三文芝居2
瑠璃の友人が殺されたのはカジノの帰りのことだ。
南極都市の娯楽のひとつに賭博がある。賭けるのはクレジット、ときには現物(義肢、その部品、あるいは芸術品など)である。クレジットの価値はそう高くない――まさに国民配当とでもいうべきか、クレジットは毎月振り込まれるのだ。
ゆえにプレイヤーは賭博に対する慣例的な忌避感を持っていない。
玉髄も賭け事をするプレイヤーを珍しいとは思わない。
(意外ではあるけど)
瑠璃がある種の神経質だったとしても、その表出は過激ではなく、内的だと玉髄は考える。目深にかぶった帽子、体のラインを消すゆったりとした服装……賭博に精を出すようには思えなかった。
(外見なんてアテにはならないけどね)
マリアにしたところで玉髄にしたところで役割の演技をしているのだ。今回の依頼人・瑠璃もそうでないとなぜ言い切れるのだろう。本当は快楽主義で裏ではなかなかの悪党かもしれない。
とはいえ、瑠璃の友人がカジノからの帰路で死んだのは、玉髄たちにとって幸運なことだ。カジノ・イリドスミンは「組織」の運営する賭場である。事件そのものの調査と、裏切りの可能性についての調査を兼ねられる。
(虎穴に入らずんば虎児を得ず、だよね)
大敗の可能性があっても行動する――玉髄はそういう男で、つまり致命的なまでにギャンブルに向いていない。
南極都市は、雪の白色と建築物の灰色が立ち並ぶ都市である。同じ白色でも、カジノ・イリドスミンの白はその名に違わず白銀に輝く。パルテノンのような太い柱が並び、背の高い建物を囲っている。疑似太陽が沈んだ今でも見る者を圧倒する。
荘厳な佇まいではあるが、マリアに言わせれば「品のいい麻薬販売所」である。
玉髄は車から降りると自分の身なりを確認した。タキシードを着たのは初めてで、本当に着こなしがあっているのか自信がないのだ。蝶ネクタイをするのも記憶にある限り初めてである。ギャンブルの経験もない。浮き足立つのも当然であるといえる。
マリアにはカジノ・イリドスミンには入るなと厳命されている。玉髄がギャンブルに向かないから、ではない。彼と違い、マリアは大敗の可能性を嫌う。ろくなリターンがないのだから、なおさらである。
黒幕が管理しているかもしれない施設に入るのは無謀だと考える。
タキシードを着た紳士が路地裏を歩く。妙に自信ありげな様子は勝ちを連想させる。儲けていい気になっているに違いないと想像させる。
「なぁおい」
薄暗い道は格好の狩り場だ。蛍光灯は点滅するのが精一杯でその役目を果たしていない。
「通行料はどうした」
玉髄は足を止め、振り返る。
目の前の男は電磁ナイフをもてあそんでいる。狭い場所で、近い距離ならば銃よりも速い。
「ずいぶん慣れてるな」
そう言って玉髄はナイフを借りた。
「……は?」
男には何が起きたのか分からなかった。
自分の手にあったナイフが、目の前に紳士の手にある。
戦闘プログラムの質はともかく、男の行動権利はレベルⅢだ。自分がいつものようにカモにしてる連中は戦闘の行動権利なんて上げない。お高くとまったヤツがターゲットだ。
「なんで……」
「聞きたいことがある」
男は自分こそがカモであることに気がついた。
よく見ればタキシードの紳士は見覚えがある。リトル・マリアの用心棒である玉髄。南極都市の始まりの日、数十人の暴徒を単独で鎮圧したと噂される。始まりの日、全員の行動権利は未設定であり戦闘プログラムの質も全員同じであった。
つまり、作られた世界においても才能の差は存在する。
「この顔に見覚えは?」
玉髄がタブレット端末を男に見せる。
男は完璧に理解していた。殺しの才能が自分になく、そして玉髄にはあり、見せられた画像データのあいつにもあることを。




