dix-huit
「迷惑をかけて、ごめんなさい」
騒動を起こした後、初めて母や使用人・友人の前に立ったとき、マリーは最初にしたことは謝罪だった。
皆は大食堂に集まっていた。朝食がてら、マリーのことを話すつもりだったのだろう。マリーが現れたとき、皆唖然としていた。
謝罪したマリーに、フローレンスが厳しい表情で問い質した。
「何が迷惑だったと思っているの?」
「突然、この屋敷から姿を消したこと。皆の心配する気持ちを、まったく無視していたわ。だから・・・ごめんなさい」
怒った表情のまま、フローレンスはツカツカとマリーに近寄り、そしてマリーの頬をピシリと平手打ちした。
そして、ぽかんとしているマリーをぎゅっと抱きしめて言った。
「あなたがメメ様を慕っているのは知っているわ。でもお母様の前からいきなり消えていなくなったりしないで」
母の涙声にマリーは心を重くした。
自分が持っているものすべて捨ててもいいとさえ思って飛び出した。メメント・モリに拒絶されて、皆にまた受け入れてもらえるのか不安だった。
母に抱き締められて、ほっとしたのが本当のところだった。
自分は大事に思われている。メメント・モリから切り離されて、覚束ない心持が、少し落ち着いた。
マリーはフローレンスを抱き締め返した。
「ごめんなさい、お母様」
「・・・皆に説明なさい。後々のフォール家の当主として、友人をこの屋敷に招待したホストとして、説明する義務があるわ。あなた、メメ様に会えたの?」
フローレンスを見、屋敷中の人々の目線を見返して、マリーは背筋を伸ばした。
昨夜見たメメント・モリ。あれが夢というならば、夢なのだろう。
だが。
「ええ。会えたわ」
友人一同は目を見開き、屋敷の使用人たちは皆一様に寂しそうな、しかし「分かっている」とでもいうように頷いた。
涙をこらえて、マリーは微笑んだ。
「でも、またフラれたわ」
「ああ、お嬢様」
執事が残念そうな声を上げる。
マリーは首を横に振り、いっそのこと清々しいくらいの気持ちではっきり話した。
「怒られたわ。私が生きて得てきたものを捨ててはいけないって。セザルが言っていた通り」
自分の名前が突然出てきて、厳しい顔をしていたセザルが目をぱちくりさせた。
「悲しくないわけではないの。でもメメント・モリが私のことを大切にしてくれたように、私は私のことを大切にしようと思う。お母さん、屋敷の皆さん、街の人たち、仲良くなった友達たち。これからも、皆と私は生きたい。こんな私だけど、またよろしくお願いできますか?」
目に涙をいっぱい溜めたエロイーズが飛びついて、マリーを柔らかく抱き締めた。
「勿論よ」
「ありがとう」
くすくすと剽軽に笑って、眠そうなくりんとした目をトリスタンがマリーに向けた。
「ほっとしたよ、マリー。僕らもラテン語のテキストをどうしようかと思っていたんだ」
マリーははっとした。
「・・・ごめんなさい。すごく個人的なことに授業を使ってて、皆に迷惑をかけたテキストになってしまったわね・・・」
「いや、むしろ俺は興味が出た」
何故か憤然とした様子で話し始めたのはセザルだ。
「目の前で記録の張本人を見れた。地下の研究室も、不思議な舞踏会も見た。何より・・・マリーとの強い絆と、メメント・モリの人間性に触れた気がしたんだ。どんな哲学を持つ人間なのか、フォール家との繋がりも含めて、俺はすごく興味があるね」
「あ、歴史的なことに関しては僕も。地下の舞踏会場はすごかったね!あれは中世の城の遺跡並みだったよ!」
熱く語るセザルと、怖がりながらも歴史オタクを貫いていたトリスタンにマリーは目をぱちくりとさせた。
エロイーズがふっと魅力的な笑みを浮かべた。
「皆で話していたのよ。マリーの想いは悲しいことだったけど・・・メメント・モリって良い人なのねって。マリーがずっと慕っていたのはあの人だったんだな、って思うと、とても納得できる。あなたを連れて帰るように、あなたを傷付けたくないって嘆きながら、私たちに頼んだんだから。写本で共同作業を続けるのも、友人としても、これからも付き合い続けたいって、皆結構乗り気よ?」
「皆・・・ありがとう」
フォール家の人々以外に、メメント・モリの存在と、人となりを認めてくれる人がいた。
マリーはそれが何より嬉しかった。
大きな事件があったものの、大学の友人たちとのフォール家滞在は予定通りの日程で過ごすことになった。
町の旧跡や教会を見て回り、応接間に集まって四人は写本の翻訳を進め、発表の形態などを決めた。
充実した日々の後、マリーたちは新学期に合わせて大学の方面に帰った。
マリーにとって、メメント・モリと会った最後の冬を後にした日だった。




