68 慶次
遅くなってすみません。
信長さんの手締めで会議は終了したが、既に夕方になっていたので、その日はそのまま清洲に泊まることになった。
あ〜あ、ついに話しちゃったな。
でも、血判状まで作ったんだ。
そうホイホイ外に漏れることも無いだろう。
多分。
会議を終えて新九郎と錦之輔は既に宿を見つけてあり、そちらに向かった。
俺はいつものように大奥へ泊めてもらうため、お濃さんにご挨拶に行くと、「よくぞ顔を出せたものじゃ」と言って、奥の敷居をまたぐこと金輪際まかりならんと、門前払いを食らってしまった。
あぁ、根に持つタイプなのね、やれやれ。
そんな状況になったことを前田さんに伝えると、「それじゃあウチに泊まれや」と言うので、ご厄介になることになった。
まつさんは、前田さんと共にウチの領地に越してきているので、清洲の屋敷には甥の前田慶次が一人で暮らしていた。
出ました前田慶次!
こんな所でお会いするとは思いもよらなかったな。
彼の本来居るべき所は、養父の前田利久の居る荒子城であるはずだが、家にいてもつまらんと言うことで、留守の間の番も兼ねて、賑やかな清洲に来ているのだそうだ。
って事は前田又左さんがお役御免になったら、追い出されるのか?
まあ、一緒に暮らせないこともないだろうが、若い夫婦の家に居候するのも無粋と言うもんだしな。
人の家のことだから、別にどうでも良いが。
前田慶次の外見は、やはりというかゲームの世界なので、皆様ご存じのあの風体である。
ヤクザ者と言うより、完全に危ない人という感じで、リアルだったら絶対お近づきになりたくないタイプだな。
その前田慶次が俺を見て、品定めをするような目つきをしながら言った。
「へぇ。あんたが世間を騒がせてる、大谷吉子さんかい」
「はあ、大谷ですけど、そんなに世間を騒がせてます?私」
「へへへ、ご自身で自覚が無いときてやがる。尾張ではあんたのことが話題に上らない日は無い程だってのに、暢気なもんだぜ」
ええ?そんなに噂になってる?
何だろう、お菓子作ったり馬車走らせたりしたからか?
確かに目立つことをしたようには思うけど、そんなに連日話題になるようなことかな。
「それで、叔父貴は、その吉子さんをここに泊めようって話かい?」
「ああ、お濃様に断られたらしくてな」
「なるほどねぇ。こいつはまた新たな噂になる話だねぇ」
「ど、どういう意味だよ」
「俺ぁ巻き込まれるのは御免だから、他所に行くとするかな」
巻き込まれるってどういう意味だ?と思ったら、「おいおい、巻き込まれるってのはどういう意味だよ」と、又左君が俺より先に聞いてくれた。
「やれやれ、叔父貴も世間のことはからっきしだねぇ。今夜は吉子さんと二人でお泊まりって事でござんしょ?」
「お、おう…」
え?あぁ、そういう意味か…。
見ようによっては「不倫」って事になるのか。
いやぁ…それは止めよう。
「ごめん、又左、やっぱ宿に泊まるわ」
「え、あぁ、はい…」
「叔父貴まだ分かってねぇな。そいつは不義になるんじゃないかって話でさぁ」
「ああ!」
「ま、そういうことだから、どっか宿を探すよ。ありがとうね」
そう言って、俺は又左を置いて宿を探すため、商人街へと向かった。
だが、護衛の仕事は終わっていないと、自分で思ったのか、慶次に言われて気付いたか、又左君が慌てて後ろから追いかけてきた。
「すみません吉子さん。俺が気が利かねえばっかりに、余計な手間取らせちまって」
「いや、私も少し世間という物に無関心すぎたようだからね、反省しております」
何しろこっちはゲームの世界と思ってるから、好き勝手やってたけど、NPC達にとってはここが唯一、自分達の生きている世界なのだ。
まあ、自分達の住んでる街の領主が、連日話題を振りまくお騒がせ女だったらどう思うかだよね。
そういう視点から見れば、これまでの所業はかなり凄まじいとも言える内容ではある。
“ブンシュン”がこの時代に有ったら、毎週トップ記事は俺だったりするのかも。
つーか今週の吉子様とかいうコーナが出来てもおかしくないな。
だからと言って、急には変えられないよな、俺の性格上。
この世界はオマケみたいなもんだし、やっぱり楽しみたいしな。
結局俺は、新九郎達の泊まってる宿に、無理矢理空き部屋を作ってもらって、泊めてもらうことが出来た。
布団部屋よりはましだが、しばらく使って無かった部屋のようで、全体に埃っぽい上、壁に穴やヒビが入ってたりと、お世辞にも綺麗とは言えない部屋だった。
二人で寝るには狭い部屋なので、新九郎達とコンバートすることも出来なかった。
彼らは非常に恐縮しているようだったが、まあこのくらい、京都の啓迪院のことを思えば、どうということは無いな。
しかし、気軽に泊まれる所が無くなったのは痛い。
そのうち、こっちにも屋敷とか作んないとダメなのかな?
とは言え、信長さん、すぐに小牧山に移っちゃうだろうし、美濃攻略が1年で終われば今度は岐阜に移るだろうし、暫くは今のままだな。
朝になり、朝食をいただいて宿を出ると、前田利家と慶次が外で待っていた。
昨夜は何処かで酒を飲んでいたのか、又左君は二日酔いの顔である。
一方の酒豪で知れた慶次さんは、全く昨日と変わりが無く、元気そのものであった。
その慶次さんが、いったい何の用かな?と思っていたが、案の定一緒にウチの領地に行っても良いか?という話だった。
一緒に来るぐらいは何の問題も無いので、OKしたのだが、もしかしてウチに居着くつもりじゃ無いだろうな。
どうも嫌な予感がするが、気のせいだと思いたい。
美濃街道を右に折れ、幅の広い直線道路に出たところで、「こいつは見事な眺めだ」と、慶次は感嘆の声を上げた。
初めてここに来る人は、真っ直ぐに城まで伸びる道路に、皆一様に感心するのだが、見事と言ったのは慶次が初めてである。
確かに最近は建物もだんだんと密集してきており、屋根の線と道路の側溝が城の門に向かって綺麗な集中線を描いている。
なかなか、美的な感受性に優れた人ではあるようだ。
一番賑やかな商業地区に差しかかると、「ちょいと寄り道しても良いかい?」と言うもんだから、「どうぞ勝手に見て回って。こっちは先に城に戻っているから」と言って、一旦慶次と別れた。
城に戻ると、錦之輔は早速、妹が進めている沼地の開発の指揮を執るため、出かけて行った。
昼飯ぐらい食っていけばいいのに、とも思うが、妹の手前怠けているとか思われたくないのだろう。
損な性格だねぇ。
しばらく城の前で待っていたのだが、なかなか慶次が現れない。
「あの野郎どこまで行きやがったんだよ、まったく。ちょいと探してきますんで」
そう言って又左君は慶次を探しに行ってしまった。
1人残された俺は、門のところで待つこと30分。
ようやく2人は戻ってきた。
慶次の両手には大量の今川焼きが抱えられていた。
20個ぐらいはあるだろうか、そんなに誰が食べられるんだと思ったが、見ている端からパクパクと三口ぐらいで1個を食べ切っている。
コイツなら食べ切っちゃうかもな。
そう思わせるくらい、すごい勢いでしかも美味そうに食べている。
こんなに一所懸命に食べてくれるのなら、作った甲斐があると言うものだ。
今川焼きばかり食べてても、喉に詰まるだろうと、お茶を煎れてやるから、中でゆっくり食べるようにと、城に入るよう促した。
煎茶を入れるので、茶室ではなくとりあえず客間に案内した。
途中まではハイペースで食べていた慶次だったが、だんだんとペースが落ちてきて、12個ぐらい食べたところでギブアップしてしまった。
何でそんなに食べきれないほど買ってきたんだと聞くと、焼いている臭いがとにかく美味そうで我慢できなかったのと、売ってる娘さんが美人だったので、ついつい余計に買ってしまったと言うことだった。
ダメだよ、人妻なんだから。
けっこう見境なく行動するタイプなのかもな。
気をつけなくちゃ。
おかげで俺たちの昼飯は、今川焼きになってしまった。
俺が3個、又左が5個食べて、結構腹一杯になった。
そうだ、あの今川焼きの屋台、フィールドキッチンとして、使えるよな。
あれをそのまま馬車の後に付ければ、高速移動販売車になる。
攻城戦の時、兵糧攻めにしている横であの今川焼きの臭いをさせたら、効果てきめんだろうなぁ。
ウッシッシ。
そんな風に、ひとりで怪しくほくそ笑んでいると、慶次が話しかけてきた。
「俺は、この街は面白い街になると思う」
「そりゃどうも」
「思う、ってことはまだなってねぇってことだ」
「そりゃそうでしょうね、まだ出来て3ヶ月ぐらいの街だから」
「3ヶ月!そんだけでここまで賑わってるのかい。驚いたねそいつは」
「まあ、街として出来上がってくるのには10年は掛かるだろうね」
「なるほどなぁ。あんた、歳の割りには物が良く見えているようだね」
おっと、また訳知り顔で喋っちまったな。
ついつい17歳ってことを忘れちまう。
いかんいかん。
「俺は、この街が面白い街なら、移り住んでも良いと思ったんだが、まだ早いようだな」
「そうだね、2年ぐらいしたらまた来れば良いよ。その時はだいぶ出来上がってきてると思うから」
「今、10年掛かると言っていたじゃねぇか」
「それは街として成熟するのにって意味さ。形だけならあと2年でだいたい固まると思う」
「そうかい。それじゃその時まで待たしてもらおうかな。ここで」
「は?ここで?」
「そう、この城でな」
「今、まだ早いって言ってたじゃん」
「それは移り住むには、って意味だ。ここで待つと言ったのさ、街ではなく城の中で」
「言っている意味が分からない…」
「叔父貴は来月でお役御免になるんだろ?その後あんたの用心棒として俺を雇って見ちゃどうだい?」
あ〜、やっぱりそういう流れになるのね。
何か、誰かの意図を感じるね。
無理矢理ドラマっぽく盛り上げようと、誰かが画策してるとしか思えないよ。
どうなんでしょう?
神様。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
次回は、いよいよ連弩が完成するかも。




