第19話 レラとの再会と悪女の真相
「い、いらっしゃいませ!」
慌てて着替えを済ませたルーシャは来客用の白を基調とした給仕服に身を包み、宿屋酒場を訪れた来客に向かって声を張り上げる。
「ホワイト。いま入って来られたお客様を奥のお部屋にご案内して!」
「はい、ただ今!」
「大事なお客様だから粗相のないように。それと、今夜はあのお客様方しか利用されないからいつもより気合を入れてくれ」
主人に言われるまま、ルーシャは入って来た客をこの宿で一番綺麗な部屋に案内することに。
(奥の部屋ってことは、もしかして話に聞く貴族のお客様ってこと? しかもこのお客様しか来店しないなんてとんでもない人なんじゃ?)
「どうぞ、奥のお部屋へご案内します」
来店した二人の客の外見をチラ見すると、一人は身なりの良さそうな年若い女性で首元はもちろん、腕や指先に至るまで派手な装飾品を身に着けているのが見える。
女性の顔全体は漆黒のベールで隠していて、口元くらいしか見えない。
(これだけの宝石類を身に着けるなんて、やっぱり貴族なんだ……)
そしてもう一人は護衛の男性で、女性の手を軽く引きながら用意されたテーブル席の椅子を引いてそこに着席させた。
あまりじっくり見るのは失礼かと思って男性の姿をじっくり見ていなかったものの、落ち着いて男性の顔を眺めてみた。
髪をだらしなく伸ばし、付け髭で顔を誤魔化しているように見えるものの、骨格や立ち姿の雰囲気はまるで――
「――え」
(待って、この顔……というかこの人って)
「ジェニス……?」
「……ん?」
どこの貴族の護衛かと思えば、そこに立っていたのはジェニスだった。二年前に王国に連れて来られたかと思えば、置いて行かれたきり全く顔も見せずにいたジェニスが、なぜこんな突発的に宿屋酒場に顔を見せるのだろうか。
「誰かと思ったら、ルーシャじゃないか! あぁ、そうか。宿屋の給仕としてちゃんと立派に務めているんだな~!」
すぐにルーシャと分かったのか、ジェニスはわざとらしく気づいて笑顔を向ける。
「やっぱりジェニスなんだ……」
そうなるとこの装飾品だらけの女性貴族は誰なのだろうか。いくら婚約破棄をされたからと言って、アロナとは別の女性をエスコートしてるなんてそれはあんまりな話なのでは。
「あれっ? もしかしてルーシャ?」
(この声と言い方ってどう考えても……)
「レラお姉様……ですか?」
顔を全て隠していた貴族の女性はルーシャの問いかけと同時に、すぐにベールを脱いでその顔を露わにする。
その顔立ちはこれまで全く会えることの出来なかったレラそのものだった。
「もう! また敬語~……わたしと話す時は、敬語じゃなくていいって教えたよ?」
「ご、ごめんなさい」
言葉こそ優しいけど怒られてしまいそうな予感がしたルーシャは、目を閉じながら頭を下げる。
「何でそんなに怯えてるのかな? アロナ以上にルーシャのことを甘やかすお姉様なんてわたしくらいなものなのに。何もしないから目を開けて顔をよく見せて?」
「う、うん」
どうしても悪女という評判が先行していたせいか、ルーシャは緊張して上手く目を開けられなかった。
そんな中、聞こえてくるのは。
「……レラ様、お耳を……」
「ん~? なぁに?」
レラに対し、ジェニスがひそひそと話をする声だった。
――しばらくして。
「え~!? 王国内でわたしが悪女ってことになってるの? しかもそれを信じたルーシャが敵国の男に助けられた~!? 何でそんなことになってるの~! ああぁ~もう! だからこんなに震えてたんだ……ルーシャちゃん、わたしちっとも怖くないし安心していいからね」
……などと、驚きの声を上げるレラによってルーシャは思いきり抱きしめられていた。
抱きしめる力はとても優しく、それでいて安心するような包まれ方だった。
「レラお姉様……あの、ごめんなさい」
「いいのいいの。悪いのは悪評を広めたジェニスのせいだから」
「うぅぅ……わぁぁぁぁぁん!!!」
「よしよし……お姉様に存分に甘えていいからね~」
二年もの間、ミラーに言われた通りに宿屋で働きながら隙を見つけてレラを探していたものの、ようやく掴んだのは悪女という評判。
そんなはずはないと思いながらの再会だっただけに、ルーシャは仕事中でありながら思いきり涙を流していた。
「…………すまん」
一頻り泣いたところで落ち着いたルーシャは、彼が全て悪いわけじゃないのは知りつつもレラと共にジェニスを睨んだ。
二人同時に睨まれたジェニスは、謝りの言葉を口にするのが精一杯な様子で落ち込んでいる。
「レラお姉様の評判も命令に従ってのことなんでしょ?」
「そ、そうなる」
「それって、レラお姉様が狙われていたから? それとも、あえて悪評を広げて攪乱させようとしてたの?」
「え? わたし、狙われてるの?」
(あれ、レラお姉様は誰かに狙われてることを知らない? 危ない目に遭ったわけじゃなさそうだけど、そうだとしても今までどうやって王国で過ごしていたんだろ?)
「あぁ。ブルグ城が再建中に敵国の人間がレラを探し回っていたんだ。敵国の名前は、西方のロドリア公国。で、そこの公爵の嫡子が嗅ぎまわっていたんだが……」
「嫡子ってことはまだ幼い?」
「そうとも限らないよ、ルーちゃん。公爵を継ぐ男子って意味だからね」
「そうなんだ……」
もしかしなくても、あの時壁越しに話した彼がそうなのでは。そしてその時に出会った彼とついさっきまで話をして、そのうえ助けられていたとか。
ここは正直に話すべきなんだろうか。だけど、ルーシャ自身に危害を加えられたわけではないし、むしろ好意を向けられたと思っているだけにどうするのが正しい答えになるのだろうか。
レラが狙われているのは確かな話で、しかもこの先ヴァレリーがどう動くのか読めない。そう考えると二人にはきちんと伝えておくべきことかもしれないけど、どうすればいいのか分からないままルーシャは二人の顔を交互に見るしか出来なかった。
「ルーシャ、どうした?」
しばらく考えていると、ジェニスが心配そうに顔を覗き込む。
「ルーちゃん? 気難しい顔をしてどうしたの? というか、成長してますます綺麗になったね! わたしが見込んだ通りの成長で嬉しいなぁ」
ジェニスに続いてレラも顔を覗かせたかと思えば、嬉しそうに満面の笑みでルーシャの頭を撫でている。
「レラお姉様、ありがとです」
ジェニスはともかく、レラが嬉しそうにしているのを見てルーシャは思わず恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「……だよなぁ。二年前に別れた時はまだ幼さを残しまくりの少女だったってのに、宿屋の給仕ですっかり鍛えられたんだな! ここの主人に預けて正解だったな! ハハハ!」
「ジェニス。私のことは主人にはなんて話したの?」
「辺境の家出娘で世間知らずだから、厳しく教えてやってくれって言っといた気がするな」
「はぁ……やっぱりそうなんだ」
こんな適当な人だとしたら、アロナが婚約破棄を宣言したのもあながち間違いじゃなかったかも。
「そういえば、今夜のお客様はレラお姉様というか貴族のお客様だけって聞かされたんだけど、これは偶然? それともジェニスの狙い通り?」
「……予定通りだ。てっきり主人が接客してくれると思っていたから、ルーシャとすぐに会えるとは思ってなかったが、概ね合ってる」
ルーシャにすぐ気づいているし、ヴァレリーと会っていたことも知っている時点で、ジェニスはずっとどこかでルーシャを見ていたと思う方が気が楽。
「……ジェニス。ルーシャに会えたのはあなたの計画のうちだったかもしれないけど、それならわたしたちの計画をルーシャに話してもいいよね?」
「もちろんです。その為の人払いでしたので」
「え?」
さっきまでの感動的な再会から一転、ジェニスとレラから感じられるのは張り詰めた空気だ。
「ルーシャ。これから言うことはミラーお母様からの命令なんだけど、聞く覚悟はある?」
「き、聞きます」
全てミラーから仕組まれていた計画なら、意地でも聞いておきたい。
レラに頷いてみせると、彼女から聞かされた言葉は――
「――これから王国女王のところに謁見しに行くよ~!」




