45.見習い騎士の決意
必死で平静の仮面を被り直し押し込めたものの、マクシミリアンの胸中は嵐の真っただ中にあった。しかも嵐と言ってもただの嵐では無い―――薔薇の花弁が大量に捲き上がる花吹雪を伴った嵐だ。おかしい……自分のような脇役人生にこんな事が起こって良いのだろうか……?などと現実感覚を取り戻せないまま、混乱する頭で必死に目の前の作業に取り組んだ。
何は無くともまずヴァルドールだ。
クラリッサを望む為に努力する事を許されたとして―――現実にアドラー家に認められるには、先ずカー=アドラーを満足させなければならない。そしてアロイス=ゲゼル……目の前にいる壁を排除しなければならないのだ。
ラウク中尉を始め、黒髪の先輩騎士ディルクやウーラントが痛いほど自分に視線を向けているのをjジリジリと感じながら、平静を装って作業を進めた。漸くその気配が外れた頃、チラリと盗み見るとカーとクラリッサがラウク中尉に挨拶をして去っていく所だった。
立ち上がり―――その背をボンヤリと見つめてしまうマクシミリアンの脇腹に、グイグイと肘がめり込んできた。
「おっまえ!いつの間に~~!」
それからガッと首根っこに腕を掛けて固められてしまう。何も反論できないマクシミリアンは目を閉じ、されるがままになった。
「クラリッサ様と!あの……『アドラー家の至宝』……筆頭公爵家の秘中の玉と言われているあの麗しき方とお前が……!?」
「……正直、俺も何がなんだか」
マクシミリアンは、クラリッサから親友と言う括り以上の感情を向けられているなどと今日の今日まで気が付きもしなかったのだ。ただ自分の想いが抑えられないから―――勝手に努力すると決めただけだ。なのにまさか―――あんな告白を受けることになるとは。
「『何が何だか』ぁあ~?!しっかり抱き合って髪にキスまでしてただろう?!」
「髪に……?」
「この目でハッキリ見たぞ!」
そう言えば、とマクシミリアンは思い起こす。抱き締めた勢いで、髪に顔を埋めた事を。いい匂いだったなぁ……何の香りだったっけ、などと彼は呑気に反芻してみる。
「……したな」
「く~~っ!羨ましいぜっこのっ……!」
「ぐえ」
更に力を込めて首を絞められて、マクシミリアンは呻いた。
すると漸くウーラントは戒めを解き、やっと満足した、というように作業に戻った。しかし暫くマクシミリアンは作業の間ウーラントから「いーなぁ、いーなぁ。羨ましいぜっ、コンチキショ~!」と愚痴ともつかない独り言を聞かされる事となる。それから今ある荷物を一旦積み終えて、新たな荷物を取りに倉庫へ戻ろうとしたところを―――騎士服の裾をグイっと引かれてつんのめった。
振り返るとウーラントが難しい表情で、マクシミリアンの騎士服を掴んでいた。
「クラリッサ様の事だけどさ」
「……」
「現状じゃお前、子爵家次男の見習い騎士だろ?しかも王立騎士団……近衛でさえない。有名な武術の名家とは言え―――お前んち別に驚くほど資産家って訳じゃないよな?平民にまで剣を教えて大盤振る舞いしているくらいだし。あれ、ほとんど無料奉仕だろ」
「ん……まあ、そうだけど」
だからこその子爵家止まり、と言うのもある。実際現当主である祖父は元々平民だ。何故なら流派の意志として超実力主義、たとえ高位の貴族が望んだとしても実力が無ければ後を継げない事になっているからだ。あまり高い位は返って足枷となる恐れがある。
「片や、王家の血を汲む筆頭公爵家。矢のように縁談が有力貴族から舞い込んでくるだろ?しかも家柄や身分だけじゃなく―――あーんな美女!女学院の自治会長も務めている才媛で!……どう考えても、身分違いも甚だしいよなぁ……」
それは現実に今、最大の難関だ。
そう、二人は身分も何もかも釣り合わない―――現時点で二人が思い合っていようがどう思おうが、結ばれる可能性はほとんど無いと言って良いだろう。
「うん」
淡々と頷くマクシミリアンの顔を覗き込み、ウーラントは尋ねた。
「―――どうすんの?この先」
「出世する」
「―――は?」
「出世して、地位を固める。金や領地は―――その辺は後で考える」
「出世って……公爵家に認められるほどの『出世』……?」
「うん、だから働かないと」
そう言ってマクシミリアンは背筋を伸ばし、作業を再開する為再び大股に歩き出した。
「コリント?!おい、待てって!」
背中に縋るウーラントの叫び声を置いてきぼりにして、彼は力強く足を進めた。
そう、立ち止まっている暇は彼には無いのだ。
兎に角先ず、与えられた仕事を熟す事―――今はそれしか、マクシミリアンがクラリッサに辿り着く手段は無いのだから。




