41.派遣団の騎士
「……城の中をご案内致しますか?」
「え?いえ、あの……出来れば、派遣団の方々の準備を見学させてください。私これまで王都を出た事が無くて……ヴァルドールと言えば一番遠い港町ですよね、そんな所に向かう方々がどんな風に備えるのか興味があるんです」
「はあ……そうですか」
咄嗟に口をついた言い訳だが、やはり違和感があるらしい。黒髪の青年騎士は首を捻りつつ呟いた。
「まあ、城の中も特に見る物はありませんしね。単に古いだけの建物ですし」
と呟き頷いてくれたので、クラリッサはホッと胸を撫で下ろした。思い切ってマクシミリアンの所在を尋ねてみようかとも思ったが、想像していたより出立まで時間があるようなので寸前で堪えた。ひょっとするとマクシミリアンに迷惑が掛かってしまうかもしれない、と考えたからだ。彼を見つけたら何とか抜け出して貰い、人目に付かない処で話をしよう……そう心の中で自分に言い聞かせる。焦っては行けない、そう思った。
馬車に荷物を積み込む様子を眺め、取りあえず黒髪の騎士に装備の説明を受ける。
「ヴァルドールは……移動だけでもかなり遠いですよね」
「馬車だと十日と少し掛かると思います。見習い騎士の時に配属されたのですが賑やかな所でしたね。へーリングの卵が高値で取引される以前は長閑な港町だったらしいですが」
「そう言えば、ヴァルドール領はへーリング漁が盛んなんですよね」
女学院で耳にした事がある。レルシュ=ヴァルドールはその富を背景にアロイス=ゲゼルと婚約を結んだのだと、陰で揶揄されていた。取り巻きの一人がアロイスに興味があったらしく憎々し気に語っていたのを思い出す。『たかが辺境伯、田舎娘の癖に金でゲゼル家に取り入るなんて』と。
「最近不漁続きらしいですけどね―――あ、おい!ウーラント。それ、そっちの馬車じゃなくてこっちに積むやつだから!」
作業中の若い騎士を、黒髪の青年騎士が注意した。
「あっはい!すいません!」
と素直に謝罪する若い騎士が顔を上げた。そして―――目を丸くする。
クラリッサも「あっ」と声を上げた。そこに居たのはマーリアの婚約者、榛色の髪と瞳を持つジーモン=ウーラントだった。
「クラリッサ様!」
「……お久し振りです。遠くに行かれるのですね」
「あっ……はい」
「お体に気を付けて下さいね。港町は気候が王都とは違いますので」
クラリッサが微笑むと、ジーモンは恐縮した様子で頷いた。
「有難うございます」
「ウーラントと面識が?」
クラリッサの隣に控えている黒髪の騎士が尋ねた。
「あ、はい。友人の同僚です」
「そうですか」
「あ!クラリッサ様、コリントに会いましたか?」
図星を突かれてクラリッサの心臓がドキリと跳ねる。
「いえ……まだ」
「え!あれ?さっきまでその辺に居たんだけど……」
ウーラントはキョロキョロと周囲を見渡すと―――向こうからやって来る、幾つか大きな袋を抱えた騎士に向かって大声を張り上げた。
「おーい!コリント!」
すると大きな荷物を抱えた騎士が、荷物の脇から面倒そうに声だけで応える。
「あー?」
「早く来いよ!」
「無理!荷物重いんだよ!」
「いーから!」
ウーラントがその騎士に駆け寄り荷物を一つ奪い取る。すると騎士の顔を漸く目にする事ができた。
幻影を見つめるような、驚きの表情を見せるマクシミリアンと、クラリッサの目が合った。
「え……クラリッサ……?」
「……」
クラリッサの胸は一杯になり、言葉を発する事が出来ない。
まずはああ言おう、こう切り出そう……とアレコレ思案していた台詞が全部抜け落ちてしまった。
ドサリ、とマクシミリアンの足元に荷物が落ちる。その荷物を放置したまま、マクシミリアンは一歩踏み出した。クラリッサの顔を凝視したまま。
次の瞬間。
考えて来た遠慮も配慮も―――全て霧散した。
頭が真っ白になったクラリッサは、無意識に駆け出していた。
そして勢いよく―――茫然とこちらを見て立ち竦んでいるマクシミリアンの胸の中へ、飛び込んだのだった。




