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46.人攫い

久し振りの更新になります。



きつく縛られた手足は痺れ、固まった態勢で転がされていたため体が軋むようにアチコチ痛む。空き家になった屋敷の二階、それほど広くはない部屋に六人の子供が同じように無造作に転がされている。陸揚げされた魚のように皆諦めきった昏い瞳で、身じろぎもせずただ呼吸だけを繰り返している。

しかしカミルは違った。隙間が生まれようもないほどキッチリと結わえられた縄の中で、必死に身じろぎを続け、壁に縄を擦りつけたり転がってみたりと―――少しでもこの縛めを緩める術が無いかと、間断なく試行錯誤を重ねていた。


そんな静寂の中に突然、バンっ!と大きな音が響く。

入口の扉が開いたのだ。


「ひっ……」


子供の一人が悲鳴を必死で飲み込んだ。扉を開いたのはカミル達を攫って来た男達の一人。お腹を空かせていた子供達を餌付けし油断させ―――騙されたと気が付いた時、既に遅く。カミル達は人攫いの男達の虜となってしまったのだった。







かつて活況だったヴァルドールの港。へーリングの大群が押し寄せ、網を仕掛ければ仕掛けるだけ、幾らでも魚が獲れた。しかしここ数年不漁が続き―――すっかり港周辺はさびれつつある。借金で食いつないでいた漁師や商人のうち、首が回らなくなった者には夜逃げする者も多く、足手まといになる幼い子供は置き去りにされ、街には孤児が溢れだした。孤児院に入りきらない子供が街をうろつき、食べ物をかすめ取って糊口を凌ぐ者もいた。

そんな食うや食わずの領民が増える中で、まことしやかにこんな噂が流れるようになった。

どこからともなく現れた人買いに、わずかな金銭で食い詰めた親が我が子を売り渡している。または街に溢れる孤児を人買いが攫っているのだと。


―――満足に物も食べれず雑な扱いを受けていた孤児院を抜け出したカミルは、似たような境遇の子供達と徒党を組んで物乞いや窃盗を行い、若しくは綺麗なゴミを漁って物品に換えたりして得た食べ物や僅かな金品を、分け合いながら細々と生き延びていた。


ある日メンバーの一人が、孤児を可哀想に思って無償でパンを配る活動をしている他の領からやって来た僧の噂を聞き付けた。決まった曜日の決まった時間に森のはたに現れるその僧の元には、同じようにお腹を空かした孤児たちが集まるようになっていた。

カミルは不審に思い、その僧に探りを入れる事を思いついた。腕っぷしの強い者、足の速い者などいざとなれば身を守れる仲間内でも信頼できる者数人で、僧に施しを受けた経験を持つ子供に案内させ、配布場所に向かった。

優し気に目を細める僧から、パンを受け取り―――一口食べた所で違和感を抱き、こっそりと吐き出した。しかし既にパンに仕込まれた何かが……カミルを始め皆の手足の力を奪っていた。強烈な眠気に襲われながら―――カミルは思った。


ああ―――俺もとうとう噂の人買いに捕まってしまったのか、と。







そして目覚めた所は、今現在カミル達が小荷物のように転がされている、このさびれた屋敷の一室だった。鎧戸の隙間から僅かな日光が差し込み、暗闇に慣れるとゴロゴロと転がされている仲間達が目に入る。先に目を醒ましていた者はヒクヒクと嗚咽を漏らしたり、カタカタ震えながら身を縮めていた。


部屋の片隅の木箱に座っている男は、あの、森の傍で慈悲深くパンを配る穏やかな表情の僧と同じ顔をしていた。しかし今は爛々と目ばかりが僅かな光を受けて輝き、如何にも楽し気に口元を歪めている。―――まるで別人だ。そう、パンを配っていた男は、僧を装った人買いの一味だったのだ。


「騒いでも無駄だぜ。周りは木ばかりだからな。―――逃げようなどと考えるなよ。この根城には仲間がたくさん張っているから屋敷からは逃げられないし、逃げたとしても町まで歩く内に餓死するか野生の獣の餌になって、無駄死にするだろうからな」


男は何が楽しいのかクツクツ笑い声を立ててこう続けた。


「それと体を故意に傷つけるのも止めておけ。売り物としての価値が落ちちまう―――売り物になるうちは食いもんをやるが、売り物にならない粗悪品は即処分、だからな。何せ維持費がかかる……!商売人は利益と損の計算をよくよく考えにゃあならんからな……これはお前たち商品にとっても大事な事だぜ?綺麗な商品は良い買い手に買われるかもしれん。良いトコに売れればマシな暮らしも出来るかもしらんが―――粗悪品は最悪な引き取り手に二束三文で引き渡さにゃならんからな。だから食べ物を拒んだり、逃げ出そうと暴れたりしちゃあイカン。明日になれば順番に湯で洗ってやるからな、楽しみに待ってろ?綺麗にして商品価値を上げなきゃな。それが商品管理ってモンだ。それまで……くれぐれも、大人しくしていろよ、なぁ?」


真綿で首を絞めるような優しい声音に、背筋が凍った。翌日には―――商品として体裁を整えられ、カミル達は陳列棚に並べられるか市場でセリに掛けられるのだろう。子供達は未来に絶望して身じろぎもせず、大人しく震えるしか術が無かったのだった。




そして今―――運命の扉が音を立てて開いたのだ。




ニヤリと口元を歪める男を見上げ―――恐怖に身を縮める。部屋の中からは押し殺した嗚咽や悲鳴が響いて来る。せめて自分だけは声を上げずに堪えていよう―――グループを率いて来たなけなしの矜持で、震えながらカミルはそう必死で自らを律していた。

男はニヤニヤしながら、まっすぐカミルの元へ歩いて来る。そうして手を伸ばした。




「おい、お前ら―――」




そこで、男の言葉が凍りついた。




「動くな。分かるな、動けば喉を掻き切るぞ」




男以外の声がした。カミルは息を飲む。その声はおそらく男とは敵対する関係にある人物なのだろう―――それがカミル達に益をもたらす存在かどうかは分からないが。


「チッ……」


舌打ちをした男が、次の瞬間仄暗い部屋の中グラリとカミルの横に倒れ込んだ。かと思うと倒れ込んだ勢いで、カミルの首に腕を回しグイッと引き寄せる。


っ……!」


痛みに顔を顰めるカミルの事なぞお構いなしな男は、隠し持っていたナイフをカミルに突き付けた。


「助けに来たんだろ?―――コイツがどうなってもいいのか?なあ!」

「……!……」


カミルは息を飲んだ。


僅かな光の中で目を凝らすと、其処に立っているのはカミル達を攫って来た男より小柄な男だ。輪郭を見てもとりわけ屈強そうには見えないが、人買いの男の言葉とその手に構えている剣の刃がキラリと光っているのを見るのを合わせて考えると、人買いの一味の討伐にあたっている騎士なのかもしれない―――カミルはそう、考えた。


しかしカミル達の希望だった筈の剣を構えた男は、アッサリと人買いの男に出し抜かれてしまった。声からするに若い騎士なのかもしれない―――察する所彼は血気にはやり飛び込んだは良いものの、結局自らの立場を危うくしてしまった……と言う所だろうか。カミルは恐怖で逸る心臓を無視しつつ、出来るだけ神経をとがらせて口を噤んだ。一部の隙も見逃さないつもりだ、人買いの男がもし若い騎士に気を取られる瞬間があれば隙を付いて逃げおおせる事も出来るかもしれない。


若い男が剣を下ろすのが、僅かな日光に輝く刃の動きで分かった。そしてあろうことか……彼は要求される前だと言うのに、カランと剣を手放したのだった!


カミルは失望した。きっと若い男は恐怖に怯んで訳が分からなくなってしまったに違いない。何をアッサリ諦めているんだっ……!とハラワタが煮えくり返った。


「……素直なモンだなぁ」


カミルの首を捕らえたままの男が、明らかに安堵した雰囲気が背後から伝わって来た。そして人買いの男は、床に転がった若い男が手放した剣にゆっくりと手を伸ばす。


「へへっ……これだからアマちゃんは……うっ、グううッ」


しかし次の瞬間、カミルを捕らえている男の拘束が急に弱まった。全神経を集中していたカミルはそれを見逃さず、バッと前方へ体を投げるようにして男の腕の拘束を逃れた……!


「ぐっ……離せぇ……!」


何がどうしてこうなったのか、分からない。アッと言う間に若い男は剣に手を伸ばそうとしていた男をカミルから引きはがし、うつ伏せに拘束していたのだ。


「『アマちゃん』はどっちだ?」


そう言い返す若い男の声は、凪いだように落ち着いていた。息の一つも上げず、捕り物に成功した高揚感も感じさせないその声に―――カミルはゴクリと息を飲み込んだ。


手慣れたしぐさでヒョイヒョイと人買いの男を拘束し、その縄の端を重厚な造りの大きなテーブルに固定したようだ。それからパンパンっと手の埃を落とすような仕草をしながら立ち上がるシルエット―――鎧戸の隙間から差し込んだ光に朱く縁どられたように見える。


カミルは顔を上げ、その若い男の顔に目を凝らした。彼はカミルの視線からクルリと背中を向け、鎧戸を開ける。夕方の赤い日の光が窓から差し込み、眩しさに子供達が其処此処で呻き声を上げた。


カミルも思わず目を閉じた。すると振り向いた男は、大股でカミルに近付いて来る。その背に受けて逆光で彼の表情は曖昧だ。けれどもキラキラと光を受けて縁取りのように輝く赤毛はハッキリと見て取る事が出来た。


男の手が延びて来て―――カミルの頭を撫でた。




「よく頑張ったな、今解いてやる」




そう言って彼がカミルを拘束する縄に手を掛けると―――バタバタともう一人、若い男が駆け込んできた。


「コリント!無事か?」

「ああ」

「わっ……子供がこんなに……」

「ウーラント、縄、解いてやれ」

「おう、分かった!」


そうしてコリントと呼ばれた赤毛の男は跪いてカミルの手足の縛めを解いてくれた。顔の造作を見分けるほど近くにいるのに、何故か世界がぼやけて見分けられない。ボンヤリとした輪郭の若者はカミルの頭を撫で―――グッと引き寄せ胸に抱き取ると、背をポンポンとあやす様に撫でてくれた。




「もう大丈夫だ―――怖かったな」

「!……うっうう……ぁあ……っ」




嗚咽が止まらないカミルの手に手巾を握らせ、もう一度彼の頭を撫でてから赤毛の男は他の子供達の縄を解くため立ち上がった。カミルはギュッとその手巾を絞るように握りしめ―――グイッと一度、強く顔を拭う。


そして自分も仲間の縄を解くべく、ふらつく足を叱咤し立ち上がったのだった。



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