第7話 無能魔王、本当の脅威と対峙する
ブラッドウルフの群れを退けたノアたち。
しかし、この土地には“本当の主”がいた。
勝ったはずなのに、静けさは戻らなかった。
ブラッドウルフの死体が、盆地の入口に転がっている。
血の匂いが、まだ空気に残っている。
村人たちは笑っていた。
泣いていた。
互いに抱き合って、生きていることを確かめていた。
それは、いいことだ。
でも。
「……まだいる」
ミアが小さく言った。
耳が森の方を向いている。
僕も同じ方向を見る。
暗い。
さっきよりも、ずっと重い気配。
「さっきの狼たち、逃げたよね」
「うん」
「普通、あいつらって逃げないの」
トルグが言う。
「群れで狩るタイプだ。途中で引くなんて聞いたことがない」
「じゃあなんで?」
「……怖いものがいる時だ」
全員が黙る。
風が止まった。
森が静かすぎる。
さっきまでのざわめきが嘘みたいに消えている。
その時。
――ドン。
地面が、揺れた。
一歩。
また一歩。
重い。
ゆっくりなのに、確実に近づいてくる。
「来る……!」
誰かが叫ぶ。
子どもが泣きそうになる。
大人たちの顔が強張る。
僕は一歩前に出る。
「全員、下がって」
「ノア!?」
「今回は違う」
ミアを見る。
「さっきのとは、レベルが違う」
嘘は言わない。
これは、集団でどうにかなる相手じゃない。
森の奥から、それは現れた。
巨大な影。
岩のような体。
四足歩行。
頭には、ねじれた角。
そして、赤く光る眼。
「……何あれ」
ミアが呟く。
トルグの声が震える。
「……ロックベヒモス」
「強い?」
「村が一つ消える」
「分かりやすい」
でも、それだけじゃない。
この魔物は、この土地の主だ。
だから狼たちは逃げた。
自分たちの縄張りに、もっと上の存在がいると知っていたから。
ロックベヒモスが、僕たちを見下ろす。
息を吐く。
それだけで、地面の砂が舞い上がる。
「侵入者……」
低い声。
言葉に近い。
知性がある。
「ここは……我の縄張り……」
ミアが息を呑む。
「しゃべった……」
「うん」
僕は少しだけ目を細める。
これは面倒だ。
ただの魔物なら倒すだけでいい。
でも、知性があるなら選択肢が増える。
倒すか。
退くか。
交渉するか。
ロックベヒモスが一歩踏み出す。
「去れ……さもなくば……潰す」
地面が揺れる。
村人たちが後ずさる。
ミアが僕の袖を掴んだ。
「ノア……どうするの」
僕は少しだけ考える。
この場所は、いい土地だ。
水がある。
守りやすい。
資源もある。
ここを捨てるのは、かなり痛い。
でも。
「一つ聞いていい?」
僕はロックベヒモスを見る。
「なんだ……」
「ここ、どれくらい使ってる?」
ロックベヒモスが一瞬止まる。
予想外の質問だったのかもしれない。
「……我の領域だ」
「ずっといる?」
「時折……休む」
なるほど。
常駐ではない。
巡回型。
なら――
「交渉できるね」
「え?」
ミアが驚く。
トルグも目を見開く。
「ノア、何言ってるんだ」
「この土地、共有できない?」
僕はそのまま続ける。
「僕たちはここに住む。でも、あなたの縄張りも守る」
「守る……だと?」
「外から来る敵は全部倒す。狼みたいなのも含めて」
ロックベヒモスの目が細くなる。
考えている。
「……なぜだ」
「国を作るから」
僕は言う。
「そのために、この場所が欲しい」
ミアが小声で言う。
「交渉してる……」
「普通にしてるね」
「相手魔物だよ!?」
ロックベヒモスが低く唸る。
「人間は……弱い……」
「そうだね」
「すぐ壊れる……」
「うん」
「信用できぬ」
正しい。
完全に正しい評価だ。
だから。
「じゃあ試す?」
「試す……?」
「僕と戦う」
全員が固まった。
「勝ったら、ここはあなたのもの」
「え、ノア!?」
「負けたら?」
ロックベヒモスが聞く。
「僕たちがここを使う」
「……愚か」
「かもね」
僕は少し笑った。
「でも分かりやすいでしょ」
ロックベヒモスがゆっくりと体を起こす。
さらに大きく見える。
圧力が増す。
「よかろう……」
低い声。
「力で示せ……」
地面が震える。
完全に戦闘体勢。
ミアが叫ぶ。
「ノア、本気でやるの!?」
「うん」
「さっき“レベル違う”って言ってたよね!?」
「言ったね」
「なのに戦うの!?」
「勝てば全部解決だから」
「雑すぎる!」
でも、これは必要だ。
王になるなら、こういう場面から逃げない。
僕は前に出る。
黒い炎が、指先に灯る。
「じゃあ、始めようか」
ロックベヒモスが咆哮する。
空気が震える。
次の瞬間。
巨体が、信じられない速度で突っ込んできた。
地面が砕ける。
岩が飛ぶ。
ただの突進なのに、災害みたいな威力。
「拒絶結界」
僕は展開する。
だが。
――バキッ。
ひびが入る。
「……やっぱり強い」
結界が押し潰される。
完全には防げない。
なら。
「滑走」
結界を傾ける。
衝撃を横に逃がす。
ロックベヒモスが地面を削りながら通り過ぎる。
後ろの地面が大きく抉れた。
「ノア!」
「大丈夫」
僕は呼吸を整える。
正面から受ける相手じゃない。
でも、倒せないわけじゃない。
「自作魔法」
文字を組む。
今回必要なのは、貫通でも炎でもない。
“崩し”。
「構造干渉」
ロックベヒモスの足元。
地面の硬さを変える。
踏み込んだ瞬間、わずかに沈む。
バランスが崩れる。
そこへ。
「黒炎葬送」
関節だけを狙う。
だが。
弾かれる。
皮膚が硬すぎる。
「……効かない」
「当然……」
ロックベヒモスが振り向く。
「その程度では……我は倒せぬ」
「そうだね」
僕は頷く。
「でも」
もう分かった。
硬いのは外側だけ。
内側は違う。
「中は普通」
僕は手を前に出す。
「反逆詠唱」
ロックベヒモスの体内を流れる魔力。
それを、少しだけ奪う。
全部じゃない。
一部だけ。
呼吸の流れ。
心臓の動き。
ほんの少し。
それだけで。
動きが鈍る。
「……!?」
「これならいける」
僕は踏み込む。
「黒炎――」
炎を圧縮する。
針のように細く。
「穿孔」
黒い一撃が、ロックベヒモスの胸に突き刺さる。
外側は硬い。
でも、さっき作った“隙間”を通れば届く。
内部に。
ロックベヒモスが大きく揺れた。
膝が落ちる。
地面が震える。
「……やるな……」
低い声。
でも、まだ立っている。
しぶとい。
「まだいく?」
僕が聞く。
ロックベヒモスはしばらく僕を見ていた。
そして。
「……よかろう」
ゆっくりと後ろに下がる。
「この地……使うがよい……」
ミアが目を見開く。
「え……」
「だが」
ロックベヒモスが続ける。
「弱き者は……潰す」
「潰させないよ」
僕は即答する。
「ここは僕の国になる」
沈黙。
それから。
「……面白い」
ロックベヒモスは森へ戻っていった。
地面の揺れが遠ざかる。
静けさが戻る。
ミアが僕を見る。
「……勝ったの?」
「たぶん」
「またそれ!」
でも。
結果は明らかだ。
この場所は、使える。
ガルドが震える声で言った。
「ノア様……今のは……」
「隣人との挨拶」
「命がけすぎます!」
ミアが言う。
僕は少し笑った。
「でも、これで決まりだね」
僕は盆地を見る。
川。
森。
土地。
そして、人。
「ここを、僕たちの国にする」
火が揺れる。
人が集まる。
そして。
初めての“承認”を得た土地。
無能魔王の国は、ようやく本当に始まった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
第7話でついに「この土地の主」との決着がつきました。
戦って奪うのではなく、“認めさせる”ことで拠点を確立しています。
次回は
・拠点本格建設
・新ルール決定
・国としての名前
など、「国としての形」が見えてきます。
次回、無能魔王、国を名付ける。
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