テレパスデビュー4
軍の研究施設に蛍がいる。
マリアはそう結論づけた。いつものことながら玉髄はその思考過程を知らない。二人の間にある信頼のみで彼は動く。これまで間違ったことがないという実績、自分を攻撃しないだろうという安心――そういったものが混ざり合って、彼の原動力になる。
玉髄は10階建てのビルの屋上にいる。強い風がまだらのコートをたなびかせる。
〈端っこのEって書いてある正方形の建物……でいいんだよね〉
視線の先にはいくつもの建物がある。やけに横に長い建物がある一方で、小屋のような大きさの建物もある。Eの建物は上から見ると正方形で、高さはせいぜい2階建てに見える。
〈棺桶の素材はそこに運び込まれた。運ぶときの警戒レベルも高いし、入場できる人の基準も曖昧だそうよ〉
〈露骨に怪しいね。トラップの可能性は?〉
〈あるけど〉
〈ですよねー〉
〈そのときはなんとかしなさい。中には多くても100人しかいないわ〉
マリアもまた玉髄を信頼している。武力衝突において彼が敗北することはない、と本気で信じているのだ。重要なのは使う場所と機会である。それさえ間違えなければ、最強の盾であり、最強の矛だ。
〈どこまで使っていいかな〉
〈大っぴらに使っていいから「鎧」で済ませて〉
〈了解〉
玉髄は作戦を開始する。
玉髄は入場許可証をカードリーダに通して、堂々とE施設に入る。協力者に用意させたとマリアは言っていた。玉髄は、すれ違う職員たちの注目を集める。客が来ることは珍しく、しかもその客が有名人となれば、なおさら注目の的だ。ただ「小さくて可愛い方」ではなく「でっかくて愛想がない方」だったので誰も話しかけない。
この研究所では電波に関する研究を行っており、広い空間の割には物が少ない。しかも1階は職員たちの憩いの場(サボり場)なので大した物はない。
だが彼の向かう先――地下の研究室まで許可が出ているとは誰も思わなかった。
「許可はありますか」
白と灰の迷彩服の警備兵が、玉髄の歩みを止めた。
「これだ」
手に持った入場許可証を見せる。
「それは敷地内への許可証です。各棟および一部の研究施設に入るには別途、将軍または責任者からの許可が必要です」
「なぜ?」
警備兵は苛立ちながら答える。
「機密保持のためです」
「秘密主義は感心しないな」
「軍は鉱石生物との前線を維持し、南極都市の秩序を守っています。また資源採集も我々が主導となって行っている以上、我々には責任があります」
「なるほど」
玉髄は何度も小さく頷いて、
「そのためなら誘拐も監禁も仕方ないわけだ」
プログラムされた完璧な笑みを浮かべた。
相対している警備兵は即座に銃を抜き、撃った。戦闘プログラムを走らせると、警告アナウンスが表示され終わるまで撃てない。だが完全手動で構えると警告アナウンスを待たずに発砲できる。対人戦における技術の一つである。
銃自体の命中補助システムを受けることはできないが近距離戦であれば十分だ。
警備兵の判断は的確である。
「もういいか」
だが玉髄は二本足で立っている。
同様のあまり警備兵は何度も撃った。
緊急停止、緊急停止、緊急停止。
それでも機械の体は無効化されない。確実に命中しているはずだ、警備兵にとってあまりにも理解しがたいことである。
周囲の警備兵も、研究職員も誰もが驚きを隠せていない。
「通してもらう」
玉髄はコートの内側……脇にある銃を見せる。
「そういうわけには、いきません」
警備兵は銃を捨て、ナイフを構えた。
だが警備兵に、一つのメッセージが送られる。
〈構わん、通せ〉
メッセージを送ったのは――軍の最高司令官である将軍・不撓であった。




