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72 美紀

お待たせ致しました。

本年最後の投稿です。

 「夜討ち朝駆け」とは、昔から相手が油断している隙を突く慣用句として使われることが多いが、今回は文字通り午前4時。

 丑三つ時より更に遅い(早い?)時間に、俺と新九郎、海老蔵、そして前田利家とその部下2人を連れて、鐵之助の家の前に立った。


 「朝早く御免よ。鐵之助!悪いが起きてくれ」


 そう言って俺は「中谷」と筆で殴り書きされた表札を横目に、勝手に門を開け中に入る。


 「……ん?あ?」

 「おはようございます。大谷です」

 「…あ、どうも……」


 こちらが掲げる行燈の明かりに、眩しそうにしながら、無精髭をポリポリと掻きながらのっそりと起き上がった。


 「美紀さんは居るかな?」

 「いや…、今は居ません」

 「どこに?」

 「あ〜、たしか最近出来た蕎麦屋のなんと言ったかな、信濃屋だったかの女主人と仲が良いんで、あっちに泊まってると思います」

 「信濃屋の女主人?」

 「もしかして美紀さんと同郷とか?」

 「ええ、確かそんなことを言ってました」

 「済まないが、ちょっと部屋を改めさせてもらうよ」


 そう言って俺たちは美紀さんが家に居ないことを確認すると、「朝早く邪魔をしたな、また改めて伺うから」と言い残し、信濃屋へと駆け足で向かった。

 「悟られたと思うか?」と、新九郎に聞くがまだ分からないとしか、答えてもらえなかった。

 無論、俺より事情を知らない新九郎が答えられる訳がない。

 それくらい、俺はテンパっていたと言うことだろう。

 美紀さんがどれほどの使い手かは分からないが、素人では無いことは確かなのだから、そのために今回6人体勢で踏み込んだのだ。

 仮に信濃屋の女主人も仲間だとすると、6対2でもどうなるか分からない。

 なるべく血を見る事態にはしたくないのだが。

 もしかすると、既に逃げてしまった可能性も考えられる。

 一番まずいのは、大騒ぎした挙げ句、逃げられるパターンだが、まんまと逃げられるのは、その次ぐらいにまずい。

 秘密裏に、全て処理するのが望ましい形だ。

 信濃屋の女主人の正体がまだ不明だが、仲間である可能性が大と見るのが普通だろう。

 ただ、もしかすると美紀さんが隠れ蓑にしているだけかもしれないので、問答無用で切り捨てるのは無しだ。

 蕎麦屋に近づくと我々は気配を消して忍び寄った。

 だが、俺が心配していた女主人の正体を誰何する必要は無くなったようだ。

 信濃屋の建物から、辺りを窺うように2人の人影が外に出てきた。

 どうやら二人して逃げを打つつもりらしい。

 その行く手を阻んだのは、前田利家だった。

 新九郎と海老蔵も駆け寄り、2人を完全に取り囲む。

 美紀さんは俺の顔を見るなり、観念したのか残念そうに下を向いた。

 だが、次の瞬間、俺たちの足元でパン!と弾ける音がして、一瞬で煙りに覆われた。

 催涙性の煙玉だ。

 俺はすかさず扇で煽ぎ、煙を吹き飛ばす。

 だが既に2人は10メートルほど囲みから抜けたところを走っていた。

 俺は民家に当たらないよう、角度を付けて大かまいたちを放った。

 それが2人のうち、後を走っていた者の足にあたり、どうやら1人の足止めには成功したようだ。

 先に逃げた者は、一瞬後ろを見たようだが、一目散に逃げていく。

 走力8の又左君でも追いつけないほどだ。


 地面に倒れた方は、かまいたちで足首を切断されたようで、逃げる心配は無くなったが、自殺するかも知れないので、捕まえて猿ぐつわを噛ませるように指示を出し、俺は大飛翔で20mほど飛び上がると、走っている女のすぐ前に着地し、扇を横凪に払い風圧で女を止めた。

 仰向けにひっくり返った女は、後から走ってきた又左君によって組み伏せられた。

 その顔を確かめ、間違い無く美紀さんであることを確認した。

 やれやれ、なんとか取り押さえたな。


 「済まないが、こいつらを城に連れてってくれ。私は鐵之助を呼んでくる」

 「分かりました」


 先ほど訪ねた時から、ほんの30分程しか経っていないが、鐵之助は起きて正座をして待っていた。


 「やあ、待っていてくれたんだね」

 「御領主のただならぬご様子を見せられて、また寝入るほど私は太く出来ておりませぬ」

 「そうか、済まないが、一緒に城まで来てくれ」

 「美紀が何か?」

 「うん、それも城で説明するから」

 「分かりました」


 俺と鐵之助は城に着くまで一言も話さなかった。

 城に入ると、2人は地下の折檻部屋に押し込んだというので、そちらに向かう。

 折檻部屋なんか作ったつもりは無かったんだが、牢屋とワンセットみたいな物なので、何も言わなくても勝手に出来上がってしまう物のようだ。

 2人は柱に括り付けられ、既に手荒い仕打ちを受けた痕があった。

 美紀さんはこちらと目を合わせようとしない。

 ま、一応尋問しないとな。

 やりたくないけど、仕方ない。

 俺は美紀さんの正面に立ち、話しかけた。


 「美紀さん。こんな形で会いたくは無かったな」

 「………」

 「出浦盛清の命令なんだろ」


 その名前を聞いたとたん、今まで見たことも無いほどの厳しい顔をこちらに向けた。

 だが、返事は無い。

 そして、また目を逸らす。


 「私が知る限り、ここで既に8人の忍びが死んでいる。その全ての手引きをやったとは思わないが、何人かはそうなんだね?」


 無論返事は無い。

 恐らく何を聞いてもだんまりだろう。

 だが、これだけは聞いておかなくてはならない。


 「美紀さんは、この街のことをどう思う?戦が無くなり、日本の全ての街が、こんな街だったらどう思うか、それだけは聞かせてくれないか?羊羹を売っててどう思ったかでも良い。一言聞かせてくれ」


 恨めしそうに、こちらを見る彼女が、一瞬だが後にいる鐵之助に目をやった。

 だが、すぐに目を伏せ、黙り込むかと思ったが、どうやら笑い始めているようだった。

 肩をヒクヒクと揺すったかと思うと、こちらに向き直り、声を上げて本格的に笑い始めた。

 そして、ついに口を開いた。


 「あんたらは馬鹿だよ」

 「何だと!」


 新九郎が棒で打ち据えようとするのを止めた。


 「あんたら、というのは私と鐵之助という意味かい?」

 「そうさ、だって馬鹿だろう。こんな商売はじめたって、弓矢のバケモノを作ったって、相手は天下の武田大膳大夫様だ。あっという間に平らげられておしまいさ」

 「なるほど、信玄公に心酔している訳か」

 「冗談じゃないよ。心酔なんかしてるもんか、抵抗しても無駄だって言ってるだけだよ」

 「そうかぁ。でも、美紀さんはどうなんだい?武田信玄の下でこの国が統一されれば良いと思うか?それとも織田の殿様が考える未来の方が良いと思うか?」

 「どっちだって同じようなもんだよ。ただ、早く終わってくれれば良いさ、嵐のようにサッサと過ぎ去ってくれればそれで良いよ」


 俺は美紀さんのやさぐれた笑顔をジッと見つめ、本心はどこに有るのだろうと考えた。

 恐らく出浦盛清に雇われるに当たっても、彼女に選択肢は無かったのだろう。

 だったら、こちらに靡(なび)く可能性も無いとは言えないな。


 「郷里は信濃って聞いたけど、そういうことなら元々は村上氏か諏訪氏、あるいは小笠原氏か。いずれにしても武田に領地を奪われた訳だ」

 「ふん、だからと言ってあたしが寝返るとか考えてるなら甘ちゃんもいいところさ。出浦様には子供の頃から養ってもらった恩義があるんだ、簡単には裏切れないね」

 「それはそうだろう、そのくらいでなきゃ草として放ったりしないだろうしな」

 「当たり前さ、あたしらをなめないでもらいたいね」

 「ただね、ちょっと考えて欲しいんだ。美紀さんが大谷本舗で今川焼きを焼いていた時。親子連れがたくさん買いに来てくれたろ?その子供たちの笑顔がさ、どんな風に見えたか思い出して欲しい」

 「馬鹿な親子だと思ったよ。こんなおめでたい領主に騙されてさ、こんなこと長く続きっこ無いって、どれほど言ってやりたかったことか」

 「そうか。私はねぇ、それが一生続くようにしたいと思ってるんだ。この土地で始めた、この暮らしを日本中に広めたいと思ってる。住む人1人ひとりが自分の幸せを求めるために一所懸命生きられる。そんな世の中を目指しているのさ」

 「馬鹿だね。ほんと馬鹿。そんなことはさ、どの領主だって口にするのさ。やれ民のためだ、百姓のためだと言いながら、いつの間にやらお家のため、自分のためになってるのさ」

 「私はそうならない自信があるよ。なぜなら、自分のためを思ってるからね」

 「おいおい、何を言い出すかと思えば、いきなり本性むき出しかい?」

 「言ったろう?1人ひとりが自分の幸せのために生きるって。当然自分も入ってるに決まってる」

 「やれやれ、こんな領主を一時でも信じた自分が馬鹿だったよ」

 「間違えないで聞いて欲しい。全ての人に幸せになる機会が与えられる、そんな社会を目指してると言っているんだ。自分も自分のやりたいことを追求するけど、全ての人が同じように自分の才覚で、自分の努力で幸せを摑むことが出来る、そんな世の中を目指しているんだ。だから、自分の目的のために他人を犠牲にするやり方は好きじゃない」

 「良く言うよ。そこに突っ立ってる、鐵之助を思いっきり犠牲にしてるように見えるけどね」


 嫁と俺とのやり取りを聞いていた鐵之助が、その言葉を聞いて間に割って入ってきた。


 「それは間違ってるぞ、美紀!俺は俺の才能を買ってくれる人のために、最善を尽くしてるだけだ。決してただ使われてるんじゃない。俺の意思で協力してるんだ」

 「物は言い様だね。あんたも騙されてることに早く気付くと良いのにね」

 「実はな、俺は薄々感づいていたんだ。お前がこういう仕事をしてることをな」

 「…そうかい。ま、今となっちゃぁ何とでも言えるわな」

 「だが、何処かで希望も棄てられなかった。ひょっとしたら、堅気(かたぎ)になってくれやしないかと。大谷様の店で働くと聞いて、もしかしたらと思ったんだ」

 「ふん、利用されてると分かっててずっと夫婦のふりをしてたってのかい?冗談じゃないよ」

 「俺は今でも、お前は俺の女房だと思ってる」

 「へっ、反吐が出らぁ」

 「だから、お前がどうしても、大谷様の敵になるというなら、俺がこの手でお前を殺す」

 「おい、鐵之助…」

 「申し訳ございません大谷様。こうなることは覚悟はしておりましたので、俺に責任を取らせてください」

 「ふっ。馬鹿だよ。何を格好つけてるんだか」

 「どなたか、刀をお貸しください」


 鐵之助が周りを見回したが、なかなか手が上がらず、仕方なしに俺が目配せをして海老蔵に刀を差し出させた。

 鐵之助は刀を振るったことなど一度も無いはずだ。

 それでも俺の家臣になったことで、何処かで覚悟をしていたのだろう。

 刀を構え、美紀さんと再び向き合う。

 だが、その切っ先は小刻みに震え、到底美紀さんを殺す覚悟が整ったとは思えない。

 そして、刀を構えながら鐵之助は涙を目にうかべていた。

 それを見た美紀さんが、あきれたように言った。


 「だらしないねぇ。それでも男かい、殺すんならさっさとやっとくれ」

 「美紀…。お前はそれで良いのか?」

 「良いも悪いも、あんたが殺すって言いだしたんじゃないか」

 「このまま死んで、それでお前は満足なのか?出浦何某のために死ぬことが」

 「ああ…そうさ」

 「俺は、嫌だ!お前を殺したくなんか無い!一緒に生きたいんだ」

 「何を言ってるんだい、この人は。忍びの道に入った者は一生抜けられないのさ。それが掟なんだよ」

 「掟が何だ!それが全てなのか?掟のために生き、掟のために死ぬのか?」

 「掟が……全てじゃ無いが、受けた恩義は返すのが筋ってもんさ」

 「恩義と言ったって、戦乱であふれた孤児を拾っただけじゃないか。拾われて幸せだったのか?」

 「あんたに何が分かる!」

 「分からんよ、だけどお前が幸せじゃ無いことだけは分かるさ」


 見れば、美紀さんの目にも滲むものがある。

 鐵之助はもう刀を構えてすらいない。

 こりゃ無理だな。


 「俺は見たいんじゃ!大谷様の創る世が、どんな物になるか見届けたいんじゃ!そして傍らにはお前に居て欲しいんじゃ!」

 「…クサいこと言ってんじゃないよ…味噌が腐るよ!」

 「俺との暮らしは、そんなもんだったのか?お前にとって。未来に希望が持てる、そんな風には映らなかったのか?今川焼きを食べる子供たちの笑顔が良いねぇって話してたじゃないか」

 「そんなのは、その場で口からデマかせ言っただけだ」

 「お前が、子供を作りたがらない理由が今日ようやく分かった。だが、お前が子供好きなのは気がついていたぞ」

 「だからと言って、今日から忍び辞めますって言えるかよ、馬鹿たれが」

 「いくつで拾われたか知らないが、もう27になるんだ。十分尽くしたろうその出浦何某には。だから、もう良いんじゃないか?好きなように生きて」


 その時、美紀さんの目からも一雫の涙がこぼれ落ちた。


 「やかましいわ、この唐変木!今さら抜け忍なんて出来る訳無いじゃないか!一生逃げ続けられるのかい?あたしと!出来っこ無いだろ?」

 「逃げて済むのなら、逃げ続けても俺は構わない」

 「馬鹿が…」


 ふぅ。

 そろそろ、頃合いかな。


 「夫婦げんかの最中に申し訳ないが、鐵之助に抜けられるのも困るのでね、美紀さんには、今の仕事を続けてもらう、ってのはどう?」

 「は?何言ってんのさ。気は確かかい?」

 「ただし、武田側にはこちらの用意した情報を流してもらうけど」

 「それだよ!美紀!」

 「それだよ、じゃねぇよこの馬鹿!」

 「痛っ!」


 柱に括られていたのだが、いつの間にか片足が自由になっていたようで、その足で思いっきり鐵之助に蹴たぐりを入れていた。

 油断も隙もないな。


 「あんた、出浦様を裏切れって言ってんだよ」

 「バレなきゃ、裏切りにはならないさ」

 「あら、恐ろしいお人だ。こんな顔して腹じゃ何考えてるか分かったもんじゃないね」

 「きれい事だけじゃ、世の中済まないからね」

 「はぁ…分かったよ。その仕事、受けようじゃないか」

 「おい、美紀!」

 「ただし、あんたのためじゃ無い。この馬鹿のためだ。あんたの言う自分のためってヤツだよ」

 「それで結構です」

 「美紀〜っ!」

 「うざい!抱きつくな!」


 何か、成り行きで二重スパイやってくれることになっちゃったな。

 さて、問題はもう1人だ。

 こちらのお嬢さんは、どういう関係だろうね。


 「そっちはあたしの妹だ」

 「真紀です」

 「一蓮托生だからね、あたしを生かしとくんならそいつもだ」

 「仕方ないね、足切っちゃったけど大丈夫?」

 「大丈夫です」


 2人を柱から降ろし、真紀さんには義足を作ってやることを約束した。


 「では、これから、よろしく」

 「何がよろしくだよ、無理矢理じゃないか」

 「ありがとうございます!」



ここまでお読みくださりありがとうございます。

今年一年、ありがとうございました。

年明け最初の更新は、おそらく10日頃になるかと思われます。

来年もよろしくお願いします。

それでは皆様、よいお年をお迎えください。


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