ、ひとつ聞いてもいい?」
「何かしら?」
「なんで王都に行きたがらなかったの?」
「あら? 昨日話していたの聞いてなかった?
これから王都に行くのよ?」
「そうじゃなくて、セルバ村に来る時だよ」
「……。話が見えないわ」
やっぱり、妙な感の良さで気付いていたらしい。
うまく煙にまこうにも、彼の思考が読めず、逃げ切れる気はしない。
そうは思いつつも、一応誤魔化してみた。
すると、ミズキはニンマリと笑い、ポールに聞こえないよう小声で話すのだ。
「地図見たんだよね。
魔導士ギルドから、セルバ村に続く道はひとつじゃない。
王都に近い場所を通る道が、もう一本通ってるよね?
それがこの道。こっちの方が太くて、交通量も多い。
だから盗賊の件があっても、こっちは馬車の定期便も止められてなかったんだ。
なのに君は、来る時この道を通る選択をしなかったよね?
さて、どうしてかな?」
「単純に遠回りになるからよ」
「おっと、それだと昨日の話と食い違うよね?
別に予定を組んで動いているわけじゃない、そう言ってなかった?」
「ルート通り行かなくてもいい、としか言ってないわ」
「あんまり変わらないじゃないか。で、何を隠してるのさ?
王都に行きたくない理由、あるんじゃないの?」
まったく、こんなところで勘の良さを発揮しないでもらいたいものだ。
確かに理由はある。けれどその理由は、ごく個人的なものだ。
だから、そんな理由で盗賊の危険のある道を選んだことなど、できれば隠し通したかった。
けれど、どうやらそうもいかないらしい。
「はいはい、降参」
両手を上げ降参を示すと、ミズキは勝ち誇ったような顔をする。
相手の思考が読める私が舌戦で負けるなど、それほど多くない経験だ。
と言っても、思考の読めないミズキ相手だから仕方ないことなのだけど。
次回は2/8(月)更新予定です。




