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42 天ぷら屋

大変お待たせいたしました。

 この国で米作りをするということは、水と闘うということである。

 最近は洪水のニュースなどを多く見かけるようになっていただけに、本当にそう思う。

 そもそも国土のほとんどが山地であり、河川の多くは滝のようなものである。

 平地は大半が沖積平野で、肥沃な土壌は氾濫が運んできたものである。

 氾濫あっての平野なのだ。

 そこで農耕を行うならば、必ず水害に遭うことが約束されていると言って良い。

 逃れることが出来ない以上、いかに被害を少なくするか、しかない。

 これまでも、水が溢れても良い場所、流されても良い橋、水に浸かっても良い家、こういったもので減災の努力はされてきた。

 しかし、田んぼだけはどうしようも無い。

 水田と呼ばれるだけあって、田に水を張る以上、自然に水を呼び込む構造が宿命的に存在する。

 それが水害時には仇となるのだ。

 逆の見方をすれば、水田が水を引き受けているので、他に行かずに済んでいる、ということも言えるのだが、それも程度問題である。

 空堀を掘ったり、堤防を作っても、それでも水害は起きる。

 特に濃尾平野は周辺の山地が近く、急峻で水量も多いため水害が起こりやすい地形なのだ。

 今の領地はとりわけ低湿地が多いため、ひとたび大雨が降れば、城の周辺以外は全て水没などと言うことにもなりかねない。

 川並衆が大量動員で土木作業に当たったとしても、所詮人力であり地形を変えるほどの大事業は不可能である。

 当面の策として、城周辺と都市化しつつある住宅地域を、まずは堤防で囲うことにする。

 そして、土地の低いところ、特に0m地帯などは逆に土を掘り出し、完全な池にしてしまい、取り出した土を少し高いところの土地に盛り上げ、そこを耕作地にする。

 標高5m以下の地域には比較的水深が深い排水路を配置し、護岸を広めにとって増水に備えるようにした。

 およそ1000人の人足を動員する予定だが、それでも3ヶ月で終わる事業では無い。

 本格的にやろうと思えば、おそらく年単位での事業の継続が必要となるだろう。

 それでも与えられた3ヶ月で出来ることをやっていくしか無い。

 まずは堤防の設置を優先させる。

 その後に水路の拡充。

 余力があれば低湿地の遊水池化を行い、安定性を高めるという順番だ。

 ま、多分余力など無いとは思うが…。


 月末に決めた新しい法律、治水工事計画、馬車の開発、都市計画案などに基づき今年最後の1ヶ月、家臣達がそれぞれ事業を進めていく。

 街角には来年から施行される法律についての看板が立ち並び、人々がそれに見入っており、文句を言うもの、さすがはご領主様だと感心するもの、反応は様々であったが、人々の間には周知されつつあるようで一安心である。

 街並みにも少しずつではあるが活気が見られるようになって、経済が発展しつつあることを実感出来る。

 シムシ○ィで言えば、市長の家が建てられるようになった頃であろうか。

 竹中半兵衛の予測どおり、来年からはもう少し安定した経済状況になっていくだろう。

 さて、先日開店した、この街の目玉である天ぷら屋はどうかと言えば、まだ、出来て間もないこともあり、行列が出来るなどと言うことは無いようだ。

 なにより、一品の値段が高いので、農民やら下働きの者あたりに手が出せる物では無い。

 一番安い刀が金10ぐらいで買えるところで、天ぷら蕎麦が金5、天ぷらのコースが金20である。

 一般的な昼食代が金0.5ぐらいであることを考えれば、かなり法外な、ぼったくり的な価格設定と言って良いだろう。

 無論、原価がそれなりに高いということもあるが、将来を見据えた戦略でもあるのだ。

 もっとも、将軍様やお公家さん向けの料理は、一膳、金50ぐらいするらしいが。

 今のところは「いつかは天ぷら」と思わせることが大事なのである。

 それでも、あんまり客がいないんじゃ可哀想だし、今日は町子ちゃんの働きぶりを観察しに行くとしよう。


 店の前に着いたが、確かに誰も並んではいないな。

 行列が出来るようなことは期待していなかったが、一抹の寂しさはある。

 中を覗くと、それでも2〜3人の客は居るようだ。


 「おじゃましま〜す」

 「いらっしゃいませ〜!」


 店員の元気のよい声が響く。

 ごま油の香ばしい匂いと、蕎麦の独特の香り、そして鰹だしの香りが鼻腔を刺激する。

 俺は店の設計までは係わってないので、中がどうなってるかは先月末にチラッと見たきりである。

 その時とは、だいぶ印象も変わり、そこはかとなく高級感が漂っている。

 だが、客の座る席は座敷ではなく、椅子席風にしてある。

 座敷席は酔っぱらって立ち上がった時に倒れたり、足を痛めたりと俺は昔からあまり好きでは無かったのだ。

 だから畳は敷いてあるが、腰掛けることも、草履を脱いであぐらを掻いて座れるようにもしてある。

 俺が拘ったのはその点だけである。

 後は全て町子ちゃんに任せたのだが、なかなか良い雰囲気に仕上がっているようだ。

 店員もそれなりにレベルの高い娘を集めたようだが、ザッと見回したところ、町子ちゃんの姿は見えない。

 厨房にいるのかな?

 とりあえず定番の天ぷら蕎麦を注文し、店員の動きなどをそれとなくチェックする。

 見回したついでに、客に知り合いがいないかも確認すると、一番奥のテーブルに見知った顔を発見した。

 蜂須賀小六である。

 何やってんだ?あいつ。

 こちらが見ていることに暫くして気付いた小六は、「しまった」という顔をしながら、それでも何か言うことがあるのか、自分のお茶を置いたままこちらにやってきた。


 「吉子様、もうすぐここに稲葉良通殿がやってくるんですが、同席されますか?」

 「稲葉さん?ちょっとちょっと、そんな大事な話、なに勝手に進めてんの」

 「いや、それが、稲葉さんの方から「ワシだけ旨いもんを食っておらん」って言ってきましてね。それならちょうどいい店が出来たからってことで、ご招待差し上げたんですわ」

 「あぁ、なるほど、って何で小六にそういう話が行くのさ」

 「あれから斎藤家の人たちとは、何度か会ってるんです。たまたま桑原さんと一緒になった時、あれは旨かったって始まりまして…」

 「で、俺にも食わせろとなったと」

 「そんなとこです」

 「あれぇ?確か稲葉さんところには不破さんが持って行ったはずじゃなかった?」

 「どうやら稲葉殿には3日遅れで渡ったらしく、カビが生えてて食えたもんじゃ無かったそうです」

 「ありゃりゃ。言ってくれれば持っていったのに」

 「止めてください。また訳の分からぬ輩に追い回されちゃかなわんです」

 「さすがに暫くは来ないんじゃ無いかな」

 「甘いですな吉子様は」

 「そんなものかね」


 そんな話をしている時に、乱暴に扉が開けられ侍が1人入ってきた。

 店を見回し、小六を発見すると厳めしい顔つきでこちらにやってきた。


 「蜂須賀殿、このような店で本当に極上に美味なる物を出しておるのか?某にはちょっと高そうな居酒屋にしか見えぬ」


 思わず飲みかけたお茶を吹き出してしまいそうになった。

 言われてみれば確かに居酒屋みたいだけどな。

 しかしなんだよ、その極上に美味なる物って。


 「これは那波様。ようこそおいで下さいました」

 「そもそも“てんぷら”なるもの、誰も聞いたことが無いと言っておるぞ」

 「それは、こちらの我が当主、大谷吉子が考案したものであります故、知らなくて当たり前に御座います」


 あ、こいつ!面倒くさくなってこっちに振りやがったな。

 今はぜんぜん当主らしくない格好なんですけど、まあいいか。

 小六も野伏せりみたいな格好だしな。


 「ご紹介にあずかりました大谷飛騨掾吉子にございます」

 「ほう、貴女が近頃斎藤家の有力武将にちょっかいを出しているという大谷殿か」


 なんか、腹立つ奴だな。

 家臣の家臣が偉そうに。


 「失礼ですが、なわ?さま?とおっしゃる?」

 「これは失敬。稲葉良通が家臣、那波和泉守直治にござる」


 おやおや、位は全然上でしたねぇ。

 こういう高慢ちきな輩は、現実によって打ちのめされれば良いのさ。

 極上に美味なる物を味わってもらおうじゃないの。


 「では和泉守様、奥の座敷までお通り下さい。特別席をご用意してあります」

 「稲葉様を外で待たしておる。先に某が毒味を致すので、すぐに料理を出されよ」

 「わかりました。どうぞこちらに」


 那波直治を奥の座敷に案内した後、町子ちゃんを呼び出してもらおうと思い、店員を呼び止める。

 店員が「お客様どちら様ですか?」とか言うから、大谷吉子だと言ったらビックリして店員全員がその場で土下座してしまった。

 まあ、立場上そうなるよねぇ。

 面倒くさいので普通に客として接してくれと言って、町子ちゃんを呼んできてもらう。

 店員が大慌てで厨房に駆け込むと、暫くして手に小麦粉を付けたままの町子ちゃんが出てきた。


 「なんでしょう?吉子様、今、天ぷら蕎麦の天ぷらを揚げてるところなので、手短にお願いします」


 あ、それ俺のヤツだね

 まあいいや。

 事の次第を説明して、さっそく接待としてご案内したのでVIP待遇でお願いしますと指示を出すと、町子ちゃんは「お任せを」と自信たっぷりに言ってのけた。

 こんな子じゃなかったのに。

 今じゃすっかり大姐御って感じだな。

 後の接客は町子ちゃん達に任せて、俺は自分の天ぷら蕎麦をいただくとしよう。

 5分ぐらいで天ぷら蕎麦は出てきた。

 ではさっそく海老の天ぷらからいただく。

 つけ汁に大根おろしを溶いて、海老の天ぷらをちょこんと浸けて頭からかぶりつく。

 サクッという歯応えと海老のプリッとした食感が素晴らしい。

 うむ!美味しく揚がってます。

 続いて烏賊に行こうとしたところで小六がやってきて、「御当主がこんな所で油売ってちゃ困りますぜ」と、那波さんの相手をしろと言ってきた。

 えぇ?油売ってんじゃなくて、油で揚げたもの食ってるんだけど〜。

 「って言うかこれどうすんのさ」と言うと、「それは私が責任を持っていただきます」とか、ふざけたことを言っている。

 タダでこれを食いたかっただけだろうが、まったく。


 那波さんは、天ぷらを3品くらい食べたところで、俺に向かって「先ほどは失礼な言動であった」と平身低頭して詫びを入れてきた。


 「これは真に極上に美味なる物であった。稲葉様もさぞや満足なさるであろう」

 「それはなによりです」


 その後、稲葉良通を交え、三人で会食という形になった。

 小六はヒトの天ぷら蕎麦を横取りしようとするから、もっと旨いものにありつけなかったのだ。

 ざまあみろだ。

 稲葉さんとは初対面とは思えない感じで、色々と話が弾んだ。

 斎藤家随一の大身の国主であるが、特に身分をひけらかすふうでも無く「話の分かるおっさん」という印象だった。

 後の世に伝わっている頑固一徹という雰囲気とは、ちょっと違う気がするな。

 それに対し、那波直治は稲葉家ではかなりの重臣らしく、そのせいか横柄な態度が目立つ。

 当主より偉そうな家臣ってどうよ。

 という感じである。

 稲葉さんは、天ぷらのフルコースと冷えた清酒の取り合わせに、いたく感動したようで、「これは我が領地でも是非流行らせたいものだ」と言って酒蔵の場所を頻りに聞いてきた。

 酒蔵まで押し掛けようとは、そうとうな酒好きだな。

 すっかり満足した稲葉さんは、「今日は色々と世話になった」と言って、懐に忍ばせていた書状をスッと渡してきた。

 目で「ここでは見るな」と言ってきたので、後で見てみるとしよう。

 店を出て、お見送りにうまやまで付いていくと、完全に三人だけになった時、稲葉さんが話しかけてきた。


 「大谷殿、女人にしてこの手腕、まこと恐ろしいほどにござるな」

 「え?何がです?」

 「この街の作り、栄え様を見れば、其方の器量も自ずと知れる。差し出がましいことを言うようだが、あまり目立たぬ様になされよ」

 「えぇ?そんなに目立ってます?」

 「尾張殿に認められることが出来ずに、燻っている古株の武将から、恨みを買う程度にはな」

 「そ、そうですか。ご忠告ありがとうございます」

 「其方は国を営む才があるようじゃ。だからあまり功を急がぬ方が良いと思うぞ。放っておいてもいずれ功の方から転がってくるであろう」

 「お言葉、肝に銘じておきます」

 「ま、年寄りの戯言と軽く聞き流してくれ。今日はすまなかったな」

 「いえいえ、いつでもお越しください」

 「またいずれ、じっくりと話すこともあろう。天ぷらは真、極上に上手きものだが食べ過ぎには要注意じゃな」

 「そうですね、気をつけます」

 「ではこれにて失礼いたす」

 「道中お気をつけて」


 うーむ。

 なかなかの人物と見た。

 考えてみたら、この人、付く相手を間違えたこと無いんだよね。

 そして、主君が変わる度に出世している。

 何時も良いポジションにいる。

 実は凄い人なんじゃないか?

 そして書状には、反乱を起こす際の大垣城の配置図が描いてあった。

 そこに、時と人数が書き込んである。

 これはまた、ずいぶん危険なものを持って来たな。

 竹中さんと桑原さんの名前が書いてある。

 まあ、ここまで来たら、この話に乗るしか無いようだな。


ここまでお読みくださりありがとうございます。

また次回は馬車に戻ります。

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