テレパスデビュー2
超能力の覚醒条件は、強いストレスである。
ゆえに蛍の「棺桶の中に閉じ込められている」という発言を玉髄もマリアも受け入れた。信じたわけではないが、整合性は認められる。
「棺桶ねぇ……」
玉髄にはとてもイメージできない。南極都市では死者が少ないため、葬式なんて滅多に見かけない。プレイヤーの多くは日本人であり、宗教的観念もあまり強くない。それに所詮は機械の体である。生々しさが欠如していてどうにも遺体の扱いは雑になりがちだ。
「実際は一種の拘束器具だと思うわ。電波暗室なんて死者には贅沢よ」
マリアは冷たく言い切った。遺体に思念通信をしようと、あるいは緊急停止信号を撃ち込もうとするだろうか。南極都市での核シェルターにあたるのが電波暗室である。
「その、大丈夫かい?」
「何がでしょう」
「不安だろう、そんなところに一人きりで」
「……そうですね。彼氏に会えないですし」
「それは寂しいね」
「はい。せっかく365日24時間いつも一緒にいたのに……」
「ラブラブだね」
「はい。だから片時も離れませんでした。彼を常に視界に収めて、録画してるので二人の思い出はいつでも振り返れるんですよ」
愛が重い、と玉髄は思った。口にはしなかったが。
マリアが話を進める。
「ねぇ、犯人に心当たりはないのかしら」
「うーん、特には……」
蛍が困っているような声を出す。声以外から彼女の感情は読み取れない。思念通話があるとはいえ、脳に直接語りかけてくるのは不気味だといえる。
「あ、でも彼氏と喧嘩しました」
マリアが舌打ちする。
玉髄の知る限り、マリアは恋愛の話を聞くとすぐに不機嫌になる。過去になにかトラウマでも? と尋ねたこともあったが――答えは得られず「二度と問うまい」と決意を固くしたに終わった。
「じゃあ彼氏が犯人なんじゃない?」
「そんな……」
蛍の声が沈んだ調子になる。
玉髄が慌ててフォローする。
「喧嘩ぐらいで恋人を閉じ込めたりなんてしないよ」
「そうですよね。もう一回テレパスしてみます」
(もう一回?)
玉髄は聞き間違いかと思った。
「……あなた、もう既にテレパスはしたの?」
「はい、そしたら叫ばれちゃって。仕事中だったのかなぁ、すごくビックリしてました」
「なんて言ってた?」
「馬鹿な、あり得ないって。愛の力ってすごいですよね。テレパシー使えるようになっちゃいましたから」
得体の知れない恐怖が、沈黙が呼ぶ。
玉髄はマリアに思念通信で呼びかける。
〈あのさ〉
〈……ええ〉
マリアが優しい声色で言う。
「ねぇ、テレパシーで彼氏さんに言ってみてくれない? 愛してる、もうすぐ迎えに行くからって」
「照れてしまいます」
「やりなさい」
数秒後、
「叫ばれました」
「なんて言ってた?」
「なんだか謝ってました。殺さないでとも言ってました」
「そっかー」
「はい。死ぬときは一緒だよって言ったら、声が震えるほど感動されました」
蛍の声は天真爛漫そのものだった。
玉髄は言う。
「愛が重い」




