13 曲直瀬道三
すみません、まる1日遅れてしまいました。
マップの★印のところを目指し歩くこと30分。
鬱蒼と木が生い茂っている御所の角を曲がると、今は東洞院通、この時代は東洞院大路と呼ばれる通りに出た。
この通りは比較的道幅も広く、並木なども植えられてきちんと整備されており、建物も新しく綺麗な物が多かった。
つまり、一度焼けて再建された街と言うことだろう。
その一角に、夜でも煌々と明かりの点いた大きな建物が眼に入った。
どうやらあれが目指す啓迪院らしい。
門はあるが扉は無く、寺か神社のように誰にも咎められずに入ることができた。
門の中は篝火で照らされ明るかったが、建物の中には明かりが点いておらず、少なくともそこには活動している人が居ないことを示していた。
唯一明かりが点いていたのが、入口付近の一角だけであった。
あそこが受付なのだろう。
俺は入口をドンドンと叩き、怪我人がいることを告げた。
中で人が動く気配がして、シルエットの人影が近づいてくる。
扉が開かれ顔を出したのが、疲れ切った顔をした30前後の男だった。
侍では無いようだが、護身用だろうか短刀を脇に挿している。
男は左馬乃助と名のり、怪我人を診せろと面倒くさそうに言う。
何処かで火事でもあったのか?と聞かれたが、知らないと惚けた。
嘘をつく理由も無いのだが、説明するのも面倒だし道三本人以外に詳しいことを言うつもりは無かった。
左馬乃助の見立によれば、火傷は全身に及んでおり、治療をしても恐らく長くは持たないという。
一応、ガッカリしたような素振りを見せ、曲直瀬道三のこともさりげなく聞いてみた。
先生は今ここには居ないそうで、一昨日から三好長慶の診察に飯盛山に行っていると言う。
こういう名前を聞くと、やっぱり戦国時代なんだなぁと感慨を深くするのだった。
しかし、お出かけ中ですか。
早くても戻りは明後日以降だろうなあ。
夜盗の男を預けて、我々は出直すとしようと、外へ出ようとしたところ左馬乃助が、この時間から宿を探すのは危険だから、ここに泊まっていけという。
仰るとおり、実際夜盗に遭ったわけだしな。
ここは、お言葉に甘えるとしよう。
泊まっていけと言うから、きちんとした寝床が有るのかと思ったら、粗末な板張りの物置部屋のようなところに、ゴザを敷いただけの実に簡単な寝床だった。
とても一般のご婦人が泊まれるような代物ではないが、小六も俺もそんなことは関係無い者と見抜いたのか、それともゲームの仕様なのか、皆さん何の違和感も抱いていないようだった。
釈然としないままゴザに包まり、硬い床の感触を味わいながら、そのまま何事も無く朝を迎えた。
左馬乃助は深夜担当だったようで、朝になると別の人間が応対してくれた。
火傷をした夜盗は、まだ息が有るようだったが非情にも我々は京都見学をすることにした。
三好勢と六角勢の戦況も気になるが、将軍家やその他畿内を取り巻く状況を確認したかったのだ。
マップや外交図などで大まかなことは分かるのだが、データと実際に目で見るのとでは、この世界でも大きな違いがあるのだ。
さらに今後一緒に仕事をする上でも、小六には俺ができることの一端を知って置いてもらわねばならない。
例の水晶玉を出して、城郭の構造や陣容を見て回る。
今回確認できたのは京都付近にある5つの城だけだが、かなりイロイロ分かってきた。
まず、今も睨み合いの続く小泉城と将軍山城。
室町幕府将軍、足利義輝の居城、二条御所。
現在は三好勢が治めているが、歴史通りに行けばいずれ足利義昭が籠もることになる槇嶋城。
最後に秀吉の天下取りの舞台ともなった山崎城である。
この時代、やはり三好の勢いが一番強い時である。
ほぼ畿内全域を勢力下に置いているのだから、信長がいくら勢いがあるとは言っても未だ尾張一国も纏め切れていない現状を考えれば、まだまだ一地方の跳ねっ返りぐらいにしか思われていないだろう。
将軍家も衰えたとは言え、幕府を持っている以上、権限があるのだ。
まだまだ蔑ろにしていい状態ではない。
ここに割って入るには、やはり尾張、美濃に加え、伊勢も平定する必要があるだろう。
武田にチャチャを入れられる前に、緒德同盟も急ぐ必要があるだろうな。
そんなことを考えながら、水晶玉で城の陣容をグルッと360°見回ている様子を見て、小六はしきりに感心していた。
この術があれば、城攻めはずいぶんと遣りやすくなるだろうと感想をもらした。
実際、小口城では2人で馬出しを攻め落としたからな。
そして何より小六が驚いたのは、そうして見定めた城の構造を紙にプリントアウトしたことだろう。
もちろんプリンターではなく、自分の手で描いた(ように見せかけた)ものではあるが、キチッと定規を当てたように描き出される図面を、食い入るように見つめていた。
正直これだけで、軍師になれると豪語していたが、確かにこの時代としてはこれだけの情報を持っていたら、金儲けも戦もやり放題ではある。
問題はその使いようであろう。
俺にはその辺の嗅覚が無いので、利に聡い小六のアドバイスが大事になってくるのだ。
そろそろ日が落ちそうになってきたので、我々はいったん啓迪院に戻り、様子を見た後、宿を探そうということになった。
啓迪院に戻って驚いたのは、まだ2〜3日帰らないと思っていた曲直瀬道三が既に戻っているという。
さっそく会おうとしたのだが、入院している患者の容体を一通り確認してからになると言うので、その間に宿を確保した方が良いと思い、そっちを小六に頼んで俺一人で待つことにした。
この時代でも院長回診なんてことが既に行われていたんだねぇ。
病院物のドラマなんかでよくある大名行列とか言うアレは、さすがにやってないと思うが、曲直瀬道三と言えばこの時代の医療の頂点だからな。
お弟子さんがぞろぞろ付いて廻っててもおかしくは無いな。
そんなことを考えながら1時間半ほど待っていると、ここで最初に会った左馬乃助がやってきて、俺が連れ込んだ夜盗の男が間もなく臨終だという。
こっちは襲われそうになった身なので、別にどうでも良いのだが、体裁を繕うためにも、一応看取ってやることにするか。
左馬乃助に案内され、臨終間近の者を集めた部屋に通された。
そこには3人ほど人がおり、火傷の男の様子を見ている。
その中の1人が托鉢した50歳ぐらいのお坊さんである。
あ、もしかしてこの人が曲直瀬道三かな?
そして俺を案内してきた左馬乃助が「先生、こちらがこの方の身寄りの方です」と紹介したので間違いないようだ。
軽くお辞儀をすると、道三と思しき僧侶は手を合わせて拝むようにお辞儀を返してきた。
「申し訳ありません、こちらさんは今しがたご臨終となりました。お身内の方ですか?」
「いえ、通りすがりの物ですが、酷い有様だったので、つい、連れてきてしまいました」
まあ、嘘ですけど。
流れでそう言わないといけない感じがしたんで仕方なしにですねぇ。
この機を逃さず、可能なら尾張まで連れて行きたいところだ。
「失礼ですが、曲直瀬道三様とお見受けいたしますが、わたくし尾張から参りました大谷吉子と言います」
「ああ、これは失礼いたしました。私が曲直瀬です」
「実は、産後の肥立ちが悪く、生んでそろそろ1年になるのに一向に体調が良くならないご婦人がおりまして、是非道三様のお力を拝借できればと直接うかがいした次第で…」
「尾張いいますと、織田の御家中の方どすかえ」
「はい、信長様のところで世話になってます」
「ほぉ、信長はんには一辺会うてみたい思とったんですわ」
「では、尾張まで来ていただけると?」
「まあそうしたいんは山々なんやけどなぁ、ご覧の通り今戻ったばかりで、そうそう留守にもしておられんのですわ」
「はあ、そりゃそうですよねぇ」
「誰かお医者には診せはった?」
「いえ、診せるように言ったんですが、家中の者に知られたくないらしく、他所からお忍びで往診してもらえるなら、という条件で医者にかかっても良いと言うものですから、この際当代1の名医と評判の道三先生にお願いできればと思った次第で」
「名医などという大袈裟な話は知りませんが、方々に出歩いとりますさかい、要らん尾ひれが付いてしもうたんですわ。そんな大層な者やあらへん。ただ目の前の命を救いたいゆうだけの話ですわ」
「さすがに戻られたばかりの道三先生に尾張まで来てとは言えませんが、誰かお弟子さんが来ていただけるとか、せめて対処法だけでもご指導頂けないでしょうか」
「そうどすなぁ、若い御母堂はんとこに坊さんが行くんも縁起悪いやろから、節という女弟子を行かせまひょ」
「それはありがたいです、助かります」
そんな話で纏まりはじめた頃、蜂須賀小六が戻ってきた。
受付の人は、どう見てもごろつきが乱入してきたようにしか見えなかったのだろう、入口で入るのを止められ、小六と揉めているようだ。
確かに初見ではヤクザ者にしか見えないかもしれない。
それで左馬乃助は昨夜怪訝な顔をしていたのか。
俺という美人が目の前に居ても信用ならなかったわけだな。
「すみません、連れが戻ったようです」
「お連れさんですか、それは失礼しましたな」
左馬乃助がすっ飛んでいって、事態を収めた。
ま、受付の人は悪くない。
きちんと仕事をしたまでだ。
我々が怪しすぎるだけなのだ。
小六と合流して、お弟子さんを派遣してもらえると言う話になったことを伝え、小六の首尾はどうか聞き返すと「それがぁ」と頭を抱えている。
どうやら宿そのものがほとんど無いそうなのだ。
やはり戦乱続きのためか、客商売は成り立たないらしい。
「女郎宿なら有るんだが、吉子さんをそんなところに泊めるわけにも行かんしな」
「しょうがない、今夜もこちらでお世話になるしか無いか」
道三先生に、一応吉乃さんの病状を伝えるのと、一緒に来ていただけるお弟子さんとの顔合わせのためにも、きちんと打ち合わせがしたいと告げると、「すぐ呼んできます」と、左馬乃助君がまたしてもすっ飛んでいった。
昨夜とは態度がずいぶんと違うな。
ひょっとして、先生の前では良い子になるタイプ?
お弟子さんは有沢節という20代後半ぐらいのなかなか美しい女性だ。
重労働が続いているせいか、やや疲労の影が見える。
そんな人にこれ以上無理をさせたくないところだが、こちらも人の命がかかっているからな。
道三先生と節さんに吉乃さんの状況を詳しく伝えると、先生は難しい顔をして正直状況は芳しく無いと答えた。
何より高熱と悪露が収まってないのが問題らしい。
確かに体力が回復すれば病状が改善することはあるかもしれないが、1年も続くような悪露は、見通しが明るいとは言えないという話だった。
ただ、まあ仮に感染症に罹っていたとしても、きちんと処方すれば治る可能性はあるから、希望は捨てないようにと言ってくれた。
先生は節さんに、今日はもう仕事は止めて休むように言ったあと、我々に、「こちらに泊まっていかはりますか?」と訪ねてきた。
「はい」と答えると、左馬乃助を呼んで寝所の用意をしなさいと言いつけた。
あれ?じゃあ、やっぱり昨日の部屋は寝所じゃなかったんだな。
左馬乃助君は俺の顔を見て実に申し訳なさそうに、こちらへどうぞ、と昨日とはまったく別の、きちんと畳と布団のある部屋へと案内してくれた。
小六はかなり恐い顔で睨んでいたようで、左馬乃助君は恐縮して冷や汗をかきながら、コメツキバッタのようにヘコヘコしながら帰っていた。
左馬乃助の怪しい様子に道三先生は気づいてしまったようで、後で怒られやしないか心配になってきた。
そして案の定、道三先生から昨夜の経緯を尋ねられてしまった。
これ以上、嘘をついてもしょうがないので、火傷の男の正体も含め、起こったことを全て話した。
こっちは別に馬小屋でも構わないのだが、啓迪院の評判を落とすような行為を見逃すわけにも行かなかったのだろう。
道三先生はしきりに失礼を詫びて、彼が裏表のある人間だと気づいていること、親の命で嫌々働かされていること、上の者にばかり良いところを見せようとする性格は、なかなか直らない、と言う話をしてくれた。
「悪い人間では無いんですが、人の眼ぇばかり気にしよるところがありましてなぁ。堪忍しとくれやす」
「いえいえ、こちらも深夜に突然押し掛けて、ご迷惑をお掛けしました」
「病気より何より、人の心を直すんが一番しんどいですわ」
「彼には迷惑をかけたと思うので、あまりきつく言わないであげてくださいね」
「有り難いことですわ、そない言うてもらえたら左馬乃助も考が変わるかも知れんですわ」
「いえいえ、こちらこそ無理を申しましてすみません」
そんなやり取りをして先生とは別れ、明日に備え今夜は早めに寝ることにした。
信長さんに知られずに吉乃さんを治せれば一番良いんだが。
耳聡い信長さんから、いったいどれだけ隠しきれるだろうか。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
だんだんと定期的に書き上げるのが難しくなってきました。




