30 大垣、垂井、関ヶ原
前回(大沢さんの時)の反省を踏まえ、今日は新九郎と海老蔵をお供に連れてきた。
2人いれば最悪拉致られるような事態になっても何か手を打てるだろう。
さらに、手土産になるかどうか分からないが、鶏飯のおにぎりも持参した。
一応非常食代わりになるし、茄子の漬け物もあるので、それなりに喜んでいただけるのではなかろうか。
そんな体勢で美濃路を馬で上ることおよそ3時間。
垂井の宿に到着した。
菩提山城はここから更に馬で30分ほど北西に向かった山中にあるという。
武将の格好はしていなくとも、馬で3人纏まって走っていると、やはり目を引くようだ。
大垣を過ぎたあたりから、どうもつけられている気配がする。
それはまあ、ついこの間、墨俣に攻めてきた桑原さんの目と鼻の先である。
警戒されて当然なのだが、特に取り囲むでもなく、遠巻きに見ているだけのようなので、敵意むき出しということでも無いようだ。
だが、垂井から菩提山に向かって進もうとしたところで、ついに行く手を阻まれた。
「大谷吉子殿とお見受けする」
「はい?どちらさん?」
「拙者、この上の府中城を預かる不破光治と申す」
「あぁ、あなたが不破さんですか。どうも大谷です」
あまりに間抜けな挨拶だったためか、不破さんはずっこけそうになっていたが、たしかこの人にも森さん声掛けてたんだよね。
「我が城の前をたった3騎で通り過ぎようとは、大胆不敵にして不埒千万なり」
「いや、ちょっと竹中さんにお話しがありまして、すみません、前を通らせていただきました」
「敵将をおめおめと見過ごすほど、この光治、甘くありませぬぞ」
そういう不破さんの方も取り囲んでいるとは言っても、せいぜい10人ほどである。
闘って切り抜けられない人数ではないが、ここはなるべく穏便に済ませたいので、通行料とかで見逃してくれないだろうか。
おにぎりは……最後の手段だな。
人質を置いていく方が良いかな。
「では、こうしませんか。このお供を2人置いていきますので、そちらの部下の方を私の見張りに付けるというのはどうです?」
「通さぬと申しておるのが分からぬか」
うーんダメか。
仕方ない。
「本当は竹中さんに会ったら渡そうと思っていたものですが、これをお納めください」
「何じゃこれは」
「おにぎりです、鶏肉を煮込んだご飯で作りました」
「たわけめっ!!このようなもので釣られるか!」
「茄子の漬け物もあります」
「おお、すまぬな…ではないっ!通さぬと言っておる!」
と言いながら、不破さんは包みを開けて鶏飯の握りをしげしげと眺めている「全くこのような物で人が転ぶとでも思うてか」などと言いながら、さっそくパクリと食べている。
言葉と行動が一致してないですよ〜。
「何じゃぁ!これはっ!!」
いきなり不破さんが叫んだ。
何かどっかで見たパターンだな、と思いつつ、茄子の方も封を解いてガブリとかじりついている。
腹減ってたんですかね。
「臭い!しかし旨いっ!!」
この時代、ぬか漬けはまだ一般的では無い。
「ぬか」そのものがさほど出回っていないのだ。
米を精製することが(つまり白米にすること)がそもそも一般的で無かったためだ。
白米が主食になったのは明治時代になってからで、この時代はほとんどが玄米か米以外の雑穀を混ぜた雑炊のような物が主食である。
なので、漬け物も塩漬けや粕漬けといったものが主で、有名な沢庵和尚が沢庵漬けをポピュラーにしてから、ようやくぬか漬けが広まっていったという感じだ。
沢庵漬けは30年ほど後の話なので、だいぶ時代を先取りしたことになる。
炊き込みご飯については、そもそも白米が高級食材なので一般庶民が口にできるものでは無い。
そこに鶏肉だの椎茸だのゴボウだのを入れ、出汁も入れて炊くというのは贅沢と言うほかは無い。
それほどのものなのに、おにぎりという手軽な携行食にしたところに不破さんは驚いたのだろう。
「貴様っ!いつもこのような物を食っておるのか?」
「まあ、炊き込みご飯はちょっと贅沢なので、いつもと言うことはありませんが、白いご飯は必ず…」
「なんと…罰当たりな!」
「いやあ、まあ、玄米の方が身体にはいいんでしょうけど、やっぱり味がね」
「貴様の領地で、田を多く拓いておるは、このような贅沢をするためか」
「贅沢というか、まあ、商売のためですかね」
「商売?」
「食い物屋を始めようと思っているので」
「貴様がやるのか?」
「いえ、私自身はやらないですが、部下に任せて始めようかと…」
「ほぉ…」
なんか複雑な顔をしてるな不破さん。
何かと闘ってますねぇ、心の中で、フフフ。
「いや、それはそれ、これはこれじゃ。ともかくここを通すわけにはいかん」
「分かりました、今日は帰ります。また来る時は、お土産を不破さん用に持って来ますよ」
「こ、来んでいいわ!」
だいぶぐらついているな。
追い打ちを掛けてやろう。
そう思い、他の2人に渡していたおにぎりと茄子を差し出させ、部下の方にもどうぞと渡して、領地に引き返すことにした。
もしかすると、これで次からは通れるようになるかも知れない。
それにしても、ここまで食い物で転んでしまうのは、やはりこの時代の劣悪な食事情が原因だろうな。
お公家さんや、やんごとなき方々を除き、例え大身の大名と言えど現代の食事から比べればかなり質素なものである。
そういった質素な食事に慣れている者にとって、現代食とほぼ変わらない我が領地の食事がどれほど贅沢に映ることだろう。
そういうことなら、もう少し農業政策もどんどんと変えていかないとな。
あくまでゲームの世界ということなので、どこまで出来るのかは分からないが。
まあ、そういった将来の展望も、全て織田が美濃を治めることが前提になっているので、美濃攻略の確実性を増すためにも、美濃の有力武将にこちら側に来ていただく工作を進めていく以外に無い。
領地に戻ったところで、俺は町子ちゃんを探す。
明日、また出直すため、お土産を作るのだが、もしかすると人数が増える可能性があるので、少し多めに持って行くことにした。
しかし、俺1人ではちょっと大変だし、漬け物は町子ちゃんに任せているので、彼女に聞かないと、どれが持って行って良い漬け物か分からない。
台所にいないので経理の部屋かな?
そう思い領地全体の勘定の記録を収めてある部屋に行く。
そこで繰り広げられている光景に、我が目を疑った。
あの大人しい(と思っていた)町子ちゃんが、正式に雇ったばかりの千恵蔵君を馬用のムチで叩いていたのである。
「何度言ったら分かるの!」
ビシィッ!
「すみません!」
「この証書は月ごとに分けなければ意味が無いってあれほど言ったのに!」
ビシィッ!!
「これ終わるまで、寝かさないわよ!」
「はいっ!」
ビシビシィッ!!!
クロスでの連打が決まったところで、ようやく俺の視線に気付いたようだ。
「あ……こ、これは、ご領主様!お早いお帰りで…」
ぎこちない笑顔を向けながら、いつもの町子ちゃんらしく振る舞おうとするが出来ていない。
見てはいけないものを見てしまった。そんな気まずい空気が流れる。
「うん、ちょっと色々あって、明日また行くことになった」
「あら、それじゃあ、またお弁当を…」
「いや、良い。なんか取り込み中みたいだし、こっちでやるわ」
「いえ、大丈夫ですよ」
「いやぁ、何かそっちが大変そうだしね、それに来週はもう11月になるし、経理優先で。弁当は私1人でも何とかなるから」
「いいえ、いけません。勘定は最後にはどうとでもなりますが、お土産の第一印象は取り返しがつきませんから」
「そ、そう…」
いま、何気に不穏当な発言があった気がしたが、これ以上突っ張ると俺もムチでビシッとやられそうなので、流しておこう。
さて、弁当だが、また同じような鶏飯じゃ能がないので、本当は海苔で巻いたおにぎりにしたかったのだが、この時代にはまだ板状の海苔は作られていない。もちろん海苔自体は食べられていたが、岩に自生している物を取ってくるだけなので、佃煮などにして食べるぐらいであった。
出来れば海産物を使った物が良いと思うので、鮪のフレークを混ぜたものとか、おかか(鰹節)とか、塩昆布とか色々とバリエーションを多くして数でインパクトを出していくことにした。
もちろん鶏飯も作ったのだが、ほとんどが混ぜ込み系のおにぎりなので、そのままだと手が汚れてしまうと思い、紫蘇の葉で巻いていくことにした。
これで風味も良くなるし、殺菌効果も期待出来る。
食べやすくなる上に見た目も良くなり、一石4鳥ぐらいの効果があるな。
漬け物の方も茄子以外にもキュウリ、ダイコン、カブなど、こちらもバリエーションを揃えて持っていく。
正直、何しに行くんだかだんだん分からなくなってきたな。
翌朝、再び菩提山城を目指し出発する。
今回はもう1人、小六も連れて行くことにした。
ちょっとは強面の男がいないと舐められてしまうかも知れない。
単純に荷物が重かったという説もあるが、それは言わぬが花というものである。
結局町子ちゃんには深夜まで手伝ってもらう羽目になり、弁当の仕込みが終わると経理の部屋に戻っていったので、多分今朝まで徹夜したに違いない。
もう、俺が大名だったら彼女、家老になっててもおかしくないよな。
お店を持ったら、好きなようにやってもらいたいね。
4騎で纏まって走っているので、昨日以上に目立つ存在となった我々は、大垣を過ぎたところで早くも足止めを食らってしまった。
出てきたのは、なんと先日墨俣を襲った桑原直元である。
「拙者も武士の端くれ。城攻めを返された相手に、二度も素通りを許すわけには行かぬ」
言っている意味が良く分からなかったが、つまり自分が攻めた城の守主が、自分の城の前を素通りするとはどういうことかと、「俺の面目が立たねぇだろ」と、こういうわけだな。
「すみません、今日こそは菩提山城に行きたいんで、何とか通してもらえないでしょうか」
「なるほど、狙いは竹中殿であるか」
「いや、まあ、そうなんですけどね」
「そこまで知って、拙者が通すと思うてか」
困ったなぁ。不破さん用に用意してたのに、先に桑原さんに取られちゃったらまたやり直しになっちゃうな。
そんなこんなで押し問答をしていると、垂井の方から一団の騎馬武者達がやってきた。
うわ〜、こりゃ本格的に逃げた方が良くないか?
そう思い、小六に目配せをして逃げを打つ体勢にもちこもうとしたところ、その騎馬武者達から声が掛かった。
「あいや、待たれい!大谷殿」
「ん?」
「不破河内守光治がこの場を収め申す」
え?不破さん。
まさか、おにぎり欲しさに出張ってきたのか?
おにぎり欲しさというのは、あながち外れでも無かった。
とにかく、桑原さんにも食べてもらえば分かるという話になり、騙されたと思って食べて見よと頻りに勧める。
訝しげにしながらも一口食べた桑原さんは、それこそ小さい目を最大限に見開き、「何じゃぁ!これは」と、不破さんと全く同じリアクションを取った。
そして、他のおにぎりも食べてみて「これ程旨き飯は初めてじゃ!」と、感動の涙を滂沱と流した。
その姿を見て大沢さんとよく似た人種だということが分かったのだが、まあ彼ほど軽くは無いだろうな。
「このような物を、竹中殿は独り占めしようとしておったのか?」
と、なぜか2人に詰め寄られる。
どうも誤解があるようだな。
「いやいや、竹中さんにはまだ会ったこともありません。これも手土産と言うより我々の道中食として持って来ただけで…」
「これ程の料理を、戦飯代わりと申すか!」
「まあ、今回は不破さんに差し上げることを考えて、少し豪華にしましたけど、それでもこの程度の物は日常的に食べてます」
「何ということじゃ…」
「これでは我らが勝てようはずがござらん」
日常的にという言葉がよっぽどショックだったのか、桑原さんはそれほど旨いはずのおにぎりを取り落としそうになった。
手からこぼれたところを俺が慌てて拾って事なきを得たが、手から落ちた瞬間の桑原さんの顔は、それこそ目の前で親が殺されてもそんな顔をしないだろう、というくらい悲愴な顔をしていた。
「はい、食べ物は大事にしないと」
「おぉ、あい済まぬ…」
桑原さんの手に、おにぎりを戻す時、自分でもやりすぎかなと思うくらいの笑顔で、手を握りながら返してあげた。
その時一瞬顔がほころんだのを俺の目は見逃さなかった。
落ちたな。
そう思ったのも束の間。
すぐに厳しい顔に戻り、逆に問い質してきた。
「墨俣で夜襲を仕掛けたのがお主というのは、まことか?」
「あぁ、はい、そうです」
「お主が、あの場で、采配を振るったと?」
「はい」
それを聞いて桑原さんは「う〜ん」と唸って考え込んでしまった。
今、俺は行商人のような格好をしている。
おそらくはそのせいで目の前の小娘と、夜襲の際の所業とが合致しないのだろう。
見た目は美少女でも、中身はスネークになりきった30過ぎのオッサンだからな。
「で、どうなんでしょう?菩提山に行っても良いんでしょうか?」
「それは、ダメに決まっておろう」
だが、桑原さんはニヤリと笑い、「ただし、通行料次第じゃな」と言った。
なんだ、もっと美味しい物よこせってことか?
「おにぎりでは通せぬと」
「左様、出直して参れ」
「そ、そうですか…」
2度出直しは痛いが、しかし、それで済むなら逆に御の字とも言える。
さすがに今度はおにぎりというわけにはいかない。
すぐに出来て、しかも冷めても時間が経っても味が落ちないものとなると、なかなか難しい。
すぐに思い浮かぶのは寿司系か櫃まぶし系ぐらいである。
「すいません、仕込むのに1日もらえますか」
「ふむ、では、明後日のこの時間に、ここで待っておる」
「ありがとうございます。では失礼します」
「期待しておるぞ」
「はい、それでは〜」
やれやれ、もはや歴史シミュレーションでも何でも無いな。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
もはや料理で天下を取るみたいな話になりつつあります。
あまりそっちの方には行かないよう軌道修正するつもりですが…
ひきつづきよろしくお願いします。




