秘密が終わるとき4
怪物はそこにいた。
助けを呼んだのは、少女だった。乱れた銀髪の隙間から、眼が見える。
男は叫んだ。獣のように吠えた。自分が怪物に襲われたときにはなかった熱が、彼の胸に宿った。その煮えたぎる激情は、怒りだ。理不尽な現実への憤りが、シンボルである怪物に集約される。
決して逃がしはしなかった。
彼の火が消えたとき、怪物は死んだ。
少女が立ち上がる。
「……あ、ありがとう、ございます」
男は首を振った。
「気にしないでいい」
素っ気ないが、それには理由がある。彼の頭が熱くなっているのだ。気持ちの問題ではない。確かに熱くなっている。電気が弾けるようだと彼は思った。
「頭、痛いんですか?」
少女が言った。
「待ってくれ」
少女の手を彼は握り、そして言う。
「誰だ」
その言葉は虚空へと投げかけられた。
建物の影から、一人の男が現れる。
「こんにちは」
「なぜ出てこなかった」
「怖かったからです」
「嘘だ」
「どうして」
「雪の上では、血が目立つ」
新たに現れた男。回りにはおびただしい血がこぼれ落ちていた。そして、それが彼自身のものではないことを、その場の全員が分かっていた。
「その子、預かりますよ」
血の男はそう言った。
少女は、自分を助けた男にすがった。その腕に抱きつくように自分を近づけた。
「断る」
「どうして」
「僕が、僕だからだ」
そう言うと、男は少女の腕をそっとどかした。だが拒絶ではない。両方の拳を目の高さまで上げる。そして少女と、血の男の間に入る。
血の男は何度か少女と男を見た。
そして走り出した。少女と敵対者から遠ざかるように。
しばらくして少女が声を上げる。
「あ、あの」
「大丈夫だ、僕はキミの味方だ」
「……あなた、自分の記憶ないんでしょう?」
男は、驚いた。内容そのものではない。少女の声が、いや声自体は変わらない。明らかに少女らしくないように聞こえた。音でも口調でも内容でもない。なにかが見た目と決定的にズレてるのだ。
「よくもまぁ、自分の定義がどうのと宣えるものね。アイデンティティを守るのに必死のくせに」
「怒りはしない。だが感謝を表わしてからにすべきだと思うよ」
「私はあるわ、記憶」
少女の青紫色の瞳が男を映し出す。
(ああ、綺麗だ)
そして思う。
(僕の顔がなければもっと綺麗だろうに)
映り込んだ初めて見る自分の顔を、彼はあろうことか邪魔者扱いした。
それほど美しい瞳だった。




