90 ナンバー2の人
大変お待たせして申し訳ございません!!
信長さんとの会談を終えた俺は、こっちまで来たついでに、戦が始まってしまったら、なかなか手が付けられないだろうことについて、先に片付けてしまおうと思い立った。
一つは工房の規模拡大についてである。
小牧山城の建設は粗方終わっており、今は細部の仕上げをやっている段階だ。
岡部さんは既に清洲に戻っており、信長さんが拠点を小牧山城に移すための、下準備に取り掛かっているという。
となると、一番忙しい時期かもしれないが、いちおう相談してみることにした。
鐵之助が製造部門の奉行という建前になっているが、あいつに交渉役などが出来る訳が無いので、俺がやるしかないのだ。
もう一つが、織田家有力武将との親睦を深め、今後の作戦に向けた情報共有と各武将の性格などを把握して傾向と対策を練ることである。
今さらだが、俺はオタクである。
なので正直、人付き合いとか大の苦手である。
だから、特に派閥に属したりすることも無く、一匹狼のような立ち位置でこれまで来たのだが、やはり美濃攻めともなると共同して事に当たらないとどうにもならない。
俺の真似をしろとは言わないが、少なくとも俺がやろうとしていることを他の武将が理解してもらわないと、作戦がなりたたなくなるのだ。
秀吉や前田利家は、俺のやろうとしていることは理解していると思うが、丹羽さんあたりはたぶん分かって無い。
佐久間さんに至っては、敵意さえ抱いている可能性もある。
なので、戦の始まる前にこの辺の意思疎通をしっかりとしておきたいのだ。
そして最後に、開拓地への入植である。
田植えはだいたい梅雨に入る寸前ぐらいに始められるのが普通だが、その時期戦況がどうなっているか分からないのでウチの領地では、少し前倒しして4月から田んぼを作ろうと思っている。
ただ、田んぼを作っても育てる人がいないとダメなので、新たに農民を呼び寄せることになるのだが、これは一朝一夕にはなかなかいかないだろう。
村を一つ新たに作り上げるようなものである。
だから、この任務は戦に加わらない玉ちゃんに任せようと思うのだが、彼女はまだ堤防の建設に当たっている。
前田玄以の招聘が上手くいけば、それと手分けしてやれると思うが、彼女1人ではさすがに無理なので、とっかかりはまず俺が始める必要があるだろう。
やることがたくさんあって大変だが、ここで上手くやれれば次に繋がる大きな転換点になると思うので、何としてもやり遂げねばならない。
まずは距離が近い岡部さんの居宅を訪ねるべく、俺は清洲城を出た。
岡部又右衛門は自分の工房で引っ越しの準備にあたっているところだった。
信長さんの他の大名と違う点は、攻略目標に応じて拠点をホイホイと移すことだ。
なので当然家臣などもそれと一緒に付いてまわることになる。
岡部さんは家臣ではないが、織田家お抱えとなっているので、やはり大殿様と共に拠点を移すことになったようだ。
こんな時期に頼むのは酷という物だな、と思いつつも、一応言うだけは言ってみようと思い、彼にこちらの要望を伝えてみたところ、小牧山に移った後で良ければということで、快諾いただいた。
岡部さん自身も、俺の計画を実現するにはあの工房では手狭だし、もっと人手も要ると感じていたようで、小牧山に移り次第取り掛かると言っていただいた。
俺は忙しいところにお邪魔した詫びと、依頼を引き受けてくれたお礼を述べて工房を後にした。
とりあえずはこれで、一つ課題クリアである。
俺は、その足で小牧山城の様子も見に行くことにした。
そこではまだ、秀吉や小一郎が作業中であるが、名目上の奉行である丹羽さんも築城の最後の大詰めとあって、今はそちらで作業を監督しているのだ。
実際の監督は秀吉だから、監督の監督という感じかな。
というより、状況を信長さんに報告しなければならないので、ちょっとは現場に入らないと格好が付かないといったところだろう。
織田家をワンマン経営の株式会社とするなら、丹羽さんは専務あたりのポジションかなと思われるが、社長が絶対的な権力を持っているのでなかなか大変な立場だろうな。
ワンマン経営なんだけど、イエスマンでは務まらない。
自分で考えて行動しないといけないんだけど、だからと言って信長さんの考え通りに進まないと怒るという、非常に厄介な会社だな。
現代なら辞めてるね。
まあ、ブラック企業なんて概念は最近になって生まれたものだし、昔からあるこういう上下関係はそれなりに機能していたのだから一概に否定は出来ないけれど、それでもまあ、織田家の事情は特殊と言えた。
特に名誉を重んずる武士であるなら、何よりフライドを傷つけるような発言や態度は避けたいところだが、合理主義過ぎる信長さんは結構人前で部下をこき下ろしたりしてしまうところがある。
相手の立場を考えるのが面倒なわけでも無いと思うが、「俺より頭悪いんだから俺の言うことだけ聞いとけ」とでもいわんばかりの態度を取ることが、ままあるのだ。
まあ、事実そうだったりするのだけれど、それを言っちゃお終いなわけだし、そういった態度が、史実における本能寺の変へと繋がる遠因ともなっていると思う。
佐久間さんなんか最後はひどい扱いだったからな。
なんとかそうならないように、今のうちから対策を考えておかないとな。
この辺の、人の扱いを巡る問題は、信長さんが権力を強固にしていくほどに顕著になっていくのだが、ぶっちゃけ信長さんの性格が変わらない限り、家臣との乖離は広がるばかりだろう。
俺1人があれこれやったところで、どれほどのことが出来るとも思えないが、なんとか謀反を招くような事態が起きないようにしたいところだ。
あれのせいで、天下統一が50年は遅れた訳だしな。
そのためにも、有力武将との人脈を築いておく必要があるのだ。
特に丹羽長秀は重要人物である。
派手な活躍は少ないものの、重要なところではちゃんと仕事をしている。
そつのない身のこなしというか、戦も政治も出来る万能タイプで世渡りも上手。
というよりむしろ欲が無いのかもしれない。
信長さんと距離が近いというのも大きいけど、あのわがままな親分の下で最後までキッチリ勤め上げられたのは、その性格によるものが大きいと思う。
なので、その人となりを知る上でも、彼とはもっと距離を縮めておきたいのだ。
小牧山城の建設現場に着いた俺は、門番から許可を得て現場に入ると、さっそくコマネズミのように駆けずり回っている秀吉を発見することができた。
何しろ、独特な身振り手振りで細々とした指示を出しているので、100m先からでもすぐにわかるのだ。
その傍らで、台帳と見合わせながら睨みを利かせているのが小一郎だ。
どっちが監督なんだかよく分からないな。
肝心の丹羽さんが、ここからでは何処にいるのかよく分からないが、建物の中を検分しているのかもしれない。
秀吉がピューッとどこかへ行ってしまう前に、捕まえて丹羽さんの所在を聞き出さなくてはな。
近づいて俺が声を掛ける前に俺の存在に気づいた小一郎が、向こうから声を掛けてきた。
それで俺が来たことに気づいた秀吉が、忙しいにも拘わらず走ってこちらにやって来た。
まったく、よく動く奴だ。
「なんじゃぁ。珍しいのお主がこんな所に来るとは」
「まあ、向学のためとお祝いを兼ねて、丹羽さんにご挨拶にね」
「丹羽殿なら、曲輪の検分中じゃ」
「今行っても大丈夫かな?」
「いやぁ、終わってからの方がええじゃろ。ワシもあと少しで手が空くから少し待っちょれ」
「忙しいのに、済まないね」
「なに、もうだいたい終わっとるんじゃが、細かいとこだけな。ちょこっと待っとって」
そう言うと、先ほどの現場に戻り、二言三言告げた後、他の現場へと駆けて行った。
この、細やかさが出世の原因かねぇ。
ただ、これが親分だとすると細かすぎて面倒くさい、という事になりそうだけどな。
一時間ほど待ったところで、秀吉たちが丹羽さんを引き連れてやって来た。
「お忙しいところ、申し訳ありません」
「いやいや、大谷殿直々においでになられたと聞いて、こちらも恐縮しております」
そう言うと、丹羽さんは恭しく頭を下げた。
いやいや、これはとんでもなく腰が低い人だな。
何度か会って話もしたことあるけど、こんな感じだったっけか?
「岡部殿から伺いましたぞ。此度の築城に並々ならぬご尽力があったと」
「え?私が?秀吉じゃなくて?」
「なんでも、新たな工法の発案をいくつもして頂いたとか」
工法?あ〜、そう言えばアドバイス的なことは言った気がするけど、工法の発案なんていう大袈裟なもんじゃないよな。
「いやいやいや、ただ口だけですよ。こんなふうにしたら良いんじゃない、って言っただけです」
「ご謙遜も甚だしいですぞ、岡部殿によれば築城の常識を根底から覆す発案だったと言うではないですか」
「そりゃ岡部さんが大袈裟に言ってるだけですよ。私は工法のこともよく知らないし、建設に関してはズブの素人ですから、たまたま思いついて言ったことが、当たってただけでしょう。その思いつきを実現したのは彼だし、実際に形にしたのは秀吉なわけですし、私は何もしてません」
「なるほど。いやぁ、某、正直に申さば今の今まで、大谷殿のことを見誤っておりましたこと、大いに恥じ入らねばならぬ」
え?な、なんでしょう、本当にそんな大したことしてないのにえらい畏まり様だな。
俺が返答に困っていると、秀吉が横から割り込んできた。
「丹羽様は、吉子が手柄を上げすぎるんで、怪しんどったのではないですかな」
「正に。以前も妖術めいた手法で城攻めをしていたこともあり、なにか裏があるのでは思い込んでおりました。これは大殿様が気に入られる訳じゃ」
「…あの、今日はこんなお酒ぐらいしかお持ちしてないんですけど、今度何をお持ちしたら……」
「いやいや、心底感心しておるのですよ。お若いのに手柄を自慢とせず、下の者に功を譲るなど、なかなか出来るものではない」
「そうじゃな、吉子は手柄を鼻にかけんところが良い」
「なんでしょうか、みんなして、気持ち悪い」
「褒めとるんじゃから素直に喜ばんかい」
そう言うと秀吉は俺の背中をドンとたたいた。
結構強くたたかれたので思わずつんのめってしまった。
それで秀吉はしまったと思ったのか、慌てて詫びを入れてきた。
「すまんすまん。つい力が入ってしもうた。お主と話しとると、どうも女子と話しとる気がせんのでな、つい小一郎と話す時みたいになってしまうんじゃ。すまんかったの」
その様子を見ていた丹羽さんが、何やら分かったようにうなずいている。
変な風に誤解してなきゃ良いんだがな。
「それで、吉子は丹羽様に話しがあるんじゃろ」
「そ、そうですね。少しお時間ありますでしょうか?」
「少しと言わず、今夜一晩でも付き合いますぞ」
「いや、そんなには掛かりませんので」
「はっはっは。では、完成したばかりの、曲輪にご案内しましょう」
「え?良いんですか?大殿様より先に入って」
「なんの、誰かが先に入らねば、完成したかどうか分からぬではないですか。このくらいは問題ござらん」
「そ、そうですか」
なるほどぉ。
こういう感じの人なんだな。
物腰は低いけど、柔軟な思考と大胆な行動を併せ持った、まさに信長さんの側近になるべくしてなった人物と言えるな。
そのあと俺たちは、まだ木の香りが漂う城の中で2時間ほど、美濃攻めについての俺の考えを述べて丹羽さんの考えも聞いて、身のある話し合いをすることができた。
その中でもやはり、丹羽さんは武辺者という感じではなく、どちらかといえば文化人のような柔らかな物腰で、俺の言わば邪道な兵法について理解を示してくれた。
その上で、俺の遠距離攻撃からの一方的な殲滅作戦は、確かに敵を打ち負かすことにおいて有効な手段であるが、戦の中にもしきたりがあって、中にはそういった一方的な戦い方を嫌う武将もいることを指摘してくれた。
腕に自信があり、兵の命を守ることを信条としている武将は、正々堂々と言わば力比べをしたがる傾向があること。
そういった者にとって、そのやり方は反感を買うことになるだろうというのだ。
織田家中においては、柴田さん、佐々さん、河尻さんはその傾向が強いという。
また、俺のところにちょっとだけいた前田慶次はまさしくそういう男だというので、そういう方針で今後もいくなら俺と一緒に戦をすることは無いだろうとまで言い切った。
こういう人物を見る目も鋭いところが、さすがである。
今回は特殊なケースなので、少々邪道なことをしても許されるかも知れないが、今後天下を睨むような存在になった時、そのやり方では人心が着いてこないことも考えられるので、戦の意義と相手を見極めて戦法を選ぶべきであると忠告を頂いた。
肝に銘じておきますと答え、俺は丹羽さんとの有意義な会談を終え、小牧山を後にした。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
繋ぎの話で申し訳ありませんでした!
嘘つきになるといけないので、次はいつとは言いにくいのですが、なんとか週内には更新したいと思います。
ひきつづきよろしくお願いします。




