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57 勝利の代償

 信長さんは立つと同時に張り手をかましてきた。

 いきなり肩のところに衝撃を受け、上体が浮き上がる。

 俺は立ち合い、変化しようと少し右に飛んだのだが、完全に読まれていた。

 俺が右利きで、今までの勝ち方が右手で相手を摑むパターンが多かったことを見て取ったのだろう。

 2発3発と張り手が胸に、顎に入る。

 完全にのけぞってしまい、あっという間に土俵際に追いやられた。

 俺は土俵際を周りながら、張り手をいなしてどうにか体勢を立て直す。

 だが、いなした手を手繰られて、こちらの右上手を取られてしまった。

 ここで巻き替えになど行くと、そのまま走られて電車道というパターンを良く見ていたので、こちらも左手で廻を掴み四ッの体勢に持ち込む。

 しかし、所詮自力が違うので、何度か身体を揺さぶられ、身体を密着させられてしまった。

 その時何を思ったのか信長さんは俺の耳元で「フハハハ」と笑い出した。

 そして、「いっぺんお主とこうやって引っ付きたかったのじゃ」と、まさかのスケベオヤジ的発言をする。

 そして、この相撲大会に女の俺の出場を許したのは、単(ひとえ)にこれが目的だったに違いないと悟ったのだった。

 そういうことなら、こちらも遠慮なく、そのスケベ根性を利用させていただく。

 俺はわざと胸を押し当て、グイグイと相手の身体にねじ込むようにすると、逆に身体を起こさせまいと、身体を前に倒してくる。

 おっぱい密着作戦が功を奏したのか、廻を引く力が少し弱まった。

 その瞬間右手を抜いて体を入れ替え、左手で出し投げを打つ。

 前からの支えを失い、及び腰になったところで相手の膝のところに足を差し出し、左手を摑んでそのまま手前に引き倒した。

 信長さんがゴロリンと土俵の上をころがっていった。

 しまった!

 見事、膝車で一本勝ちしてしまった。


 「勝者、吉〜子〜!吉〜子〜〜っ!!」


 と行司さんが勝ち名乗りを上げるが、信長さんは立ち上がらない。

 信長さんは技が決まった時、きちんと受け身を取っていたので、ゴロンと一回転はしたが、ダメージは負っていない。

 しかし、勝負に負けた心のダメージは、そうとうなものだったようだ。

 しばらくうつむいて土を握りしめていたが、次第に可笑しくなってきたのか、フハ、フハハ、フハハハハッと笑い出してしまった。

 そして、怒りで顔を赤くしながらも笑顔で言った。


 「貴様も大層なうつけ者よの!この場で予に勝つ奴が居るか!!」

 「申し訳ございません!つい勢いで…」

 「良い良い、予が仕向けたことじゃ。だが、その主(あるじ)を主(あるじ)と思わぬ所業、いずれ己に降り掛かると知れ」

 「は!肝に銘じまして!以後慎みます!」

 「相撲は仕舞じゃ!酒宴にいたすぞ!清洲に戻るっ!!」


 そう言うと、信長さんはスタスタと土俵を下り、いつもの小袖に着替えて馬に乗って神宮から出て行ってしまった。

 あー、やっちまった。

 勝ったというのに、色んな意味で大敗北を期した気分だ。

 何だろうね。

 意外に負けず嫌いだったんだな、俺。

 今ごろ自分を知っても遅いんだけどな。

 しばらく呆然と佇んでいたのだが、誰一人として声をかける者はいなかった。

 そりゃ関わり合いになりたくないだろうな。

 まあ、仕方ない。

 俺はアイテムボックスに有った寧々さまの小袖に着替えると、後から遅れて連れて来ていたヨッシーに乗って清洲に向かった。


 酒宴の席は、俺のせいで、何となくピリピリした雰囲気の中で始められた。

 丹羽さんの乾杯の音頭も心なしか上っ滑りな感じである。

 いやあ、久々だな、こういうハブられた感じ。

 以前、就職したての頃、上司のあまりのスキルの無さに、「こんなことも分からなくて良く上司やってますね」的な発言をしてしまったことがある。

 それ以来、その上司は俺のことを完全に無視するようになった。

 今のこの状況は、その時とよく似た空気だ。

 周りの人間は、ハブられた俺と連んでるように思われたくないため、ドンドンと距離を取るようになる。

 その会社は結局1年で辞め、人材派遣会社に再就職したわけだが、そこも5年ぐらいで辞めて、後はずっと1人でやってきた。

 だから、組織の力学というものを、もうひとつわかってない部分がある。

 ゲームばっかりやってたしな。

 人間的には何一つ成長してねぇな、俺。

 たとえ相手がAIだと分かっていても、こういう組織の中での人付き合いはホント苦手だなぁ。

 そういう反省と自戒を込めて、隅っこの方で大人しくチビチビやっていたのだが、どういう訳か信長さんが俺を呼びつけた。


 「吉子!こっちへ来て一緒に飲め!」


 おわっと!

 これがいわゆるアルハラ(アルコールハラスメント)というやつか?

 いや、ちょっと違うか。

 まあいい、逆らえる立場じゃないし。

 俺はコメツキバッタみたいにヘコヘコしながら、並み居るお歴々の前を申し訳なさそうに通り、信長さんの正面に座りベッタリと頭を付けた。


 「何をしておる、ここまで上がってこい!」


 え?そこに!?

 お濃様や吉乃様のいらっしゃる上座に上がれと。

 それはさすがに皆さんの視線に耐えれる自身が無い。


 「さすがにそれは恐れ多くて…」

 「何を言う、予を負かしておいて、これ以上何を恐れることがある」

 「いやいや。アレは本当にもう訳ありません」

 「それはもう良い。何とも思っておらぬわ」

 「いや、しかし…」

 「それとも何か、予がそれほどケツの穴の小さき者と思うてか?」

 「い、いえ、とんでもございません」

 「ならば遠慮することなどあるまい。予が許すと言ったのだ。水に流すが良かろう」

 「ははっ!有り難きお言葉、感謝いたします」


 仕方なく上座に上がると、信長さんは俺の肩をガシッと摑んで、自分の傍らに引き寄せた。

 完全に側室的な扱いになっているな。

 それを見た佐久間信盛が言った。


 「さすがは大殿様。美しき女子と強き女子を両手に従えておりますな!」


 それで、場内は笑いに包まれた。

 少し和んだ雰囲気になったが、こちらに対する厳しい視線は相変わらずのようだ。

 特に織田家の信秀の代から使えている者や、その前の斯波氏の家臣だった者からの風当たりは、以前から強かった気がしたが、今のこの状況(信長さんと肩を並べて飲む)を見る彼らの視線には、もはや怨嗟しか感じない。

 こりゃ早めに兵力を蓄えて、真の実力を付けないと寝首を掻かれかねないな。

 戻ったら200人ぐらい、募兵しよう。


 針の筵の酒宴も終わり、俺は這々の体で領地に帰ってきた。

 前田さんも、新九郎もその件については何も触れない。

 その気遣いがまた息苦しい。

 こういう時は「やーいドジ踏んでやんの」と言ってくれるヤツの方が有り難いな。

 ああ、玉ちゃんあたりはそんな存在になりそうな気がするが、でもあいつに言われるとムカッ腹が立つしな。

 所詮、俺の未熟さが招いたことだ。

 甘んじて受け容れる他なはい。

 ともかく、今日は色んな意味で疲れたので、まだ午後3時ぐらいだったが全員家に帰した。

 ひっそりと静まりかえった城の中で、俺は今後の方針について考えることにした。

 流されるままに来たような感が有るが、あんなことが有ったにせよ信長さんには認められている。

 これは最大限に活かすべきだ。

 せめて軍団を任されるくらいには出世する必要がある。

 そして、この時代の軍隊に無い兵站という概念。

 これを確立する。

 兵站が確立されれば、同時に流通にも革命が起こる。

 流通に革命が起きれば、今以上に商人の立場が強くなる。

 重商主義とまでは言わないが、それに近い状況が起こせれば、富国強兵が文字通り可能となり、勢力はドンドン膨れあがるだろう。

 そうなれば、いずれは海外の勢力と接触することになる。

 秀吉のように攻め取るのではなく、経済によって牛耳っていく。

 そのためには、国内の交通網整備に加え、船舶の外洋航行能力も獲得する必要がある。

 そして、共通の通貨。

 これが、おそらく最大の難関であろう。

 現在この国では共通の通貨は存在しない。

 ゲームの便宜上「金」という単位で、経済状況を表しているが、地方や地域によって流通している通貨も違えば、単位も違う。

 きちんとした基準になる尺度が無いためだが、何より統一した国家が無い以上、通貨の信用も得られない。

 通貨より米を中心とした経済が成り立っているのは、そういった理由もある。

 だが、海外と取引する上で、通貨は必需品となる。

 信長さんも中国の永楽銭を使っていた時期もあったが、江戸期になり通貨が統一されると一掃されていった。

 国家の力=通貨の力なのである。

 また、この時代、自分達で勝手に硬貨を鋳造して流通させる私鋳が横行した。

 なので、簡単に真似できない高度な鋳造技術で通貨を作る必要がある。

 そう言ったことも国家の信用を得る上で、大事なことなのだ。

 これまで俺にはさしたる戦功はまだ無い。

 それでも色々信長さんに目をかけてもらってるのは、女だてらに言うことが勇ましいし、どこまでやれるか見てやろうという、興味本位もあるだろう。

 だが、そろそろ大きな仕事をやり遂げねば、周りの武将との軋轢が生じるようになるだろう。

 調略の件にしたところで、まだ口約束の段階だ。

 実際に寝返って、城が織田家に付いた段階でようやく戦功となるのだ。

 そして調略だけで無く、戦働きによって城を落とす。

 これが必ず必要になる。

 野戦での勝利も重要だが、城を落とすことが一番重要なのだ。

 そのための重要課題が、情報収集と兵站、そして効果的な包囲戦術である。

 野戦での機動戦は、現在開発中の馬車の改良などで色々面白そうなことが出来そうだが、攻城戦はまだ見通しが立ってない。

 もし鐵之助がバリスタを完成できれば、それの拡大発展型として弩砲などを開発しても面白いかも知れない。

 その際、村上水軍が使用した焙烙玉なども導入できれば、かなり近代的な攻城戦が可能になるだろう。

 そういう意味では鐵之助の活躍いかんに掛かっているな。

 彼には頑張ってもらわないと。

 そこまで考えたところで、辺りがすっかり暗くなっていることに気付いた。

 隣の部屋に新九郎がいる以外は、この屋敷には炊事係の娘さん2人が居るだけだ。

 今大人数で狙われたら、ヤバいだろうな。

 さすがに正月にそんなことをやる奴が居るだろうか。

 うむ、俺ならやるかも。

 そう自嘲の笑いをうかべながら夕食を食べるため、居間に行くと見知らぬお姉さんがお出迎えをしてくれた。

 むむ?何奴!?


 「誰だ?」

 「おや、お忘れですか?大奥ではいつもお会いしていたではありませぬか」

 「ん?そう言えば。ああ、お濃様のお付きの侍女の方?」

 「綾乃と申します」

 「はあ、どうも。その綾乃さんが何用で?」


 って言うか、コイツどうやって入ったんだ。

 誰にも誰何(すいか)されなかった?

 怪しいな。

 正月でも一応城の前には門番もいるし、いつもより少ないけど城内は無人ってわけじゃない。

 くノ一さんですかね?


 「御用と言うほどの事はございません。ただ、鷺山殿(斎藤側での濃姫の呼び名)より御伝言がございます」

 「伝言?」

 「相撲大会では済まなかったと。悋気と短気を起こしたこと、お詫び申しあげるとのこと」

 「へぇ、悋気と短気ね」


 つまり、あの参戦は計画的では無かった言いたいのだな。

 そんなこと、にわかには信じられないな。

 悋気は最初から有ったんだろう。

 だから相撲に出るつもりだった。

 そこで、どんな手を使ってでも勝つつもりだったんだな。

 俺が、あまりに空気が読めないもんだから、短気を起こしてああなったと。

 まあ、神様にも指摘された点もあるし、我ながら大人げないと思ってはいるけどね。


 「それにしても、何故あなたをよこしたのかな?」

 「どういう意味でしょう?」

 「詫びを入れるなら手紙や贈り物でも済むわけでしょ?」

 「なるほど」

 「あなたのような者をよこす理由は何かな?と思うわけさ」

 「私の素性にお気づきのようですね」

 「なんとなくね」


 綾乃と名乗ったその女は暫く黙ってこちらの様子を覗った後、クスリと笑い言った。


 「鷺山殿はあなたを許してはおりませんのよ。私に殺せるようなら殺しておしまいと、言いつけましたから」

 「へ、へぇ。そりゃ穏当では無いね」

 「あなたの後にいる用心棒が居なければ、実行していたところです」


 引っかけかも知れないと思いつつ、後ろに目をやると新九郎が控えていた。

 すごいな。全く気付かなかったぞ。

 そして「失礼いたす」と言って、俺と綾乃の間に立った。


 「炊事係の女二人が眠らされておりました。食事には手を付けぬよう願います」

 「おやおや、本当に狙ってたのか」


 だが、綾乃は笑いながら「毒など入れておらぬ」と言って立ち上がった。


 「伝言はお伝え致しました。私は帰らせていただきます」

 「逃すか!!」


 新九郎が抜刀し斬りかかる。

 だが、綾乃はヒラリと躱し、煙玉を新九郎に投げつけた。


 「一言ご忠告申しあげます。このお城、不用心すぎますわよ」


 そう言うとテテテ〜ッと屋敷から消え去った。

 催涙性の煙で視界を奪われた新九郎は、悪態をつくことしかできなかった。

 いやいやいや。

 こういうの時代劇で良く見るシーンだけど、実際に自分に起こるとはな。


 「助かった、新九郎。ありがとう」

 「いえ、奴に看破された時点で我の負けにございました」

 「そうなの?」

 「十分に気配を消したつもりでおりましたが、悟られました」

 「じゃあ相当の手練れってことだね」

 「そう思います。それと恐れながら…」

 「なに?」

 「あやつの申すことにも一理ございます。もう少し身辺のことにお気を配られた方が宜しいかと」

 「うん、ありがとう。そうする」


 まさか、身内から、それも正室の側近が殺しに来るか?

 それも、相撲に勝ったからだなんて。


 ※それだけが理由じゃ無いことは、お分かりですよね。


 ん?わかんない。


 ※ホントですか?

  それ、ダメすぎるでしょ。


 いや、何となく分かるけど、そんなことで?

 って感じだからな。


 ※酒宴の席で、お濃様や吉乃様と同列に扱われたことが問題なんです。


 あ〜、やっぱりそこか。


 ※大谷さんのことは、信長さんとしては今まで見たこともないタイプの女性でしょうから、非常に興味があるし、武将としても優れているとなれば、側室などとは違う特別な存在になりつつあるのでしょうね。


 男なんだけどね、中の人は。


 ※正室としては自分の存在が脅かされているわけです。

  しかも自分の生まれ育った美濃を攻め取る急先鋒となれば、何もされない方が不思議ですね。

  斎藤家が無くなれば、自分の存在意義すら無くなると、考えたとしても無理からぬ事では無いでしょうか?


 うーむ。

 じゃなんで、最初はあんな優しかったんだ?


 ※そこは女同士ですから。

  最初は仲良くするものです。


 そうなんだ。

 やれやれ、面倒なことになったな。


 ※いっそのこと織田家の家族になった方が楽じゃないですか?

  おっと、余計なことを言ってしまいましたね。

  今のは忘れてください。


 いや、それは無理。

 いずれにしても、目立つ存在になったことは確かだからな。

 もう少し人を雇うか。


ここまでお読みくださりありがとうございます。

次回から、吉又城は平常運転になります。

撒いた種が芽を出したり、花を咲かせたり、そのままだったり…

色々加速していきます。

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