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ナース服ってもう言わないらしい。

「ええと…こっちだっけ。」

「逆。そこを右にいってからしばらくして左。」

「ここショートカットした方が速いのよ。…あれ?知らなかった?」

「そのドヤ顔引っ込めろ。」


アニエスが貰って(?)きた出所から謎の依頼書に書かれたヘンリの診療所を調べて欲しい。という指令を果たす為、昼下がりの街を二人で歩く。


「なぁ。」

「何よ。」

「指令書にここの烙印押されてたってことは、お前ってここのお偉いさんとどういう関係なのさ。」

「……。」

「……うん。分かった聞かないでおく」


明らかに表情が強ばったということは触れて欲しくないんだろう。

なら、大人しく聞かないでおく。


「それにしてももうすぐ見えても良さそうなものだけどね…」


アニエス曰く裏道を抜けると確かに裏道だったらしく王宮回りの主だった大きな建造物が建ち並ぶ…言うなればリッチな方々がお住まいのところにでた。


「そうだな。ここら辺だよな。」

「ええ…でもそれっぽいのは……ないわね。」


アニエスと辺りを見渡し、それっぽい建物を探すけれども、目に写るのは大きな建造物ばかり。診療所らしき小さなものは見当たらない。


「ないわねー。そっちは?」


アニエスが目の前の十字マーク…医療施設を掲げるミニサイズの城みたいな建物をスルーして俺に聞いてくる。


「あー…俺も見当たらんな。」


俺も目の前にそびえる診療所、とかかれた看板を掲げるミニサイズの城みたいな建物をスルー。


「……ねぇ。いい加減直視しない?」

「そうだな……」


二人して頷き、目を正面に向けて直視。

診療所にしてはバカでかく大病院と言うには少し小さい。そんな大きさの建物。俺の近くにはヘンリ診療所と書かれた看板。

アニエスの近くには整備された広い空間。

等間隔に白線が引かれており、何でだろと思っていたら、今まさに1台の馬車がそこの線の間に止まり、リッチそうな服装のお方が馬車から降り診療所に吸い込まれるように入っていく。


「「……あれ?」」







「正直、もっと小さい規模かと思ってたわ。」


信じられないけれど恐る恐る踏み込んだ診療所の広めのエントランスを眺め回しながらアニエスが圧倒されたことを隠さずに呟く。どこかで見たことのある作りだと思ったらあれだ。メディオールの宮殿とそっくりだ。


「……医者又はそれに準ずる者が3名以上在籍し、入院受け入れ定員が7人未満。」

「は?」

「俺がいたとこでの診療所の定義。……うろ覚えだけど、粗方合ってるはず。」

「とりあえずここでの規約もそんな感じだけど、これは違うわね…」


入り口で突っ立っていても邪魔なのでとりあえず流れに逆らわずに歩きながら回りを見ると、咳き込む老人や、包帯を巻いた男、顔色の悪い女から腕を吊って不機嫌そうな少年など、たくさんの患者がいることに驚く。


「ユウ。」


アニエスの呼び掛けに考えを止めて、前を見ると


「…おお、マジか……」

「何あれ?」


アニエスには…いやこっちの人間には新しく、俺にとっては懐かしい円上の受け付け口が入ってくる患者から症状を聞き、それぞれ違うドアに案内している。少しまごついているところや、患者がこのシステムがよく分からずそこらを歩く白衣の人物を呼び止めている光景もあるけれど実に効率的に回っている。


「……ああ、結構いい感じな仕組みなのね…」

「お前って思考回路早いよな。」


暫く眺めているだけでどういうことか理解したアニエスがうんうん。と頷いている内に俺達の順番(?)が来てしまったらしく、列の最前線に来てしまった。


「どうする?ここまで来たら軽く診察でも受けていくか?」

「私はどこも悪くないから必要ないんだけど…これじゃ調査にならないし。……適当に長引く腹痛、とでもしておきましょうか。」


シレッと女性が申告した場合検査項目が多いランキング上位の理由をでっち上げる為ウキウキで受付に歩いていくアニエス。

目新しいシステムに感動しているせいなのか、足取りが確実に長引く腹痛持ちのそれではない。……まぁ俺は適当に付いていって途中で帰ろう。ティリアもお腹をすかせる時間だし。


「すいませーん。」

「はい、今日はどのようなご用件d」

「…シエラ?」

「あ。」


受付の前に立ってアニエスが声をかけると書類を整理していたらしい女性が顔をあげ、暫く互いに停止。書類を整理していた時の姿勢のまま、アニエス、俺、と何回か交互にまばたきせずに眺め…


「……!」

「待て待て!いきなり武器を振りかぶるんじゃない!」


カウンターの下に隠していたらしい短刀を突き出してきたのをその手首を掴んで阻止。

というかよくよく見れば…カウンターにいるやつらはおろか、何かをカートで運んでいる奴も、患者を車椅子で移動させてあげている奴も全員ファルクの仲間達じゃねぇか!


「…笑いたければ笑え。私がこんな姿を晒しているんだ……」

「笑う気すらおきねぇから安心しろよ。」

「ねぇ。ヘンリ今どこにいるの?ここ診療所に対しての監査…みたいな依頼受けてきたから直に話さないといけないんだけど。」

「……ちょっと待て。」


カウンターの奥に引っ込んでいったシエラの後ろ姿を見送る。どうでもいいけど…


「……ねぇ。受付の人間までナース服って着なくていいんじゃない?」

「もっと言うとナースキャップまで被る意味はない。」


ここの職員が知ったら暴動が起きそうだから、平和の為に黙っておく。

……時間の問題だとは思うけれど。






「アニエスちゃんこんにちはー。…あれ?ユウ君も一緒か。」

「俺は引率だよ。」


シエラに取り次いでもらい、少し待合室で待っていると診察室の一つに通されて開口一番、この一言。


「私も仕方なくよ。」


ヘンリに進められたまま椅子に腰かけるとヘンリは俺とアニエスを交互に見つめ、


「…ゴメンね。」

「ん?」

「二人にわざわざ来てもらって悪いんだけど─」

「あ、いや……私も仕方なくだし。」


「─まだここに産婦人科は入ってないんだ。」


「殴っていいかしら。」

「任せろ。出入り口は俺がしっかり抑えておく。」


神妙そうな顔でものすごく失礼なことを言ってきた。


「ならばこっちは私が抑えておこう。」


ヘンリの後ろ、職員用の通路から声が聞こえたのでヘンリも一緒に全員でそちらを向く。見ると誰かが歩いて来ているようで影が見える。

その影が俺達がいる部屋の出入り口を宣言通り塞ぐように仁王立ちを決めた。


「「誰?」」


影というか木箱を自らの頭まですっぽりと覆い隠すほどに担いだ謎の人物。


「私だ。ファルクだ。」

「なにやってんのよ……」


恐らく『見破れないとはまだまだ。』と胸を張っているんだろうけれど、木箱からナース服の下半身しか見えていないから正直、子供が真夜中遭遇したらまずお化け騒動が起きるだろう。


「ああ、ファルクちゃん。それは向こうの薬剤庫に仕舞ってきて。」

「分かっている。」


ファルクは短く返すと、木箱を抱えたまま狭い通路をスイスイとどこにもぶつけず、あたかも木箱を透かして前が見えているような確かな足取りで消えていった。


「……そういえば前にここに来てから出国の記録がなかったのよね…ここにいたんだ。ここで働いてる、ってことは儲かってるの?」

「うーーん。そこそこかな。今はメディオールの知り合いも誘致して、なんちゃっての総合病院でも作ろうかな。と思ってる訳さ。」


アニエスのいきなりの失礼な質問に軽く笑いながら返すヘンリ。


「どうしたんだい?ユウ君。」

「いや、ファルク達がここで働いているって言うのが凄い意外すぎて驚いてる。」


レオラやシエラを始めとしたファルクの仲間達はおろか、ファルク本人はTHE一匹狼みたいな感じだったから素直にここで働いているのが軽く信じられない。


「それなんだけどねー。ファルクちゃん達がここに来たのはいいんだけど、お仲間ちゃん達も何人か怪我とかしてたし、診療所ならベットも空いてるから、どうだい?って聞いたら、僕に惚れちゃったみたいでさ。ここで働いてもらいつつ」

「しれっと嘘をつくな。前半しか合っていないだろうが。」


明らかな嘘をつき始めたヘンリの後ろから

木箱を置いてきたらしいファルクが冷えきった目で見ていた。


「あれ、早かったね。」

「置いてくるだけだったからな。ユウ、アニエス。補足しておくと私達はここを間借りしている代わりに、ここで働いているというわけだ。あとは戦い後のケアだな。」

「ケア?」

「私はそうでもないが、ユウ達がいなかった場所ではそれなりに深い傷を負った者もいたからな。ここで働きながら万が一にも後遺症なんかが出ないようにしてもらっている。」

「……後遺症って。」

「心配するな。一番酷かったのが膝がパックリ割れて膝の皿が覗いただけだ。」


アニエスの顔色が一気に悪くなる。

……俺にメイスで殴りかかっているのもほぼ同じ状況なのを理解できていないらしい。


「ファルクちゃん、消毒液かけて終わりにしようとしてたからねー。」


アハハ。と笑うヘンリを睨んで黙らせると


「……それともう一つ理由はある。技術の奪取だ。」

「奪取……」

「何が面白いんだユウ。癪だがコイツの技術は非常に優秀だ。それを私が盗んでコイツからこの椅子を奪ってやる。それよりもアニエス。何か用があるなら私が取り持とう。私は名目上ここの副院長だからな。さぁいくぞ。」

「あ、ちょ。じゃあちょっと行ってくるから外で待ってなさい!」


一息に理由を捲し立てるとアニエスの腕を掴んでそのままどこかにいってしまうファルク。


「恥ずかしがらなくてもいいと思うんだけどねー。」

「それ本人の前で言わなくて正解だな。」


しかしあそこまで取り乱すとは…自分のミスは認めはするけれど、それで弄られるのは苦手なのか。覚えておこう。


「で、ユウ君はどうする?」

「……ヘンリは今まで色んな奴を診てきたんだよな?」

「そうだけど…口説き方講座なら今度ギルドで来週末に開く予定だから参加してくれると嬉しいな。」

「いや、それは必要ない。そうじゃなくて、聞きたいことがあんだよ。」


真面目な空気を作るためにせめて顔から真面目な顔にすると、ヘンリもそれに気づいたようで


「……なんだい?」


椅子に座り直し正面を向き直して聞いてくれる体勢になってくれた。


「今まで会った中で、能力を複数持った奴っていたか?」


ヘンリは俺の質問に顎を数回撫でて考えた。

「敵にそういうのがいたのかい?」

「いや、俺の話。」


シャツを捲ってこんな生活のせいで少しだけ割れてきた腹を見せる。


「中々いい感じに鍛えてるんだね。」

「そこじゃなくて。」


ヘンリの茶化しを軽く流してから左脇腹に丸を書くように指を動かす。


「狼化してブレグマと闘った時にここに痛烈なのもらってさ。直後に見たら真っ青に腫れてたんだよ。」

「ふんふん。」

「でもそのあと龍化してしばらく闘ったあとイレウスをどうやって捕らえるか相談したときに変化解いたら無かったみたいに完全回復してた。」


ヘンリが黙って聞いているのを確認してからまとめに入る。


「俺の能力は……多分変化だからそうなると回復力に疑問が残るんだよ。」

「……つまりユウ君は自分が初の複数能力を持った奴かもしれないって思うわけだ。」

「いや、そうは思ってないけど……」


ふーーん。と悩んで頭を振り考えるヘンリ。


「そもそも、敵のリーダー、ええと…まぁいいか。リーダーが言っていたように僕もユウ君のそれは変化じゃないと思うな。」

「……マジか。」

「うん。基本変化持ちはね。」


説明の為なのか机の上に置いてあった紙を取り出すとサラサラと何かを描いていく。


「こんな感じ。普通は変化前、まぁこれは普通の人間と変わらないね。」

「ああ、……つうか絵上手いな…」

「ユウ君には負けるよ。で、次が部分変化、これは四肢が変化体になるだけだね。それで最後が全身変化。全身っていっても体まるごと変わる訳じゃなくて顔を少し覆って、一番大きな変化が部分変化で変わらなかったところ、お腹とかが変化して…フルパワー?になるらしい。」


確かにブレグマとどつき合った時も全身変化されたら苦戦したな…と考えているとヘンリがフリップを机に置き、


「はい、じゃあユウ君。手足だけ変化してみて。」

「は?」

「できないのかい?」


小馬鹿にしたようにフフン。と言ってくるヘンリ。


「見てろよ…やったことないけど多分できっからな。」

「いや無理でしょ。」

「………………うん。」


実は何回かやってみようと練習したことはあるけれど結果は毎回全身が変わるか、不発か。不発になるときは必ず全身がダルくなってからになるので、練習に付き合ってもらったティリアに聞くと『魔力を使い果たしたんですかね。』と非常に軽く流された。めっちゃハグされながら。


「ま、そこは僕にも人脈があるからね。アポでも取ってみるよ。」

「本当か。助かる。」

「じゃあユウ君、また。アニエスちゃんはもう外に出てるだろうし。」


その情報を聞いた瞬間、ヘンリに再度感謝を告げてダッシュで向かう。

全ては、無用な傷を避けるために。







「…さて。僕はその人物と連絡でもとろうかな?」

誰ともなく呟くとペンを取りだし、ある人物に依頼成立の報告をまとめ始めた。



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