三文芝居3
「そいつならもう死んだ」
玉髄を襲った男は、緊張を押し殺して言った。
玉髄はタブレット端末を顎に当てる。
「なぜ」
「カジノの売り上げを持ち逃げしようとしたんだ。テーブルごとにディーラーが管理するから、一時的になら手にできる」
「で、そのまま逃げたと。やけに詳しいな」
男がプログラムの表情を浮かべる。平静な顔色は、その内心をきわめて分かりすく玉髄に伝えた。玉髄は懐に手をやる。
「待ってくれ!」
玉髄の眼が話を促す。
「……俺がそいつを襲う予定だったんだ」
ディーラーがうっかり外出したところをチンピラに襲われる、それも売り上げを金庫番に渡すのを忘れて、というシナリオだったと男は語る。
「そう上手くいくとは思えないが」
呆れた調子で玉髄は言った。
男がうなだれる。実際、ディーラーが死んでいるということは報復されたのだろう。計画がなまじ上手くいなかったからこそ、この男は生きているわけだが。
瑠璃から渡された画像データにはディーラーがはっきりと写っている。銃を構え、友人を撃ち抜いているところだと瑠璃は言っていた。
(なにか仕掛けがあるのか。それともこちらのミスか)
玉髄は探偵事務所に戻った。
「五分後に瑠璃が来るわ――警戒して」
マリアが指摘するのは、依頼人が嘘をついている可能性だ。だから依頼人を呼び出した。依頼のときは心理的な負担を考え、最低限のデータしか回収しなかったが、今回はすべてのデータを要求する。
「人を殺せる銃の実在も怪しいもんね」
玉髄はそう呟いた。超能力はシステムである「神の文法」を部分的に破壊できるのか。今でも疑問に思っている。零か百か、そういうイメージがぬぐえない。
一方で、自分自身も超能力をすべて見せているわけではない。
(僕の能力だって応用できた。可能性はあるんだ――零よりは大きくて、百よりは小さいけど)
「軍」の最高司令官である不撓はパワーバランスを保とうと、超能力者の蛍を指揮下に入れた。それだけ玉髄の武力を高く見積もっている。
だが「組織」が「プレイヤー殺しの銃」を量産できるのであれば、間違いなく「組織」が最強だ。玉髄の武力は場所と機会を選ぶ。南極都市の市民たちを人質に取られでもしたら、決断しなければならない。
決して正解のない問いでありながら、断じて責任のある答えでなければならない。
無辜の民か。己の同志か。
ありきたりな命題が、いくらでもあり得る状況だ。
(僕は大丈夫だ。きっと大丈夫)
玉髄は答えを決めている。
南極都市の始まりの日、もう決めたのだ。
赤れんが探偵事務所に瑠璃が来るや否や、玉髄はデータを要求した。
「全部……ですか」
瑠璃は怯えたような眼で玉髄を見る。
「ええ、残念ながら情報に不足があったようで。早期解決のために協力を」
急かすように告げる玉髄をマリアが諫める。
「玉髄、そんな言い方しなくても」
「事実だ。今もどこかに人殺しがいる」
もしもディーラーの男が犯人なら彼はもう死んでいる。死体安置所でそれは確認済みだ。どのパーツも彼のものだったし、細かい傷なんかも別ルートで得た精密データと一致した。だが銃は持っていなかった。
「そう、ですよね……他の人に迷惑をかけないためにも頑張らないと」
「よろしくお願いします」
玉髄は軽く頭を下げる。
瑠璃の濃褐色の眼がマリアを捉える。
「一ついいですか」
彼女は続ける。
「犯人はあなたなんですか」
瑠璃はそう言った。
マリアは面をくらったように驚く。完璧でも演技でもない驚きだ。
玉髄は意味を理解できなかった。彼のセンサーは銃を引き抜く動作を確かに認めていたが、彼の精神は見逃した。
マリアが瑠璃に銃口を向けている。
その銃に玉髄は見覚えがある。
依頼人からもらったデータに写っていた「プレイヤーを殺せる銃」である。今まさにマリアの手にあった。
瑠璃は言う。
「マリア……あなたが犯人なんですか」
勇気を持って瑠璃は言った。
銃の向こうにある青紫色の眼を見つめる。
警告アナウンスは鳴らない。




