58 平常運転開始
正月4日。
今日から平常通りに営業開始である。
小一郎と錦之輔はすでに開拓地に出向いている。
初日ということもあり、俺は朝一で朝礼を開いた。
もちろん昨日の綾乃の件を伝えるためだ。
話を聞いた家臣達からはため息のようなものが漏れる。
特に蜂須賀小六は苦虫を噛み潰すような顔をしている。
言わんこっちゃない、ってところだろうな。
そこで、今年から施行予定だった人事案に更なる変更を加えた。
綾乃を撃退?した功績を持って新九郎を侍大将に任じ、信長さんの母衣衆のような親衛隊を結成するよう命じた。
そして、海老蔵に新兵300の徴募と訓練を任せる。
荒木又右衛門にはそれに合わせ、新たな兵舎を建設。
千恵蔵に木材の調達と、新規開拓地への植林を指示した。
矢継ぎ早に、新たな命令を出し終えたところで、お開きにしようとしたところ、鐵之助がなんとクロスボウの試作品を持って来た。
何だコイツ、正月の間休んでなかったのか?
彼曰く、とにかく早く形にしたかったという。
クロスボウを作る上でのアイディアが、それこそ湯水のように涌いてくるらしい。
実際に出来たクロスボウを見ると、まるでドイツのマシンガンのように非常に精巧に作られ、そして何より重い。
機構もかなり複雑で、色んなアイディアを入れられるだけ入れてみましたという感じだ。
矢が10発入ったカートリッジのような物も作られ、半自動装塡のような機構になっている。
カートリッジを支える金具の脇に簡単な照準器が付けてあり、狙いも付けやすい。
試しに撃ってみると、まさしくボルトアクションライフルのように、レバーを引くと次弾が装塡される仕組みだ。
およそ200m離れた的に、楽々届き、的を貫通して支えの支柱へし折った。
うゎ、すげえ!
コイツ天才じゃね!?
ただ、これを量産できるかと言われれば、鐵之助自身も難しいという。
コイツの技術だから作れたようなもので、そうとうな熟練と特殊な工作機械がないと無理だろう。
そして一番の問題が矢の量産が難しいらしい。
俺が鉄で作れといったから作ったが、そもそもこの時代の鉄は今のように均質な素材が潤沢にあるわけじゃ無い。
むしろ銅の方が作りやすいという。
まあバリスタ用ならそれでも良いだろう。
だが、兵一人一人に持たすのはさすがに無理か。
金が掛かりすぎるわな。
でも鉄砲より威力あるしな、いずれはやりたいところだな。
俺は、このクロスボウをそのまま2倍の大きさにした物を作り、矢を銅製にして200回連続で撃って耐用試験をするように命じた。
鐵之助は飛び上がるように喜んで帰って行った。
2倍になったからと言って威力も2倍になるわけじゃない。
むしろ重さは4倍になり、持ち運びは二人がかりになるだろう。
だが、これは俺としては重機関銃のような使い方をしたいと思っている。
可能なら100丁ぐらい欲しいところだが、まあ良いとこ20丁だろうな。
城の防衛以外にも、馬車に積んで、まさしくチャリオットとして使う。
密集陣形を取る相手には最大級の被害を与えられるだろう。
単純に隊列を組む槍隊に対してもチャリオットで敵の槍衾に穴を開ける。
その穴から騎馬隊を突入させ蹂躙する。
どうよ、完璧じゃね?
俺がそんな黒い妄想でほくそ笑んでいるところに、千恵蔵が報告にやってきた。
今井宗久が年始の挨拶にやってきたという。
ずいぶん早いな、何か良いことでもあったのか、あるいはその逆か?
今井宗久は外国人を1人連れて来ていた。
以前話していた国籍不明という船乗りの男だろう。
ただ、現代人の俺には、その男の国籍に一目見ただけで見当が付いてしまった。
多分イギリス人だなと。
180cmを超える巨体と、髪、眉、髭ともに燃えるような赤い色である。
イギリスでも、だいぶアイルランドに近い方面の、出身かな。
今も大航海時代真っ只中のヨーロッパだが、16世紀に入ってからは大発見の時期は終わり、その代わり各地に植民地を作って、そこからの貿易品で大儲けをすることが、目的になりつつある頃だ。
イギリスはバラ戦争や宗教改革のおかげで、大航海時代にはだいぶ乗り遅れた感が有るが、その代わりと言ってはなんだが私掠船などで、スペイン、ポルトガルの航路を脅かしていた。
いずれは戦争へと発展することになるのだが、そういう意味でイギリスの船員は海賊っぽい奴が多い。
その男も恰幅の良い身体と太い二の腕に、ドクロマークの入れ墨をしている。
今井宗久は言葉が分からないので、その男を赤男と呼んでいた。
訳も分からず連れてこられた赤男は、女城主である俺に興味を持った感じである。
よ〜し、ちょっと驚かせてやるか。
『I am Yoshiko Otani. What is your name?』
その時の赤男の顔といったら、まさに百面相だった。
初め目を大きく見開き、何が起きたのか分からない感じだったが、急に顔がほころんで大声で叫んだ。
『Oh! You can speak English!』
それはもう、飛び上がらんばかりの喜びようであった。
コンピュータの用語は大半が英語であり、いちおう英語の教育は現代の日本人なら一通り受けている。
ただ、実際に喋るとなると苦手な人が殆どではなかろうか。
俺もご多分に漏れない1人だったわけだが、幸いにして派遣時代にカナダ人の経営する会社に3ヶ月ほど通う機会があった。
そこで、極々初歩的な日常会話は出来るようになっていたのだ。
その男は、エドワード・マクレガー(32才)と名乗った。
まさしくアイルランド出身であった。
彼は、アイルランド語と英語、わずかにスペイン語、ポルトガル語が分かる程度であったが、ひとまず通訳として仕えないか?と尋ねてみた。
※面倒なので英語での会話は以後『 』(二重鉤括弧)で表現します。
『俺は船乗りだからな、言葉じゃなく船を操りたいんだがな』
『因みに、馬車の扱いには詳しいかい?』
『そりゃ、子供の頃から躾として当然身に付けてるが?』
『では、是非それだけでも我々に教えて欲しい。もちろん給料は払うぞ』
『お安い御用だ。幾らくれるんだ?』
『1日、金1でどう?』
『宜しく!吉子!』
このやり取りを見ていた今井さんも、また目を丸くして驚いていた。
英語をどこで覚えたのか頻りに聞いてきたが、説明が難しいので適当に誤魔化した。
マクレガー君は、特に取りに帰る荷物も無いと言うことで、今日からこの街に住むこととなった。
エドと呼ばれるのとマックと呼ばれるのと、どちらが良いと聞くと、どちらでも良いがマックと呼ばれたことは無いから、エドの方が分かりやすいと言うので、街のみんなにはエドと紹介した。
非常に飲み込みの早い男で、俺と話をするうちに、簡単な日本語を早くもいくつか覚えてしまったようだ。
早速エドを連れて馬車を作っている工房まで行ってみる。
綺麗な細工が施された馬車を見て、素晴らしい馬車だが、重すぎると指摘してきた。
まあ、俺もそれは感じてたんだが、岡部さんが楽しんでるのに水を差すのも気の毒なので黙っていたのだ。
ただまあ、それは1頭で曳く場合であって、2頭立てなら問題無いという。
そしてヨッシーを見て驚いていた。
『何でここにジプシーバナーが居るんだ?』
『ジプシーバナー?そう言う種類?』
『そう、種類だ。イギリスの馬だ』
『やっぱりそうか』
そして、乗っても良いかと聞いてきた。
まあ、この道を1周して来るぐらいなら、と言うことでOKを出した。
今井さんは、そのまま逃げ出すんじゃないかと心配だったようだが、金も稼がず逃げても良いことは無いことぐらい分かってると思うので、問題無いと答えた。
エドは「ヒャッホウ!」と奇声を上げながらいきなりフルスピードでヨッシーを飛ばして、5分ぐらいで1周して帰ってきた。
『この街は良い街だ。道も広いしヨーロッパの都市のような作りも気に入った。しばらく厄介になるとするよ』
『そりゃどうも』
そんなやり取りをしたあと、馬車に付けるハーネスの話をした。
すると、エドは『それは俺の得意分野だ』という。
船の上でも、皮革を使った物は、彼が修理などを請け負っていたそうだ。
そうとなれば、さっそく馬車とヨッシーを連れて、革職人のところへ行ってみた。
するとハーネスは既に完成しており、明日、城に持ってくるつもりだったらしい。
一見非常に繊細に美しく仕上げられたハーネスだが、エドはそれを見て苦笑いをしている。
そして、縫い付けられた金具を指に引っかけると思いっきり引っ張って見せた。
すると縫い合わせた箇所の糸が千切れて、金具が外れてしまった。
エドが馬鹿力だったこともあるが、綺麗に仕上げることを優先したせいで、合わせ目の強度が足らなかったのだ。
これでは馬車を引くのには到底使えない。
確か善助という名の若い職人は、それを見てガックリと肩を落とした。
善助は「申し訳ございません!」と本当に土下座して謝っていたが、これで終わってしまっては、コイツのためにならない。
『すまないエド、コイツにハーネスの作り方を教えてやってくれないか』
『ほほう、それは良いが…』
『分かった別料金だろ』
『そういうことだ』
『コイツがハーネスを作れるようになったら、1日金2に給料アップだ』
『よしっ!いいか良く見てろ!』
そういった瞬間からレクチャーが始まり、たった2時間でハーネスが作れるようにしてしまった。
やるな!エド。
今井さんも、何とも現金なエドの性格に苦笑いをしていた。
月に金60の人件費は確かに痛いが、下手な宣教師より彼は重要な情報を持っている。
そう思えば、このくらいの出費はどうということは無い。
仮に遠洋航海が可能な船が完成すれば、彼の存在は大きなアドバンテージになる。
何としても囲い込んでおく必要があるな。
彼専用の屋敷を用意してやり、体格に合わせて少し大きめの馬も一頭プレゼントしてやった。
そして、今井宗久である。
さっきから俺とエドの後を大人しく付いてきていたが、ただ挨拶のために来たわけじゃあるまい。
「で?今井さんはもしかして、ういろうを堺で売り出したいとか、かな?」
「これは恐れ入りましたな。まさしくその話でございましてな、天ぷらとともに尾張名物として商館で売り出したいと思うとるんですが、いかがでっしゃろ?」
「それは構わないけど、ちゃんと作り方とか変えずに作ってもらわないとね」
「それはもう堺にも一流の職人が居りますさかい、間違いなくやらせていただきます」
「じゃあ、こうしたらどう?近々本家大谷本舗という菓子店を作るから、そこで私の名前で許可証を発行するので、堺で本家お墨付きという肩書きを付けて売り出せば、こっちの名前も売れてどちらも価値が上がって良い感じになるんじゃないかと思うんだけど?」
「なるほど、さすが大谷様ですなぁ。それで行きまひょ」
「話はそれだけ?」
「もうひとつございましてな、市場に私どもの店舗を置かせてもらえるというお話しでしたが、町衆と相談したところ、いっそのこと我々の店を作ろうという話になりましてな」
「ん?つまり市場の一角ぐらいじゃ、狭すぎるということかな?」
「それだけではありませんで、これからは茶器なども扱っていこうと思っておりますので、市場の一角では色々と不用心でございましょ?」
「へえ、この辺で茶器の販路があると思うわけね」
「ええ。それにここの土地はまだ安うございますし、今のうちに大きな敷地を持っておいた方が将来を考えますれば、ねぇ…」
「高くうれるかも、ってか?」
「いやいや、ほんまに敵いませんな大谷さんには、良くお分かりですわウチらのこと」
「ま、今井さんにはこれからもお世話になると思うから、この先の南側の角あたりどう?」
「いや、それでしたら願ったり叶ったりですわ。是非お願いします」
「じゃ、後で権利書お渡しします」
そんな感じで、今井さんとは大きな商売をまとめたところで尾張家で食事をすることにした。
「皆さん、あけましておめでとう」
と言って、店に入ると、店の中は熱気で溢れていた。
今は午後3時頃。
食事時とは言いがたい時間だが、行列こそ出来て無かったものの、こんな時間でもテーブルはどの席も埋まっており、カウンターが唯一座れる状態である。
「なんだ、繁盛してるようだね」
「あっ!こ、これは御領……」
ホール係のお姉さんが御領主様と言いそうになった瞬間に、彼女の口を押さえ、余計なことを言わぬよう仕草で黙るように仕向けた。
「こんなごった返している時に手を止めさせちゃ悪いからね」
「も、申し訳ありません!」
とりあえず、今井さんと並んでカウンターに座ると、さっきのお姉さんが即座にお茶を出してきた。
「あれ?力うどんなんてメニュー有ったかな」
「ほう、どんなもんですか?それは」
「多分餅が入ってるうどんだと思うんだけど」
俺、力うどんなんて作ったこと無いよな。
何で町子ちゃんが知ってるんだ?
すると、ちょうど厨房から出来た料理を運んできた町子ちゃんと目が合った。
「あけまして、どうも、吉子さん」
「忙しそうだね」
「はあ、おかげさまで」
「あのさあ、力うどんってさ、町子ちゃんに教えたっけ?」
「いえ。ただ、一覧表作ってもらったじゃないですか、うどんの種類ってやつ。あれに書いてありました」
「あぁ。え?それ見ただけで作れたの?」
「まあ、なんとなくです」
「えぇ?じゃあ、ちょっと、その力うどんを頼んでみようかな」
「ほな、ウチもそれにします」
「はい、力2丁!入ります」
「は〜いまいどあり〜!」
ん?こんなラーメン屋みたいな雰囲気だったっけか?
高級料理屋とはかけ離れた店員のかけ声に一抹の、というかかなりの不安を抱えながら、厨房に戻っていく町子ちゃんを見送る。
大丈夫なのかしら?
変なもの作ってなきゃ良いけど。
俺と町子ちゃんの会話を見ていた今井さんが、感想を述べてきた。
「えらい雑な扱いですな。御領主様なのに。どういう関係です?」
「いや、元ウチの城で出納係してた娘で、半分家族みたいな感じですよ」
「ほう、ほんで財産溜めて店を持ったと?」
「いや、私が店を作りたかったんです。彼女にはこちらから頼んで店長を引き受けてもらったんです」
「なるほど、それであんな態度でけんのやな」
と、不思議そうな顔をしていた。
今井さんとは茶の湯の話などをして、今度堺に行った時には是非という事になった時に、ちょうどうどんが出来上がってきた。
そのうどんを見て、俺は目が点になってしまった。
その力うどんとやらは、うどんの上に力という文字の形に鴨の肉を並べたものだった。
「何じゃぁ!これはっ!」
ここまでお読みくださりありがとうございます。
今までバラ撒いておいた種が、一気に芽吹いてきた感じです。
本当に出来てしまうのかチャリオット。
力うどんは、正しい形に戻せるのか?
お楽しみに……。




