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RABBIT HEAD・後篇

 実は私、動物は嫌いじゃありませんが、箍が外れるほど大好きという訳でもありませんでした。

 ここに来て、イギリス出身の青いコートを着たウサギを彷彿させる彼等に囲まれ、何かに目覚めてしまったようです。

 彼等は成獣となっても体重が一キロ程度と凄く軽く、子供にいたっては更にその半分くらいの重さです。

 大きさにしたって、パソコンで使用する少しごつめなマウス程度と非常に小さい。

 世界を超えて私が辿り着いた場所は、萌えの境地だったようです。

 日本では気にも留めていなかったウサギでしたが、ここに来てから色々と知りました。

 基本ウサギは食べて良し、毛皮にして良し、愛でて良し。

 スタンダードに背中を撫でても可愛いけれど、背中からお尻にかけてのカーブを撫でるのもまた良し。

 お尻を撫でた辺りで、嫌がるように一歩前進するのが何とも言えず可愛い。


 萌えっ!


 ちょっと通りすがりにお尻を撫でたりすると一瞬動きが止まった後、一歩前へずれてから恥じらいの眼差しで私を見上げてくる。

「や、止めてくださいよぉ、ミズキさん~」

 その可愛い姿に、思わず深呼吸してしまいます。

 けっして鼻息が荒くなってる訳ではありません。

 …………鼻息じゃありませんから。

 ご飯を食べる口の動きに合わせて髭も一緒にもっしゃもっしゃするのも可愛いし、鼻の先に差し出した指を舐めてくるのとかも可愛い。


 萌えっ!!


 ふと、鼻の下の割れた所とか、触った時の手触り感とか……もう……もう…………。

「ミズキさぁん、そんな所触っちゃらめぇぇ」

 とか言って逃げ出す彼らの後ろ姿、気持ちばかりにちまっとついてる尻尾を見ていると、私の中の野生が目覚めそうで危険です。

 ちょっとした時に差し出した指を、うっかりとばかりにあの柔らかな口でハムハムとかされると、雄叫びを上げたくなる衝動に駆られほどです。

 その立った短い耳も円らな瞳も大好きだ!

 座ってる姿は正に一張羅を着たイギリス出身のウサギみたいで可愛いっ!

 こんな感じで私の自制心を試されている今日この頃ですが、基本的に成獣で人の姿になれるウサギさんは人の姿で出歩いています。

 ウサギの姿で動き回っているのは、まだ人の姿を取れないおチビちゃん達です。

 ちっちゃい癖に更にチビとか。

 どんな正義なのかと、壁に向かって小一時間ほど問い詰めたい心境です。

 それはさておき、オレンジ色のウサギさんと連れ立ってやってきたのは、ラビットヘッドへ上納されたハーブがしまわれている倉庫です。

 上納というか、育てて摘んでるのがラビットヘッドのチビっ子達で、単に倉庫に集めてるってだけなんですけどね。

 言い回しがいちいちイタリアの某シチリア系チックなんですが、やってる連中全てが手乗りウサギだからちっとも怖くないんですよ。

 寧ろ可愛いったらありゃしません。

 マフィアを気取った修道院か。

 何というツンデレ。

 倉庫へ入れば、片隅に置かれた袋に顔を突っ込んで、新鮮なハーブの香りで酔いしれて小さな尻尾ピクピクさせているのとか見ると、私の中の獣が本気を出して目覚めそうなので危険です。

「おう、ミズキも来たのか」

「あ、ボスもいたんですね。お疲れ様です」

 声を掛けてきたピョートルさんへの挨拶を返しながらも、視線はハーブに埋もれて尻尾を震わせているチビっ子をガン見してましたら、視界を遮ってピョートルさんが割り込んできました。

「俺はこっち」

「はい、知ってますよ。お疲れ様です」

 もう一度ピョートルさんの後ろにいるちびっ子を見ようとしたら、顎をガシッと掴まれて無理矢理向き直されてしまいました。

「ボス、痛いです」

「お前が、チビばかり見ているからだろうが」

「……ふふ。まるで、ヤキモチ妬いているみたいじゃないですか」

 顎を掴まれたままなので、頭一つ分背の高いボスを上目に見ながら頬の緩んだ私は手を伸ばしてピョートルさんの頭を撫でる。

 と、美少年顔が途端に不機嫌な表情へと様変わりしました。

「ミズキ、お前なぁ……俺の事、ガキ扱いしやがって。年上ぶってんじゃねぇぞ?」

「年上ぶってるつもりはありませんけど……年上ぶりたいんですか? ピョートルさんがそうしたいのであれば私は構いませんけれど」

「年上ぶりたい訳じゃなくて……って、構わないってどういう意味だよ」

「いえ、だから……私自身は子供扱いされようが、年上扱いされようがどちらでもと」

 私の返事にピョートルさんが眉間に皺を寄せて、更に不機嫌そうな表情を浮かべます。

「じゃぁ、俺がミズキを子供扱いしようと構わないと?」

「ええ、だって……怒るにしろ気にならないにしろ、要はその人の器の問題でしょ? 同じ言葉でも、背伸びしたい年頃であれば相手の言葉は説教臭くも聞こえるだろうし、尊敬できる相手であれば気に障る事もなく素直に聞ける訳だし、歳とか関係なく耳を傾ける相手の器次第だと私は思うんですよね。なので、私はあまり気にしませんので年上ぶりたいのならいつでもどうぞですよ?」

「お前、それ本気で言ってる?」

 更に眉を潜めたピョートルさんが聞いてくるので、当然ですよ頷いて返しました。

 こんな事で嘘ついてもしょうがないですしね?

「それって要は、俺の器が小さいって事にならないか?」

「あら?」

 据わった眼差しで問う声は普段よりも低く、ご機嫌を損ねてしまったようです。

 しかし、ピョートルさんが言うのも確かにその通りかもと思って笑顔を返したら、顔を引きつらせたピョートルさんが徐に私を担ぎ上げるものでして、その場で戦々恐々と様子を伺っていたちびっ子達が慌てふためいてピョートルさんへ縋り付いてきます。

「ボ、ボスっ。乱暴はよくありませんよぉ」

「そうです、ボス。ここは落ち着いてくださいぃ」

 人型を取っている大人組みも全員が止めに入りますが、ピョートルさんってちょっと若いせいか熱いんですよね、性格が。

「うるせぇっ!」

 周りを一喝したピョートルさんは、鼻息も荒く私を担いだ倉庫を出ていきます。

 心配気な眼差しを向けてくる皆へ安心させるように、私は笑みを浮かべて手を振ってみせたのですが、皆は脅えて視線を逸らしてしまいました。

 なぜ。



 ご立腹しているピョートルさんに、米俵のように担がれてやってきたのは、ピョートルさんの私室です。

 乱暴にベッドへ放り投げられた私が体勢を整える間もなくピョートルさんが圧し掛かってきました。

 間近で私を見下ろすピョートルさんはご機嫌斜めなご様子で、怒った美少年顔も案外男らしいかも……なんて喜んでいた事は内緒です。

「俺は、子ども扱いされたい訳でもなく、大人ぶりたい訳でもなく、ミズキに男として見られたいんだっ」

 確かに美少年顔ではありますが別にピョートルさんの事を女として見た覚えは無いんだけれど、はて? と小首を傾げる私にピョートルさんは眉間の皺を更に一本増やし、軽く摘んだ私の顎を揺らしながら言いました。

「事あるごとに可愛い言うんじゃねぇ。いちいち撫でるんじゃねぇって言ってるんだよ」

 成る程。

 曲がりなりにもチーム・タビットのボスですし、女に可愛いとか言われてたりしたら周りから舐められちゃいますもんね。

「気が付かなくてすみません。私が浅慮でした」

「分かれば良いんだよ、分かればっ……だから、ミズキは俺のお……」

 項垂れるように顔を寄せてくるピョートルさんは少々童顔なのを気にしているのか、粗野な態度ばかりを取りますけれど根は優しい良い人なんですよね。

 言葉遣いや態度は乱暴だったりしますけれど、獣化したら掌ウサギである彼を思うと私はもう我慢ができずに伸ばした手で耳の後ろを撫でてしまう訳です。

 こんな至近距離で油断している彼は、そうそうお目にかかれませんからねっ!

 そして、ちょっと耳の後ろとか首を撫でたりすると、気持ち良さげに目を細めて動きが止まります。

 美少年顔な乱暴者がちょっと撫でられただけで、うっとり忘我とか激しく萌えますっ!!

 そういえば何か言いかけていましたが、このチャンスを逃す訳にはまいりませんよっ。

 北海道にある某王国の国王をリスペクトして、心の中での『よーしよしよしっ』は欠かしませんっ。

 しかし、私は下から撫でるより上から撫でる方が好きですので、油断しているピョートルさんをとやっ! と引っ繰り返して形勢逆転であります。

 油断してくれないとそう簡単にはできませんが、心在らずな状態であれば結構簡単にいけちゃうのです。

 さぁ、ピョートルさん覚悟を決めて下さいね。

 会心と期待に満ちた笑みを浮かべた私を、目を見開いたピョートルさんが見上げています。

「っ! おまっ……またっ! 止めっ……ちょっ! 止せっ! 女なら恥じらいとか慎みってのをっ……止めろっ! 馬鹿もんっ!」

 本当、口にする言葉は乱暴だけど、嫌だ何だと言いながらも私を放り投げない辺りは優しい人だなぁと思うんです。

 女の好きなようにさせてくれるなんて、男としてとっても器が大きい人ですよね。

 だから、撫で撫でしている耳元に口を寄せて、女の武器じゃありませんけど囁いておねだりしちゃいます。

「ウサギに戻っちゃえ」

「ぁ……」

 なんて、悩ましい声を漏らすと同時に、手の中には仰向けに転がされた淡いチョコレート色をしたミニウサギさん。

 円らな黒い目を更に見開いたまま、身動きできないでいるピョートルさんってばテ・ラ・モ・エ・ス!

「や、止めっ……そこは触るなっ! あっ! ちがっ……止せっ! 馬鹿っ! 馬鹿バカばか――――っ!!」

 一時はどうなる事かと思いましたけれど、衣食住にもありつけて職までもらえて、本当に良い人に拾われたなぁと感謝感謝の毎日な私であります。



 ボスの私室の前にて様子を伺っていたウサギ達は、自分たちのボスが情けない声を上げた所で取って置きのハーブを取り交わし始める。

 そんなちびっ子たちを見下ろして大人組の一人が厳かに告げる。

「どんな勝負でも負け知らずだったボスに唯一勝ち続けているあの女にだけは逆らっちゃならねぇ。分かったな、お前らぁ」

「さすがは『姐御』っすねぇ。ボスの嫁さんは姐御意外考えられないっすよぅ」

「でも、ボスもボスですぅ。ちっとも賭けにならないですぅ。旨味がないですぅ」

「求愛行動にまで漕ぎ着けないのはちょっと情けないですぅ」

 そんなやり取りがされているとは露知らず、ミズキの手によってウサギマフィアのボスは今夜も翻弄されていくのであった。

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