49.修道院へ
「そう言えば俺、あいつらに行き先が決まった事を伝えなきゃならなかったんだ」
ジーモンは思い出したように立ち上がった。
「あ、俺も行く」
子供達の事が気に掛かっていたマクシミリアンも、ちょうど剣の手入れが一段落付いた事もあり同行しようと立ち上がる。
仮宿舎の西の端には少し広めの部屋があり、ベッドが三つ並んでいる。二人で使わなければならないベッドもあったが、元より雨漏りのしない屋根の下で眠れる事にも慣れていない孤児達には十分寛げる環境だったらしい。通報者のイーヴォと、ところどころ包帯を巻いており痣のある痛々しい見た目ではあったが捕まっていた四人の孤児は、お腹も一杯になりぐっすり休憩を取った所為か元気そうにお喋りをしたりのんびりとベッドに横たわったりと、気ままに過ごしていたようだった。
扉を開けるといち早くこちらに気が付いたカミルが、イーヴォとの会話を止めて立ち上がった。すると群れのボスに倣い他の子供達もピタリと言葉を止めてこちらを注視する。ジーモンは人の良い笑みを浮かべつつカミルへ歩み寄る。彼は意識せずにカミルを選んでしまったのだろう、カミルには自然と集団の代表だと思わせる何かがあった。そう、最後まで諦めずにもがいていた彼の手首には擦り傷が多かった。マクシミリアンは彼等を解放した時の状況を思い浮かべながら二人の遣り取りを見守った。
「カミル……だっけ?」
「うん」
「君達の収容先が決まったから知らせに来たんだ。明日迎えの馬車が来るから」
「……それって修道院?何処の?」
カミルが昏い目をして尋ねた。子供らしくは無いが、群れのボスだと考えれば慎重な態度だとも取れる。
「ホリガー修道院とリーツ修道院、残念だけど全員セットで引き取ってくれる所は見つからなかったみたいだね」
「……」
押し黙って何事かを思案しているカミルを励ますように、ジーモンは優しく言った。
「違う修道院に行く仲間の事が心配かもしれないけど、明日は俺も馬車に付いて最後まで見送るから。少なくとも移動中は安心していいぞ、人攫いや野盗からは護ってやる」
「……そっちの人も?」
腰に手を当て自分の顔を見ているジーモンから、スッと後ろに立っているマクシミリアンに視線を移して、カミルは尋ねた。睨みつけるような視線を受けて、マクシミリアンは首を振る。
「いや、俺は別の任務がある」
「そう、街に行くの?大変だね」
するとジーモンが揶揄い口調で否定した。
「コリントは領主館で内勤だよな、麗しい女性文官と……」
「おい、余計な事を言うな」
ジロリとマクシミリアンに睨まれて、ジーモンは肩を竦めた。確かに任務を口にしたのは不味かったかもしれないが、孤児達にバレた所で何かあるとは思えなかったのだ。
カミルを見ると、二人の剣呑な雰囲気に怯んだのか固まっている。マクシミリアンは緊張を解くように、一歩踏み出してカミルの正面に立ち膝を折ってその頭に掌を置いた。
「元気でな。今度は悪い奴に捕まるなよ」
「……」
少年はボンヤリとマクシミリアンを見上げ、コクリと頷いたのだった。
翌日先触れの騎士が到着し、あと二刻ほどで査察担当官を乗せた馬車が到着すると告げたのは日が落ちようとしている時間帯だった。雑用をこなしていたマクシミリアンは汚れた服を脱いで少しマシな騎士服に着替え、装備を点検し剣を佩き身なりを整えた。廊下に出た所で小走りで歩いて来たジーモンと行き合う。
「ウーラント、お守りは終わったのか?」
ジーモンは先輩騎士ヴァイグルと一緒に、日の昇らないまだ暗い内に孤児達の移送に付き添っていた筈だった。マクシミリアンの問いかけに苦い表情で彼は呻いた。
「どうした?」
「カミルが逃げた」
「は?」
思わず聞き返したマクシミリアンと向き合い、ジーモンは一つに結わえた榛色の柔らかい髪をクシャリと握った。
「出立した時は確かに居たんだよ。だけど修道院に着いたら一人足りないんだ」
「移動中の馬車から逃げたって言うのか」
「いや、途中休憩もしたし、腹が痛いって言いだした子供の為に馬車を止めたりもしたし……」
「仲間達は何て言ってる?」
「―――眠ってて気が付かなかったって言うんだ。そんな訳あるか?多分アイツらもグルだ」
ハーっと溜息を吐いて肩を落とすジーモンに、マクシミリアンは同情した。
「大変だったな……」
「まあもともと修道院もギチギチで余裕無いみたいだし、お咎めは無かったけど。もう放って置けって言われたし。でもなぁ……せっかく保護したのにちゃんとした生活に戻してやれなかったと思うとガックリ来るよ」
孤児が多すぎる為か、ヴァルドール領内の常識が王都と掛け離れているのか、修道院は子供達の保護にあまり熱心では無いらしい。そうなると助っ人の立場であるマクシミリアンとジーモンには、もうお手上げだった。
『今度は悪い奴に捕まるなよ』と告げた言葉に頷く黒い瞳を思い出す。
「また捕まらないと良いがな……」
「ああ、そうなったら後味悪過ぎだよ。あの時は偶々助ける事が出来たけど、次はどうなるか分からないからな」
ジーモンは其処まで言ってから言葉を切った。マクシミリアンの格好が久し振りに整っている事に漸く気が付いたのだ。
「そろそろいらっしゃるのか?査察担当官の侯爵令嬢は」
「ああ、そうだ。もう行かないと」
「内勤か、伯爵家の領主館でエッガース家のご令嬢が襲われるなんてありえないから楽な仕事だな。ちょっとは休めそうだな」
彼の裏の任務を知らないジーモンは羨まし気に呟いた。
「……だと言いがな」
適当に返事をしつつ、マクシミリアンは同僚に手を上げて大股で目的地へと向かったのだった。
※誤字修正 2017.10.10(和様へ感謝)




