天蓋崩落3
玉髄が地下から脱出した、数秒後。
崩れたその地下を、不撓は銃も持たずに歩く。傍らにはケントがいる。親子が揃いの軍服を着ているようにも見える。その周囲で黒い兵士たちが警戒を続ける。
不撓が笑いながら、叫ぶ。
「おいおい、お出迎えはまだか! 」
数秒の沈黙の後、がれきの一部が動く。
それをどけるようにして、床の扉が開いた。
「……指揮官が前線に立つなんて」
下からひょっこりを顔を出したのはルイだ。金髪碧眼に白い肌。灰色ばかりの空間では光輝くようですらあった。
誰もルイに銃を向けない。
「不用心というか、豪快というか」
「トップが潰れても動けるようにしてあるさ、俺は一流だからな……さて」
不撓はしゃがみこみ、ルイに顔を近づける。
「振られたな、ルイ」
玉髄を殺さなかった理由は、勧誘だったのだろうと不撓は考える。
「あなたたちが大人しくしていれば彼は味方になってました」
「ははぁ、ファインプレーだったわけだ」
「……あなたたちもです」
そう言ったルイの眼は、神々しくも鋭かった。
不撓には理解できない。ルイの圧倒的な自信の源はどこにあるのだろう。なぜ確信を持って、帰還を諦めさせることができると思うのか。
「あなたたちは知らない、真実を」
ルイ――「思想」の賢者が語ろうとするのは、世界の歪みである。
不撓は言葉を必死に紡ぐ。
「まさかとは思うが」
「はい」
「あれか、お前たち三賢者が犯罪者とか、俺たちに思い出はないとか、SF世界じゃなくて発展した現実とか、そういう話か?」
ルイが硬直する。だが、すぐに我に返る。床から首だけを出した状態で、顔をケントに向ける。ケントは……顔を背けた。
「話したのか!」
「……う、う、うん」
「なるほど、口下手なキミが、それゆえに禁忌を破ったすべての罪を背負わされたキミが、ここにきて成長したわけだ。不撓との交流によって……」
不撓が咳払いをする。
「いや、話を聞いたのは初日だ」
ルイは言葉を失う。
「始まりの日に拾ったら、急にいろいろと説明したんだ」
「が、が、がんばった」
不撓は立ち上がり、ケントの側へ行く。そのままケントの赤髪をくしゃくしゃに撫でる。ケントは照れくさそうに笑う。
「ふざけるなっ!」
ルイの怒号が響く。
「危険性に気がつかないのか、アイデンティティの崩壊に関する実験もやったはずだ。抑制機能の低い彼らに、真実を伝えるのなら、細心の注意が必要だ。それを――」
「俺が思うに」
不撓が割り込んだ。
「おまえは舐めすぎなんだよな」
「ボクが言いたいのは科学において――」
「だから、その科学様でも、人間は作れなかったんだろ? ケントはあくまで技術屋だが、そこら辺も聞いた。鉱石生物の判定をパスできる人間の贋作を作れなかったんだろ? 笑えるよなぁ……化け物には、きっちりあるわけだ、人間の定義がさ」
意思を剥奪した人間であれば、倫理的には問題がないのでは。このような議論も当然あった。しかし意思なき人間を、鉱石生物は人間とは見なさなかった。
意思なき人間はスケープゴートになれなかった。
これを鉱石生物の「慈悲」とする者もいた。あるいは「いましめ」だと。
鉱石生物は「人間は人間を犠牲にしている」と定義している。
ルイは言う。
「ヒトの定義はヒトがする」
「寝ぼけてんのか。物事の定義は、相手がするんだよ。敵対者や協力者、自分ではない存在がするもんだ」
「時代遅れの考え方だ」
「自分が最先端で、かつ初出だと思ってるなら馬鹿だぜ」
「22世紀の思想革命をあなたは知らない」
「革命でも開拓でもないね。おまえのように人間を馬鹿にした馬鹿は、21世紀にも腐るほどいた」
もっとも21世紀に生きていたことなどないが、と不撓は笑う。
「思い出ぇ? いらんわい、そんなもん。アイデンティティとかそれっぽい横文字使ってんじゃねーよ。好きな映画が違えば、それでいいんだよ」
ルイ以外の全員が笑う。穏やかに、ここが戦場ではないように。
銃声が響く。
戦場だからではない。
相反する意思が、互いに銃を持っているからだ。




