48.ヴァルドールの事情
「しかし活況だったって言うヴァルドールがこんなに荒れてるなんて、この目で見るまで信じられなかったな。こうなるとゲゼル家としては、あちらから婚約破棄の申し出をされて返ってホッとしているだろうな」
装備品倉庫になっている小屋の入口でマクシミリアンが護衛任務に備え剣の手入れをしていると、ジーモンが歩み寄って来てこう言った。それから「あー、つっかれたぁ」とぼやき、マクシミリアンの傍に腰を下ろす。
「マーリアの話だと、女学院ではレルシュ嬢が人気教師と駆け落ちしたんじゃないかって噂が流れているらしいから―――それが本当なら、ヴァルドールはゲゼル家の顔に泥を塗ったって事になるよね。表向きには病気だって話だけど、どちらにせよそんな噂のあるご令嬢はこの先良い嫁ぎ先には恵まれないだろうな、レルシュ嬢に気の毒だけど……」
ジーモンの言う通りだと、マクシミリアンは思った。そう、この土地に来て実感したが、レルシュ=ヴァルドールの失踪はゲゼル家にとってあまりに都合が好過ぎるのだ。婚約当初、へーリング漁により栄えていたヴァルドールとの縁組は、ゲゼル家にとって利益のあるものであったに違いない。ただ唯一勝っていた富の部分について、この状態が続くのであれれば―――ヴァルドールとの繋がりは、ゲゼル家のお荷物にしかならないだろう。
もしカーやマクシミリアンが推測しているように、レルシュの駆け落ちが仕組まれた物だとしたら……?誘惑を仕掛けたその人気教師は、アロイスに心酔していた筈の彼女が貴族の義務を忘れるほど夢中になる相手だったと言う事だろうか?それともそもそも駆け落ち自体が仕組まれたもので、レルシュ嬢は脅されて手紙を書き攫われたのではないか。しかしだとしたら、レルシュ嬢を取り戻したヴァルドール領主が黙っているのはおかしい。それとも考えたくはないが取り戻したレルシュ嬢が手遅れの状態で……と言う場合も想像できる。例えば純潔を散らされ嫁げる状態では無かったとか。乱暴されたか、もしくはその教師に誘惑されて過ちを犯してしまった後だったのでは……。
考えに沈み、返答を返さないマクシミリアンを不審に思い、ジーモンはその顔を覗き込んだ。
「マックス?どうした?」
「あ、うん。何でもない」
この場であれこれ考えても答えは出ない事だ、とマクシミリアンは頭を切り替える。彼がまず集中しなければならない事は、カーから指示をされたレルシュ=ヴァルドールへの事情聴取。そして表向きの仕事である、フリーダ=エッガース財政補佐官の護衛なのだ。
マクシミリアンは話題を変える事にした。
「話は変わるけど―――助け出した孤児達の行先について聞いているか?」
するとジーモンはコクリと頷いた。
「ああ。先刻ご領主様の使いが来て、受け入れ先の修道院が決まったってさ。明日俺はヴァイグルさんと孤児達の移送の手伝いをする事になった。迎えの馬車が来ると言うから、無事に届けられるよう子供達を乗せて並走する。マクシミリアンは引き続き市街地の警邏か?」
「いや、ついさっきベッセル少尉から、王都から派遣される査察担当官の護衛をしろって指示があったんだ。領主館で助成の為の査察を行うらしい」
「へ~そっか。やっぱこれだけ領内が荒れていると、そういうサポートが必要なんだな。でも漁場や市民生活は逼迫しているかもしれないけれど……ヴァルドールの御領主様の蔵が空っぽって訳じゃないよな。これまでへーリング漁で随分栄えて来たんだから、蓄えが全くないなんて事ないだろう?まあ、あまりの景気の良さについつい散財し過ぎちゃったって言うのであれば、話は別だけど」
「王都の査察担当官が派遣されるのも、そこの所を詳細に確認する為らしい。支援が本当に必要なのか何をどのように支援すべきなのかって言う部分を、詳細に調整するんだと思う。領内はこんな状況だしご令嬢の不祥事もあって気落ちはしているようには見えるけど、御領主様、遠くから見た限りはやせ細っているって感じにも見えなかったし案外余裕はあるのかもな」
「と言うか、結構恰幅イイよな」
「言えてる」
ヴァルドール領内に派遣団が着任した日、歓迎の為の宴が催された。上座に座る領主ライモントの、そのぽってりとした姿を思い浮かべマクシミリアンとジーモンはプッと噴き出した。けれどもマクシミリアンは直ぐにその笑いを引っ込め、眉根を寄せ声を潜めて呟いた。
「……一方で売られる平民の子供がいるんだから、切ないよな。王都では陛下のご威光で、あからさまに平民を虐げたりする貴族は少ないけれど……辺境はやっぱ遅れているんだな」
「そうだよな。あれだけ多くの孤児達が修道院の外で暮らしているって状況、王都なら考えられないよな。曾祖父の時代なら窃盗団の下っ端が孤児って言うのは、よく見る光景だったみたいだけど。以前は活気があって、地元民も元気で過ごしやすい場所だったってザシャさんが言ってたのになぁ」
マクシミリアンは王立騎士団の、栗色の髪を短く刈り込んだ体格の良い先輩騎士を思い浮かべた。『警邏隊独身騎士の会(仮)』の最年長メンバーである。
「もしかしてザシャさんが若い頃配属された地方って……」
「そう、あの地方に行っている間に幼馴染の女の子を後輩に掻っ攫われたって言う……。確かにヴァルドールは簡単に里帰り出来る場所じゃないよな。それに約束も便りも無く二年間も音信不通だったら―――そりゃ年頃の女の子なら別の嫁ぎ先を探すよな」
ザシャに婚約者をあまり放って置くとヤバいと指摘され蒼くなっていた事など忘れて、ジーモンは尤もらしく言い放った。マクシミリアンは一瞬突っ込もうかと思ったが、止めて置いた。移動中にその話題を振って、長々と惚気られた事を思い出したのだ。
何でもザシャに指摘されて以来危機感を持ったジーモンは、こまめに婚約者に連絡を取るようになり、二人の仲が今までよりちょっと進展したらしい。突然地方に派遣されると聞いて心配したマーリアが、涙を滲ませ抱き着いて来たそうだ。「全く参ったよ、心配性なんだから~」と語るやに下がった表情をもう一度見たいとは思えなかった。
「まだザシャさんがいる頃はへーリング漁が盛況だったんだって。アチコチから仕事を求めて人が集まって、遊び場所も一杯あったから結構散財しちゃったって言ってたな。女の子も可愛い子が一杯いたって……」
「……ひょっとしてザシャさんが振られたのって、別に距離だけの話じゃ無いんじゃないか?」
マクシミリアンが目を眇めると、ジーモンも真顔でシッカリと頷いた。
「ああ、多分遊び過ぎなんだよな。王都でもよく娼館通いしているみたいで、何処の館のどの娘が可愛いとか、姿絵と似ても似つかないとか妙に詳しいし……ザシャさんは幼馴染に振られてから娼館に嵌った、みたいに言い訳してたけど実際は逆なのかもな。じゃなけりゃもうすぐ三十になるんだから、そろそろ身を固めていてもおかしくないと思う」
分かりたくもない先輩騎士の事情を、王都から離れた辺境の土地に来て理解してしまった。気持ちの通じた相手が出来た今、お互い慎みを持っていい加減な行動はしないように気を引き締めよう……と改めて頷き合い、誓い合ったマクシミリアンとジーモンの二人であった。




