Mes entours
よそ者の目から見れば、台北はとても人が住むような場所には思えない。
狭い路地、渋滞する車の波、湿って冷え込む冬、蒸し暑く息苦しい夏。ぎゅうぎゅう詰めのMRT車両、そして常に時間に追われて速足を強いられる街……。それだけではなく、新興の商業地区を除けば、再開発が進まず、価格の折り合いがつかないせいで取り壊されない古びた建物が至るところで隙間なく並び立っている。
防火のことなど言うまでもなく、電力メーターやガスメーターがずらりと並ぶ壁、何年前に放置されたかわからない廃自転車の残骸、住民が気まぐれで育て始めたものの最終的に寄生植物が壁のカビに絡みつくように生い茂った鉢植え──そうしたものがひしめく細い路地を、野良犬が通り抜けるのも難しいのではないかと思う。
けれど、あの家に比べれば、どんな場所でも私には住むに値する。
とりわけ、ここは。ここには、彼女がいるから。
たとえその存在が、しばしば目に見えず、耳にも届かず、手に触れることすら叶わなくても──。
(わたしが東へ行っても、彼はおられない。西へ行っても、彼を見いだせない。彼は北で働いておられるが、わたしは彼を仰ぎ見ることができない。南に身を隠しておられるが、わたしは彼を見いだせない。)
「うぅ……」
頭が割れるように痛み、吐き気を堪えながら、脳裏に浮かんだのはなぜか前学期の期末試験の問題文だった。
スマホのアラームを止め、ダブルベッドに身を沈めたまま起き上がる気力を絞り出せずにいた。
瑀辰の誘いに乗るんじゃなかった──。毎回そう思うのに。
それでも次に彼がまた同じような「誘い」を持ちかけてきたら、私はまた「断り方」を無理やり忘れるのだろう。
おそらく、心の奥底では、別の「私」──それがエスなのか自我なのか、それともただの何か、それすら私ではないものなのか──が、密かにこの誘いを待ち望んでいるのかもしれない。
……たぶん、まだ酔いが抜けきっていないだけだ。
頭がぐちゃぐちゃで、考えもまとまらない。
ベッドの上で体を起こし、まずは両手のひらに息を吹きかけてみる。
歯を磨いていないせいで臭う以外、昨夜の「乱れ」の痕跡は残っていない。
ベッドにも変な匂いはついていない。よし、これならバレないはず──。
──いや、そもそもバレる可能性はほぼない。
彼女の仕事の性質上、このベッドには常に彼女の香水の匂い、彼女の(あるいは私たちが共用している)ボディソープやシャンプーの香り、そして彼女自身の体臭が染みついている。
少しばかりの酒の匂いが混じっていても、決して不自然ではない。
以前はベッドの上でタバコを吸っていたらしいが、私がここに住むようになってからは、できる限り私に煙草の匂いがつかないように気を遣っているらしい。
ベッド、机、浴室──
……正直、この六坪しかない部屋で、彼女が煙草を吸える場所なんて、ほとんど残されていないのでは?
「女の子は煙草の匂いをつけないほうがいいのよ。そのほうが、男に好かれるから」
彼女はそう言った。
けれど、私は誰にも好かれたいとは思わない。男にも、それ以外の誰にも。
好かれることって、そんなに大事なこと?
──客に気に入られなければ稼げない彼女にとっては、そうなのかもしれない。
けれど私にとっては、もし「彼女が私に好かれたくない」と言うのなら、私はそれを受け入れる。
……それは、彼女が私の「年上」だからではない。
私は年齢や立場に、たいした価値を見出していない。ただ、たまたまこの世界に先に生まれたか、あとに生まれたかの違いでしかないのだから。
だって、私のおじいちゃんも、私の父も、私も──
みんな、「主の子供」なのだから。
「でたらめを!」
あの老人がこんな言葉を耳にしたときの反応は、容易に想像がつく。
人の話によれば、彼はかつて、教養があり、几帳面でありながらも温厚で、慈善を惜しまない人物だったという。
今でも多くの人が彼にそんな印象を抱いているらしい。曰く、日本の教育を受けた紳士。
だが、よくよく計算してみれば、彼が日本統治下で過ごしたのはせいぜい小学生の頃までだろう。
私は日本に行ったこともなければ、日本人に会ったこともない。
日本に対する印象といえば──
助平な老人が多いとか、電車に痴漢がいるとか、誰もが聞いたことのある巨大な色情産業のことくらいだろうか。
かつて、彼は里長に推されて立候補を勧められたことがあったらしい。
しかし、当時は「まだ退職していない」という理由でそれをやんわりと断った。
当時、彼は農会に勤めており、なかなかの地位についていたらしい。
そして──私が生まれたことで、彼の政界進出の道は狂わされたという話もある。
彼は農会を退職した後、自宅にこもり、新たな仕事を探すことはなかった。
ただ、私の誕生とは無関係で、ちょうど彼よりも評判の高い候補者が現れたからに過ぎない、という話もある。
けれど──私が生まれたせいで、彼の評判が地に落ちたのだ、という話もまたある。
「聞くところによると。」
「そう聞いた。」
「そんな話があるらしい。」
どれも、私自身が確かめたわけではない。
目にしたこともなければ、耳にしたこともない。ただ、「他人の話」を通じて、私の関与しなかった家族の歴史が作り上げられていく。
しかし、たとえ私が関わっていなくとも、私はこの家、この「張家」の一員である限り、人々の「聞いた話」に縛られ続ける。
そうした「聞いた話」の中で、私はすでに「父も母もいないが、賢く素直で、まるで悲劇の童話の主人公のような少女」として出来上がっていた。
──「聞いた話」では、本来この役割は私の姑姑が演じるはずだった。
親には愛されず、しかし父や兄には優しく従順で、健気に振る舞う。
そして、生まれたばかりの私の面倒を見なければならない、となれば──
まるで『オリヴァー・ツゥイスト』に匹敵する悲劇の名作が誕生しそうではないか。
少なくとも、台湾の連続ドラマなら200話は続けられそうなシナリオだ。
──だが、祖父の政治の夢が突如として潰えたように、姑姑もまた、その神話を無慈悲に引き裂いた。
私はただ、この茶番劇にほんの少しの笑い種を加え、他人の思惑通りには幕を下ろさせない道化師にすぎなかった。
※
「おはよう、七ちゃん。今日は昨日より顔色がずっと良さそうだね。昨日は風邪でも引いてたの?」
「……別に。ちょっと疲れてただけ。」
二日酔いの状態で朝八時の授業に出て、昼に少し仮眠を取ったかと思えば、そのままバイトへ直行……昨日をどうやって乗り切ったのか、自分でも覚えていない。
幸いなことに、今日は授業が朝十時からで、シフトにも入っていない。
私にとっては、平日では貴重な休みの日だ。
「それならよかった……」
マリア──陳苡若は安堵の息をつき、心の底からほっとしたような笑みを浮かべた。
「七ちゃん、あの……もし今日予定が空いてたら、夜の団契に来てみない?」
私は眉をひそめそうになるのをこらえた。
彼女に悪気がないのはわかっている──ただ、世の中の厄介ごとは大抵、悪意なしに起こるものだ──とはいえ、こうも頻繁に宗教活動に誘われると、さすがに困る。
私は特定の信仰を持っていない。
正月や墓参りで線香を上げたからといって、神や祖霊の加護を本気で信じているわけではない。
あれは取引だ。
香油代、供物、三犠を捧げて、自分の願いを叶えてもらうための。
将来的にお礼参りをすることを約束することで、見えない力と交渉する──そう考えれば、「信仰」というものは、おそらく人類最古の「仮想通貨」と言えるだろう。
神々に投資し、見返りを期待する。
ましてや、「陰廟」のようなものまであるのだから、それなどはまるで高利貸しみたいなものだ。
それに、生きている間も子供を支配し、死んだ後まで子孫に決められた儀式を強制する。
祭祀を怠れば、不孝者と罵られ、感謝を知らないと咎められる。こんな千年単位で続く精神的支配を、世界中探しても、そう簡単には見つからないと思う。
とはいえ、私自身に関わらなければ、信仰を持つ人を否定するつもりはないし、批判するつもりもない。
それは、私が借金をしない限り、誰がどこで金を借りようと関係ないのと同じ理屈だ。
私は目の前の、シンプルな髪型の下に覗く、ふっくらとした耳たぶを見つめた。
……一度くらい参加してみてもいいかもしれない。もしかしたら、私が思っているほど悪くはないかも?
結局、私はただ「団契に行くと、洗礼を受けるように勧められる」と聞いただけなのだ。
また「聞いた話」。
「聞いた話」。
私たちの世界は、結局のところ、誰かの語る物語の上に築かれていくものなのだろうか?
「うん……今日はたぶん──」
「七ちゃんは今夜、私と約束があるの。」
突如、横から女性の声が割り込んできた。
私は、許諾しかけた言葉を飲み込む。
連瑀辰は顎をわずかに上げ、半目のまま微笑を浮かべながら、私と、驚いた様子の陳苡若を交互に見た。
「七ちゃんは、私たちの『団契』に参加する予定なの。ね、七ちゃん?」
……でも、私はおととい行ったばかりじゃ……
内心で戸惑っていると、連瑀辰は私の苛立ちを見抜いたかのように、陳苡若の視界の死角で、親指と中指を軽く擦り合わせた。
──需要があれば供給が生まれる。供給が不足すれば、供給者はより多くの利益を得る。一般教養の経済学を取らなくても、それくらいはわかる。
純粋なマリアには、この手の合図の意味などわかるはずがない。
けれど、これは大っぴらに口にできる話でもなかった。
「ええ、そうだよ。」
私は乾いた唇を噛んで、口を開いた。
「ごめんね、うっかり忘れるところだった。今夜はもう瑀辰たちと約束してるの。また今度、機会があれば参加するね、苡若。」
私の拙い演技を見抜いたのか、それとも見逃してくれたのか、
陳苡若は突然、こう問いかけた。
「じゃあ、私もその団契に参加してもいい?」
奇襲の一撃を繰り出したのは連瑀辰だったが、今度は陳苡若が不意打ちのカウンターを放った。
「団契」と言ってしまった以上、断る理由はない。
連瑀辰も、まさか自分の言葉遊びに足をすくわれるとは思わなかっただろう。
沈黙が、わずか数秒のはずなのに、まるで十数分にも感じられる。
「えっと……うん……苡若、団契には瑀辰以外の人もいるから、彼女にも確認が必要かも……」
「いいよ。」
私の取り繕おうとした言葉を、連瑀辰は軽く踏みつぶした。
「何の問題もないよ。六時に理工学部の正門で待ち合わせね。私たちが連れて行くよ。それでいい?」
「ちょっ、連瑀辰!」
私は彼女の腕を引き、声を潜める。
「本当に陳苡若を、あんな場所に連れて行くつもり?」
彼女は片眉を上げた。私は、滅多に相手の目を見て話すことはない。しかし今、その瞳に映っているのは、冷笑だった。
「当然でしょ?」
その声は、まるで青竹絲が暗闇で舌を出し入れし、 威嚇(しているかのような響きだった。
「一度行けば、もう二度と『団契』に誘ってくることはないでしょうね。」
──同じ時空に生きていても、私たちは同じ世界を見ているわけではない。
「それにね、」連瑀辰は冷たく、陳苡若の背中に視線を投げた。
「この世界に『マリア』はいらない。少なくとも、私たちの世界には。」
そう言うと、彼女は私の袖を軽くつまみ、元の場所へと戻っていった。
「時間、大丈夫でしょう?」
陳苡若は微笑みながら頷いた。
「うん、大丈夫。これから宗教活動支援室に寄る約束があるから、先に行くね。じゃあ、また後で。」
質素な装いの少女が去っていく背中を見つめながら、誰かが呟く。
「もし何かあったら、責任取れるの? 瑀辰。」
「何かって、何が起こるっていうの?」
彼女は軽く笑いながら、けれど眉一つ動かさず、彫刻のように温度のない瞳でその背中を見送った。
「それに、私たちもう、自分の行動に責任を持つ年齢でしょう?」
法律的には、確かにそうだ。
でも、精神的には――少なくとも、私の知る限り、一人の七十、八十にもなる男は、いつも責任を他人に押し付けて生きてきた。
さっきからの彼女の態度に、ほんの少し苛立ちを覚えたのかもしれない。
私は淡々とした口調で尋ねる。
「……『マリア』ですら知ってることなら、王育廷にも教えるつもり?」
今度は錯覚じゃない。本当に、長い沈黙が続いた。
「……彼が知るべき時が来れば、いずれ知るわ。でも、知ったところでどう思うか、それは私には分からない。」
──Kýrie eléison(主よ、憐れみたまえ)。
神を信じていないはずの彼女は、半ば冗談めかして、その祈りの言葉で話を締めくくった。




