天蓋崩落6
叫び声と信号が飛び交う。
「分からないか、人種も肌の色も性別も年齢もなにもかも変えられるのが南極都市だ。ここでは外のクソ差別は意味をなさないんだよ。アイデンティティが聞いて笑わせる。そんなもんは個人攻撃のためのタグ付けだ」
黒曜は外の世界を嫌う。
どこまでも繋がっているがゆえに争いが起こる。
変わらないものは弱点でしかない。
肉体は窮屈さのシンボルだ。赤い血が回り、幾重にも皮膚が重なり、肉は骨に張りついている。おぞましきは生物の設計図だ。ささやかなメモの違いが、無限に悲劇を産んできた。
「だから、外なんていらない」
大きな機械のアームを、黒曜は駆け上がる。視線の先には玉髄――目が合う、発砲。躱された、反撃に備え、黒曜も身を隠す。移動先を推測し、背面に回れるように、動き出す。
「ずいぶんと社会派だね。指摘したい点があるけど」
黒曜は沈黙をもって応えた。
「サイボーグ技術があっても差別が絶えないなら――南極都市でも悲劇は起こりえるんじゃない? 立場とか強さとか、キミの言うところのタグの代替品になると思う」
「俺が言ってるのは、もっとスケールの大きい話だ」
「そうかな、個性を否定するというのは、みみっちい話だと思うけど」
黒曜は工場の機械を撃つ。信号に込められた命令は、数秒後に動けという単純なものだ。
だがそれでいい。
「お前は騙されている。マリアは犯罪者だぞ」
「冤罪だ」
「証拠はどこにある?」
「僕がそう思いたいだけだよ」
黒曜が舌打ちをする。
「その心こそが」
胸の激情を押さえ込む。
「作られたものではないと、なぜ言い切れる? マリアは南極での計画に絡んでた。俺たちの仕組みも知ってる。コントロールできる。お前は良いように扱われてる」
「それが何だって言うんだ」
黒曜は走り出す。
「!」
突如動き出した機械に、玉髄は体勢を崩される。そして眼前に黒曜が現れた。
距離はわずかに三メートル。
玉髄の突きだした銃を、黒曜が拳ではじき飛ばす。玉髄もまた、黒曜の銃を蹴り飛ばした。
「酷いな……あれ、不撓からの借り物なのに」
「要らないから寄越したんだろうさ。知ってるか? あいつらは実弾銃を作った」
実物としての弾丸。システムなんてお構いなしに、物理的に打ち抜き、壊すための銃。「軍」製の殺人銃である。
「それ本当かい。さすがは「技術」の賢者」
「暴力に終わりはない」
黒曜が目の高さで、拳を構える。玉髄もそれに応じる。
「いつまでも更新し続ける」
「その果てが、殴り合いとはね……いや、そうか、お前が」
玉髄が思い出すのは始まりの日だ。
鉱石生物を素手で殺したプレイヤー。
マリアの次に出会ったプレイヤー。
外見が様変わりしていて気がつかなかった。
「逃げてもいいんだよ、あの日みたいにさ。そもそも戦う意味ってある?」
「俺のこの嫉妬はもう止まらない」
玉髄の側にはいつでもマリアがいた。
「そうか、なら受けて立つ」
23世紀、南極、サイボーグ同士の殴り合い。
血の代わりに電気が漏れ、骨の代わりに鉄が軋んだ。




