64 甘味戦略
無理矢理引き戻しました。
色々と確かめなきゃならなくなったので、墨俣行きは一旦延期として、俺は○○奈々を連れて城に戻り、地下牢に押し込むと、領地開発中の中村兄妹を訪ねることにした。
秀吉には城で待っててと言ったのだが、面白そうだから付いていくというので、ついでに小一郎にも会って行くことになった。
以前、秀吉がここへ来た時は、無双技の披露をしあった時だが、あの時から比べればずいぶんと整理されてきたと言える。
相変わらず沼や池は多いが、上から見ればそれが数カ所に集中的に纏められて、それ以外の土地は綺麗に整地されていることが分かる。
畑としてなら、すぐにでも使えそうである。
ただ、俺はここを水田にする予定なので、このあと水路を作り灌漑を進める事になる。
そんな俺の青写真を即座に見抜いた秀吉は、感心しながらも自分も負けられないという気持ちが起きてきたのだろう。
「畑の広さならワシも負けんぞ」と、妬みとも負け惜しみとも思える言葉をのこしながら、「もちっとワシも石高上げんとな」とつぶやき、決意を新たにしていたようだ。
開発責任者達は工事小屋に集まって、今日の進捗状況をチェックしていた。
俺が入って来たのを見て、小一郎がちょうど良かったとばかりに表と図面をこちらに見せて、説明を始めた。
俺が来た理由は後回しかよ、と思ったがまあ良い。
「予定より早く整地作業が終わったので、堤防の第二期工事分も始めておきたいんですが、水路が先が良いですか?」
「いや、堤防を先に進めて。水田にするにしても一年目から米が採れるわけじゃないし、こっちは急がなくて良いよ」
「分かりました。ただ、堤防の工事の途中で私は抜けることになってしまうのですが…」
「大丈夫でしょ?中村兄妹が居れば」
「もちろんです」
「はっ、お任せください」
「そそ、兄貴より早く上手く安くやるから大丈夫」
「敬語を使えと何度言ったら……」
「まあまあ、それは良いよ、全面的に信頼しているから」
「ありがとうございます」
「それよりさ、市場の責任者が玉ちゃんって本当?」
「ああ、それは報告してませんでしたが、私の名代と言うことで名前を貸しておりました。実質は私が責任者です」
「そうだよねぇ。今日市場行ったら玉ちゃんが責任者だって言うから、ビックリしたよもう」
「それで、こちらにお見えになったのは、その件で何かありましたか?」
「そう、市場でさ、盗品を売ってると思われる女を捕まえたんだけどさ、証拠が無いんだわ」
「なるほど」
「どんな経緯かお聞かせください」
俺は寒天づくりからの話をかいつまんで説明した。
それを聞いていた錦之輔は、ほくそ笑みながら言った。
「証拠なら大谷様がお持ちじゃないですか」
「え?このタコ?」
「ちゃうがな、テングサの箱じゃ。ちゅうかまだ持っとったんかそのタコ」
後ろで聞いていた秀吉がツッコんで言った。
タコは、ちゃんと食べないとね。
あ、そうか、箱か。
「市場で取引する際、容器などは他者と区別するため、焼き印などを入れる事にしています。皆さんがテングサを潰す作業をしている時、私も見ましたから」
「そうか、その箱の持ち主を当たれば良いんだな」
「そうですね、そこで盗難の被害に遭っていれば、そのドブ浚いの奈々の犯罪が立証出来ると思います」
「他の業者が間違って持ってくってことは無いのかな?」
「全く無いとは言い切れませんが、滅多に無いことだと思いますし、同業者であれば余計に注意すると思います」
「なるほど、ありがとう!」
そう言って俺は帰ろうとしたが、ふと気になったので、錦之輔にもう一度尋ねた。
「ところでさ、玉ちゃんが錦之輔の名代って、どういうこと?」
すると、中村兄妹の顔が引き攣ったように見えた。
おやおやおや?
何だ?何を隠したのかな?
俺はさらに無言で錦之輔に躙り寄る。
すると、観念したのか錦之輔はガックリと項垂れ、弁明を始めた。
「申し訳ありません、大谷様に断りも無く勝手なことをいたしましたこと、お詫び申しあげます」
その時、秀吉が気を利かせて「ワシャぁ小一郎と話しがあるから」と言って俺たちの側から離れていった。
「それで?理由を聞こうか」
「実は、玉尾に縁談の話がありまして、相手は美濃の豪族の次男だったのですが、コイツがあんなのと一緒になるくらいなら、一生独り身でいる方がましなどと言い出して…」
「そうよ!冗談は顔だけにしてってくらいしょうもないヤツだったのよ」
「お前は黙ってろ、話がややこしくなる」
「ぶ〜」
まあ、玉ちゃんのスペックを考えたら、せめてゲームに出てくるぐらいの戦国武将でないと、釣り合いがとれないわな。
「それと、市場の名代とどう繋がるの?」
「順をおって説明いたしますので…」
「うん。まずは縁談を断りたかったと」
「そうです、その男の家は代々美濃の守護に忠誠を誓っておりますので、私が織田方に付いていることは、後々問題となると思い、最初からお断りしていたのです。ですが、その次男坊が玉尾をいたく気に入ってしまったようで、私が大谷様の所から去れば済む話、とまで言い出したので、玉尾も重職に就いているからと、その場の言い逃れでつい言ってしまったのです」
「それはいつ頃の話?」
「去年の10月ぐらいでしょうか」
「ああ、斎藤家の有力武将に調略をはじめた頃だからね、最悪の時期だね」
「はい、余計な噂を立てられては困りますからね」
「その言い逃れで、市場の責任者をやっていると言ったわけ?」
「初めは違いました。領内の探索の指揮を任されていることにしました」
「ああ、すぐに呼び戻しちゃったものね」
「そうですね、ですので、自分の持っている肩書きで渡せるものと言ったら、市場かたたら場の責任者という立場だけでした」
「でも面白かったよ、市場にもちゃんと3回ぐらいは行ってるし」
3回だけかよ、せめて週一行けよ!と、ここまで出かかったが口に出すとまたシュンとなってしまうので、咎めているような顔をするだけにとどめておいた。
それでもちょっと失敗したと思ったようだ。
「名代になったのは何時?」
「11月に入ってからです」
「まー色々あって言いそびれたと言うところかな」
「申し訳ありません」
聞いてみればどうと言うことのない話のようだが、無断で行ったと言うことと、斎藤家と繋がりのある者から、接触があったことが問題だな。
こんな時代だから、あらゆる物を駆使して味方に有利に、そして家を生き残らせるために利用する。
玉ちゃんへの縁談も、そういった流れの一つと言えそうだ。
「分かっているとは思うけど、無断で行ったことは問題だし、事後でももっと速く報告して欲しかったな」
「重々承知しております。どのような罰でもお受けする覚悟でございます」
「まあ罰は特に無いんだけど、その豪族、参考までに名前教えて」
「粥川小次郎という者でして、郡上八幡の遠藤氏の家臣と言う話です」
「郡上かあ、ずいぶんと山奥だな」
「でしょう!そんなとこに私が行って耐えられる訳無いですもの」
「偉そうに言うことか!」
まあ、なんだかんだ言って妹思いのお兄さんってことで、大目にみてやるか。
俺が生暖かい視線を送ると、ばつが悪そうな顔をしている。
だが、遠藤氏と言えば、安藤守就とも繋がりがある家系だ。
もしかしたら今回のクーデターに荷担してたりするのかな?
だとしたら、無下に扱うのも問題だな。
「ちょっとさ、その粥川何某との繋がりを利用するなりして、遠藤家の当主がどういう人間か調べてきてくれない?」
「私がですか?」
「そう、小一郎がいるうちにさ、アイツが抜けた後は二人でこの土地の開発進めないとならない訳だし、私や小六だと目立つからさ」
「分かりました。必ずや」
「悪いけど、お願いします」
「ははっ」
「それと、じゃあ、市場の責任者は玉ちゃんなわけだから、あの盗人の処遇は任せるわ」
「わっかりました〜」
「大丈夫ですか?玉尾で」
「うん、コイツ二面性があるんで、兄貴の前ではこんなだけど、常識的な判断の出来るヤツだと思うから、大丈夫でしょう」
「左様で…。分からないことがあったらまず私に聞くんだぞ」
「は〜い」
「はあ……」
ということで、急遽決まった遠藤家の調査依頼で、錦之輔が一時開発から抜けるという話を小一郎にするため、再び秀吉達を呼び戻す。
気がつけば辺りはすっかり夜になっていて、今からじゃ墨俣に行くのは無理だろう。
仕方なしに明日朝一で墨俣に向かうという話で、秀吉にはウチの城に泊まってもらうことになった。
念のために小六にも遠藤さんってどんな人?と聞いてみたが、郡上八幡城に居を構える、最近急に伸びてきた国人という以外のことはよく知らないという。
仮に郡上八幡も一緒に寝返れば、稲葉山城は孤立し、武田に救いを求めるしか無くなるだろうな。
となると美濃は一気に攻め落とさなければ、武田に横槍を突かれることになる。
奇襲&電撃戦だな。
今度信長さんに進言してみよう。
翌朝、俺と秀吉は護衛を連れて墨俣に向かう。
タコは、昨夜酢の物にして酒の肴にして食べてしまった。
また市場に寄れば、何か魚は手に入ると思うが、寒天がどうなっているか心配なので、秀吉には代わりに小麦粉と片栗粉、ごま油と菜種油の天ぷらセットを持っていってもらうことにした。
墨俣で秀吉とお土産を降ろし、寒天をしまった氷室に向かう。
氷室の中は、今朝の冷え込みで氷点下になったようで、寒天は完全に氷結していた。
後はこれを天日に干して水分を飛ばし、乾燥させれば棒寒天の出来上がりである。
これで寒天の歴史を、150年ほど早めたことになるのだが、まあ、だからと言って医学が進んだり、ゲル化剤の開発が進んだりということは無いだろう。
しかし、甘味界にとっては大きな出来事になるだろう。
まず、俺はこれで羊羹を作ろうと思っている。
しっかりとした練り羊羹と、プルプルした水羊羹だ。
羊羹という言葉は、鎌倉時代からあるらしいが、中国から伝わった時は点心として伝わったという話だ。
つまり羊のスープが冷えて、肉のゼラチンで固まったものを指していたようだ。
それがいつの間にか甘いお菓子になっていったらしい。
ういろうも実は、その過程で派生したものという説がある。
いずれにしても、これから夏場に向け涼やかな水菓子は、贈答品やおもてなしに最適である。
評判になれば爆発的に需要が拡大する恐れがあるが、寒天自体が凍らせなければならないというのが何とも面倒な話である。
※寒天にしなければ良いんじゃ無いでしょうか?
おや、あれほど寒天に拘っていた神様のお言葉とも思えない。
※心太のまま、お菓子にしてしまえば良いのでは?
でもそれだと、生臭いし塩気があるので、良く無いと言っていたような。
※あんみつなんかにする時は寒天をそのまま食べるので、塩気や臭いが気になるという意味です。
砂糖ガンガン入れてガッツリ甘くして、餡子ドッサリ入れたら少々生臭いのなんか分からなくなりますよ。
何か、胸焼けしそうな話だけど、けっこう大雑把だよね神様って。
※………。
まあいい、夏場の需要増を見越して、もう少し寒天を作っておこうかな。
今のところ独占企業だしな。
今井さんあたりに教えたら、高値で買い取ってくれるかも知れない。
そう考えると、またしても怪しい一人笑いを押さえられなくなるのだった。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
次回は羊羹作りです。




