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エピローグ

 荒野である。

 ビルの残骸、折れた電柱、地割れ、白い石畳の隙間からは草花が生える。ウサギやシカ、ネコといった動物の影も見える。つまり、人間にとっての荒野だ。

 この荒野を、フランツ・カブラギは小銃を抱えながら歩く。

 日常的な巡回である。巡回というには原始的で、なにより徒歩の割に広範囲だ。通信機器は使えない。だから仲間を援護できる距離を保っている。

 シェルターを中心とした円軌道の巡回任務は、生存のためには欠かせない。鉱石生物は人間の脳みそ目がけて突っ込んでくる。シェルターに集中していては鉱石生物が殺到する。需要に対してあまりにも供給が少ないのだ。

 23世紀から24世紀へと、人類が続くかどうか危うい。

 それほど人間は減ってしまった、と博士は語る。

 フランツは見たこともないくせになぜ分かるのか、ずっと疑問に思う。人口が100億を超えていたことが、なぜかつては分かっていたのだろう。結局のところ指折りでカウンティングするしかない。衛星がするか、人の眼がするかは重要じゃない。

 いずれにせよフランツが数えたわけでも、博士が数えたわけでもない。

 人類はもともと少なかったんじゃないか。

 フランツの考えを聞いて、博士は大いにそれを讃えた。批判的な思考と詩的な発想のコラボレーションこそが人類の発展の礎だった。博士いわく、フランツは学問に向いている。

 向いていることをしても食っていけない。

「――! フランツ!」

 イワンの声だ。

 鉱石生物が出たのだろう。小銃を握りしめ、イワンの方へと向かう。割れた石畳を避け、黄色い花を踏みつけて進む。

「イワン!」

 そこには鉱石生物がいた。イワンの腕をちぎり、口でくわえている。白い石畳の上に、血が広がっている。赤い糸は、イワンの右肩から、怪物の口元までつながっている。

 怪物は、犬のような眼でフランツをじっと見ている。

「くたばれ」

 小銃から弾丸が放たれる。

「気味悪いんだよ、クソ」

 死体を蹴りつけようと、フランツが近づく。

 鉱石生物が叫ぶ。

 絶叫。

 断末魔。

 同種の競合相手への置き土産。

 最新の情報。

 獲物はここにいる。

「イワン、さっさと逃げるぞ」

 フランツは事切れた怪物から離れ、イワンの元に駆け寄る。

 実弾はもうない。ほんの数ヶ月前までは破壊信号で殺せた。だが、鉱石生物は――サラブレッドを産まれさせた。直近の課題に対して有利な遺伝子を意図的に残しているのではないか、とは博士の考察である。

 牙も爪もないのだ、逃げることが最善の選択だ。

「……群れが来る」

「急ぐぞ」

 イワンを担ぎ上げ、歩き出す。

 後ろから呼吸が聞こえる。

 荒い息づかいだ。走ってきたのだろう。エネルギーを消費しても、それ以上の摂取が見込めるなら構わない。誰だってそう思う、怪物ですら。

「最悪だ」

 責任者は誰だ。撃ち殺してやりたい。

 誰がこの状況を作った。殴り殺してやりたい。

 フランツは振り返らない。

 そんなことをして何になる。

 せめてもの抵抗だ。

「フランツ……」

 虫の息で、イワンが言う。

「最悪じゃないさ。食い扶持が減ると思えばな」

「ポジティブ野郎め」

 近くにいる。

 もう終わる。




 だが、待てども何も起こらない。

「フランツ」

「なんだポジティブ野郎。奇跡でも起こしたか?」

「血が、止まってないか?」

 フランツは驚き、イワンの右肩を見る。

 確かに血が止まってる。

「どういう――」

 視界の端にはもっとあり得ないものが見えた。

 浮かんでいる。

 鉱石生物が浮かんでいる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()、浮かんでいるのだ。箱に入ったネコをフランツは思い出した。身動きが取れなくなっている。ネコと違い、鉱石生物は柔軟性に欠ける。

 群れも動かない。

「なんだこりゃ……」

 腹を空かせた肉食獣が、獲物を前に動かない。

 否、動けない。

 二人の耳に声が響く。

「こんにちは」

 動きの止まった鉱石生物の群れから、ひょっこりと男が現れる。

 灰色の汚れたような、まだらのコートを翻しながら、フランツに近づく。

「あなたは――」

玉髄(ぎょくずい)だ、よろしく」

 偏屈そうな顔つきの男、玉髄は微笑んだ。

 どこか機械的な笑顔だとフランツは思う。その中にあるほんの少しの不器用さがなければ、信頼できなかっただろう。

「サイボーグか?」

「その通り」

 フランツと玉髄は恐る恐る握手をする。

 フランツは握りつぶされる恐怖と、玉髄は握りつぶす恐怖とそれぞれ戦った。

 肉と鉄が触れあった。

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