三文芝居1
赤れんが探偵事務所に依頼人が来ている。
来客用の椅子に座った女性は瑠璃と名乗った。目深にかぶったハンチング帽からは栗色の短髪が飛び出ていて、さらにその隙間から大きな瞳が見える。濃褐色の瞳が玉髄とマリアを捉えている。
「友人が殺されたんです」
そう告げた瑠璃は苦しそうな顔をする。不完全ゆえに人間味のある表情だ。機械の体に涙腺は実装されていない。泣きたくても泣けない。だが涙というアイコンがなくても、感情の類推は出来る。
「それに……その、信じてもらえないかもしれませんが」
玉髄はいつものパターンだと感じた。不幸な事件というのはけっこう類型的である。「よくあることでは辛いので、珍しいことだと思う」という被害者の気持ちは理解できるが、アテにはならない。
瑠璃がうつむき、その瞳が見えなくなる。
「友人は撃たれて死んだんです」
それは確かに南極都市ではあり得ないことだった。
「間接的に、ですよね」
玉髄が瑠璃の発言を訂正する。
「いいえ、破壊信号で死んだんです」
そう言われて玉髄は戸惑う。事実なら南極都市は大きな危険を抱えていることになる。
どの銃にも安全装置がある。プレイヤーに向けては緊急停止信号しか撃てない。それは鎮圧用であり殺害用ではない。銃は鉱石生物を殺すために破壊信号を撃てるだけで、プレイヤーを殺すために破壊信号を撃つことはできない。
システム的な制限である。マリアは過去に「神の文法」と呼んだ。およそ絶対的なものであり、学ぶ者でなければ盲目的に信じるしかない。帰還計画における最大の障壁だ。
そして玉髄たちが重要なのは――心当たりがあることだ。
(あの人が僕たちを裏切ったのか? いやそもそも局地的に「神の文法」を壊せるほど便利な超能力だったのか。あるいはより限定的な超能力者が?)
偶然ではなく、人為的に作られた銃であることを玉髄もマリアも確信している。
何のためにプレイヤーを殺すのか。
(良からぬことだろうね……実際に人を殺してる)
破壊信号は暗殺に向いている。直接戦闘であれば玉髄が勝つだろう。軍の部隊でも対処できるだろう。だが町中ですれ違いざまに発砲されてたなら対処は難しい。証拠になるような痕跡もほとんど残らないため、発砲後に犯人を捕まえるのも困難だ。銃の諸機能は高く、安全装置という障害がなくなれば最強の武器になる。
個人で何百何千というプレイヤーを葬れる可能性さえある。
「犯人の顔は見ましたか」
「いいえ、ヘルメットで見えなくて」
顔を覆うのは正体秘匿のオーソドックスである。玉髄も仕事によって同じようにする。犯罪行為が露見するのは、ほとんど目撃証言か物品の購入ルートである。プレイヤーには撮影や録画の機能があるので信頼性が高い。またクレジットのやりとりもシステム上で行うので記録が残る。
〈マリア、こんなこと言いたくないが「組織」なら全部パスできる〉
思念通話で玉髄が言った。
通常は自分の潔白のためにわざと証拠が残るようにする。だが信頼できる者とだけで、クレジットではなく現物でやりとりするだけで二大証拠を隠滅できる。大規模かつ統制の取れた集団――「軍」や「組織」なら可能だ。
〈分かってるわよ〉
そしてマリアは瑠璃にも聞こえるように言う。
「玉髄。お姉さんの力になってあげて」
「ああ、分かってる」
瑠璃の表情が華やぎ、帽子を取りながら礼をした。
「ありがとうございます」
マリアはとても感謝される気分ではなかった。
ポーカーフェイスの維持に手一杯で、それどころではない。
マリアは銃を持っている。
安全装置が壊れていて、人を殺せる銃だ。




