恋その2
今日は水曜日、彼女が来る日だ。
浮き足立つ心を深呼吸で落ち着け、まずはオーブンを140度で予熱する。
砂糖と少量の水を小鍋に入れて火にかける。ふつふつと泡立つ液体が飴色になるにつれ、狭いキッチンに甘くてほろ苦い香りが広がった。最後に熱湯をさして、彼女が好む苦めのカラメルソースの完成だ。アルミのカップに流し込む。
次は牛乳と砂糖を混ぜ、60度に温める。ボウルに割り入れた卵を溶きほぐし、砂糖を加える。温めた牛乳をゆっくりと注ぐ。
苦めのカラメルソースに合うように、プリン本体は砂糖を少し多めにする。そうしたほうが、彼女の顔は蕩けるから。
耐熱バットに布巾を敷き、できたプリン液を茶こしで濾しながら並べたカップに流し込む。カップの高さの1/3くらいまでお湯を注ぎ入れ、オーブンで25~30分焼く。
額に浮かんだ汗をハンカチで拭う。焼き上がるまで、一休みしよう。
ミッドナイト・ブルーを店内に流し、キッチンを周り、カウンターの革張りの椅子へと腰掛ける。
☆
乙葉さんが、僕の喫茶店に来るようになったのは、半年前の今日みたいによく晴れた日だった。
ドアベルが鳴って、「いらっしゃいませ」と声をかけた所ですぐに気がついた。
僕の、初恋の人。
小学生の頃と変わらず、大きな丸メガネをかけ、長い黒髪を緩く三つ編みにして、前に垂らした姿。そんな彼女が椅子に座り、メニュー表を開いていた。
「……オススメはなんですか?」
「あっ、はい。オリジナルブレンドのコーヒーとプリン・ア・ラ・モードです」
「では、それをお願いします」
「ええ。少々、お待ちください」
……なんだか、疲れてるみたいだな。目元に黒い隈ができてるし、姿勢も俯いてる。
そんな心配を勝手にしつつ、まずはコーヒーを出す。乙葉さんはカップを両手で包み、ぼんやりとしていた。
これは、気合いを入れて作らなきゃだな。
冷やしていたアルミカップから、慎重にプリンをガラスの器に移す。ホイップクリームを絞り、飾り切りをした林檎やキウイ等の果物を飾り付けた。仕上げにチェリーをのせて、完成。
当店自慢のプリン・ア・ラ・モード、召し上がれ。
目の前に置いた瞬間、乙葉さんの瞳が輝くのが分かった。頬はみるみるうちに淡いピンク色に染まる。
なんだこれ。え?プリン置いただけだよ?
そんな僕の内心に気付くことなく、乙葉さんはスプーンを優しくプリンに差し入れた。少し見つめたあとに、一口。小さく唇を噛み、それから、困ったような、でも最高に幸せそうな微笑みを浮かべた。
そこからは、ただひたすらにスプーンを動かして完食した。
「ごちそうさまでした。とても、とても美味しかったです」
「それは良かったです」
「……また、来週来ます」
「ええ、いつでもお待ちしています」
また来週も乙葉さんが来てくれるのは、素直に嬉しい。でも、あの熱に浮かされたような瞳。あれ、恋してるよな。え?プリンなの?僕じゃなくて?それに、僕が誰だか気付いてないよね。
……プリンに嫉妬する日がくるとは思わなかった。
☆
「お客さん、いつもプリン・ア・ラ・モードを美味しそうに食べてくれるから僕も作りがいがあるなぁ」
「だって、とっても美味しいんですもの」
今日も幸せそうな顔をして乙葉さんがプリンを食べている。でも、今日は一歩踏み出すって固く決意してるんだ。気付かれないように深呼吸を一つ。手が震えるのを隠すため、カウンターへわざと身を乗り出す。
「ねえ、お姉さん、僕と付き合う気、ない?」
「無いわね。私が恋してるのはプリン・ア・ラ・モードですもの」
そう、ここまではいつものやりとり。もう一歩。
「いつもの返事をありがとう。でも、良く考えて。僕と付き合えば、プリン・ア・ラ・モードもいつでも食べ放題だよ?」
「……それは」
「ね?」
「……まあ、考えておくわ」
「うん。よろしくね」
よしっ!揺らいだ!プリンがあれば、毎週乙葉さんは来る!口説く時間は沢山あるぞ!
今はプリンに釘付けだけど、必ず僕に振り向かせてみせる。
【創作メモ】
本文執筆:作者
AI利用:情報収集・アイディア出し・描写の言い換え
辞書利用:なし




