第5話 無能魔王、拠点を探す
今回は「拠点探し」と「国づくりの第一歩」です。
ノアがただ強いだけではなく、村人たちをどうまとめるのかが少しずつ見えてきます。
村は、もう村ではなかった。
焼け落ちた家。
半分だけ残った柵。
崩れた井戸の屋根。
焦げた木材の匂いは、夜が明けても消えていない。
戦いは終わった。
上位処刑兵は倒した。
村人たちも、全員ではないけれど、生き残った。
でも。
ここに住み続けるのは無理だ。
「……ひどいな」
僕は、崩れた家の前で足を止めた。
中には、割れた皿や焦げた布が散らばっている。
きっと昨日までは、誰かの日常だったものだ。
それが一晩で、ただの瓦礫になった。
ミアは隣で黙っていた。
いつもなら何か言いそうなのに、今は何も言わない。
その代わり、拳をぎゅっと握っている。
「ノア様」
後ろから声がした。
村長のガルドだ。
白い髭に焦げ跡がつき、腕には包帯を巻いている。
それでも背筋は伸びていた。
「村の者を集めました」
「ありがとう」
僕は振り返る。
広場だった場所に、生き残った村人たちが集まっていた。
老人。
女。
子ども。
怪我人。
若い男もいるが、数は少ない。
みんな疲れ切った顔をしている。
当然だ。
家を焼かれ、仲間を失い、今日からどう生きるかも分からない。
そんな人たちの前に、僕は立った。
……見た目だけなら、完全に子どもだ。
これで「僕について来て」と言っても、普通なら説得力がない。
いや、普通じゃなくてもない。
「ノア、今ちょっと自信なくした顔した?」
ミアが小声で聞いてきた。
「少し」
「正直だね!?」
「でも言うしかない」
僕は一歩前に出た。
村人たちの視線が集まる。
怖がっている人もいる。
期待している人もいる。
疑っている人もいる。
それでいい。
いきなり全員に信じられる方が不自然だ。
「ここは捨てる」
僕は言った。
ざわめきが起きた。
「この村は、グラムの兵に場所を知られている。ここに残れば、次はもっと大きな部隊が来る」
村人たちは黙った。
それは、みんな分かっていることだった。
でも、分かっていても、言われると苦しい。
ここは彼らの家だったからだ。
「だから、新しい場所を探す」
僕は続ける。
「水がある場所。守りやすい場所。畑が作れる場所。逃げ場がある場所」
「そんな都合のいい場所があるのか?」
若い男が言った。
腕を組み、僕を睨んでいる。
「分からない」
僕は即答した。
男の眉が跳ねる。
「分からない、だと?」
「探してないからね」
「……ふざけてるのか?」
「ふざけてないよ」
僕は首を振る。
「でも、嘘を言うつもりもない。絶対あるとは言えない。ただ、探さなければ絶対に見つからない」
男は黙った。
ミアが小さく「正論だけど言い方が強い……」と呟いた。
たしかに、もう少し優しく言えばよかったかもしれない。
ガルドが前に出る。
「ノア様。移動となれば、老人と子どもが足手まといになります」
「足手まといじゃない」
僕はすぐに言った。
ガルドが目を見開く。
「歩くのが遅い人は荷物を見てもらう。子どもは小さい隙間や物音に気づく。老人は土地を知ってる」
僕は村人たちを見る。
「全員に役割がある」
その言葉に、少しだけ空気が変わった。
役に立つかどうかではない。
役割を作る。
国を作るなら、まずそれが必要だ。
「だから、今から決める」
「決める?」
ミアが首を傾げる。
「仕事」
僕は指を折りながら言う。
「歩ける人は斥候と護衛。怪我が軽い人は荷物。料理ができる人は食料管理。道具を直せる人は修理。子どもは水場や足跡を見つけたら報告」
「子どもも働くのか?」
誰かが不安そうに言う。
「無理はさせない。でも、何もしないより、できることがあった方が怖くない」
子どもたちが顔を上げる。
その中の一人、小さな男の子が手を挙げた。
「ぼく、足跡見るの得意」
「じゃあ足跡係」
「係!?」
男の子の顔がぱっと明るくなる。
「僕、係なの!?」
「うん。重要だよ」
「やる!」
周囲に、小さな笑いが生まれた。
重かった空気が、少しだけ軽くなる。
ミアが僕の袖を引いた。
「ノア、私の仕事は?」
「ツッコミ係」
「それ国に必要!?」
「今のところ必要」
「否定できないのが嫌!」
村人たちがまた笑った。
笑えるなら、まだ大丈夫だ。
僕はそう思った。
出発の準備は、思ったより時間がかかった。
焼け残った食料を集める。
水袋を探す。
使える鍋や刃物を拾う。
怪我人を乗せるための簡単なそりを作る。
村人たちは、最初は戸惑っていた。
でも、役割を与えられると動き出した。
ガルドは人をまとめるのが上手い。
ミアは子どもたちに囲まれて、なぜか「耳を触らせて」と頼まれて困っていた。
「やめて! 耳は弱いの!」
「ふわふわ!」
「ふわふわじゃない!」
ふわふわではあると思う。
言わないけど。
僕は村の外れに立ち、周囲に魔法式を刻んでいた。
結界ではない。
目印だ。
あとで敵がここへ来た時、僕たちがどの方向へ向かったか分かりにくくする。
「ノア様、それは?」
ガルドが近づいてきた。
「足跡を乱す魔法」
「そのようなこともできるのですか」
「今作った」
「……今?」
「うん」
ガルドはしばらく沈黙した。
「魔王とは、皆そうなのですか?」
「違うと思う」
「でしょうな」
なぜか深く頷かれた。
準備が終わった頃には、太陽が高く昇っていた。
村人は二十七人。
怪我人が七人。
子どもが五人。
戦える者は、ほとんどいない。
でも、国の始まりとしては十分だ。
むしろ、少し多いくらいかもしれない。
「ノア」
ミアが横に来る。
「本当に大丈夫かな」
「分からない」
「またそれ」
「でも、やる」
ミアは僕を見て、少し笑った。
「そういうところ、変だよね」
「褒めてる?」
「半分くらい」
「じゃあ半分受け取る」
「便利だね、その考え方」
僕たちは歩き出した。
燃えた村を背にして。
拠点探しは、簡単ではなかった。
まず、水が必要。
次に、敵から見つかりにくい場所。
さらに、畑を作れる土。
そして、魔物の巣が近すぎないこと。
条件を並べると、かなりわがままだ。
「国って大変なんだね」
ミアが言う。
「まだ国じゃないけどね」
「じゃあ今なに?」
「移動する集団」
「急に現実的!」
でも実際そうだ。
国名もない。
土地もない。
城もない。
あるのは、疲れた人たちと荷物だけ。
だけど、不思議と悪くない。
少し進んだところで、足跡係の少年が叫んだ。
「ノア様! こっち、動物の足跡ある!」
「見せて」
僕はしゃがみ込む。
確かに足跡がある。
小型の獣。
数は多い。
つまり、近くに水か草地がある可能性が高い。
「よく見つけたね」
少年は胸を張った。
「係だから!」
「頼もしい」
周囲の大人たちが微笑む。
たったそれだけのことなのに、空気が少し明るくなった。
人は、役に立てたと思うだけで前を向ける。
僕は覚えておくことにした。
しばらく足跡を追うと、地形が変わった。
荒野の先に、低い崖が見える。
その下に、細い川が流れていた。
「水!」
子どもたちが声を上げる。
だが僕は手を上げて止めた。
「待って」
全員が足を止める。
川の近く。
草が揺れている。
何かいる。
ミアが耳を立てた。
「……いる。大きい」
「魔物?」
「たぶん」
その直後、草むらから巨大な猪のような魔物が現れた。
体高は大人の男ほど。
牙は曲がり、背中には岩のような甲羅がある。
村人たちが悲鳴を上げる。
「ロックボアだ!」
ガルドが叫ぶ。
「硬いぞ! 普通の槍では通らん!」
「なるほど」
食料にもなりそうだ。
「ノア、今食べ物として見たでしょ」
「うん」
「隠す気ないね!?」
ロックボアが突進してくる。
狙いは、先頭にいた荷物持ちの男。
僕は一歩前に出る。
「拒絶結界」
見えない壁がロックボアを受け止めた。
だが、衝撃は大きい。
地面が揺れる。
子どもが泣きそうになる。
「大丈夫」
僕は振り返らずに言った。
「今日は肉が増えるだけ」
「その安心のさせ方、合ってる!?」
ミアの声が飛ぶ。
ロックボアが再び突っ込む。
硬い甲羅。
強い脚力。
でも、ただ硬いだけなら問題ない。
「自作魔法」
僕は指先で空間に文字を書く。
「軟化指定」
ロックボアの足元の土が、一瞬だけ柔らかくなる。
突進の勢いのまま、前脚が沈む。
体勢が崩れる。
そこへ。
「黒炎葬送」
黒い炎を細く伸ばし、甲羅ではなく関節だけを焼く。
ロックボアが横倒しになった。
暴れるが、もう立てない。
ミアが目を丸くする。
「倒した……」
「食べられるかな」
「やっぱりそこ!?」
ガルドが恐る恐る近づいた。
「ロックボアの肉は食えます。硬いですが、煮込めばうまい。甲羅も盾や鍋に使える」
「良い魔物だね」
「普通は村を壊す災害ですがな」
「今日は資源」
ガルドは苦笑した。
でも村人たちの顔は明るくなっていた。
水と肉。
これだけで、生き延びる確率は大きく上がる。
川辺で休憩を取ることになった。
水を汲み、怪我人を寝かせ、ロックボアを解体する。
ここで意外な人物が活躍した。
さっきまで不満そうにしていた若い男だ。
名前はトルグ。
彼は刃物を扱うのがうまく、ロックボアの解体を手際よく進めていった。
「得意なの?」
僕が聞くと、トルグは少し気まずそうに目を逸らした。
「……狩人だった。村が焼かれる前は」
「じゃあ狩猟係」
「また係か」
「嫌?」
「……いや」
トルグは小さく笑った。
「悪くない」
少しずつ、形になっていく。
ガルドはまとめ役。
ミアは伝令と護衛見習い。
トルグは狩猟。
子どもは足跡や水場探し。
料理ができる女性たちは食料管理。
まだ小さい。
でも、ただの避難民ではなくなってきた。
集団に役割が生まれている。
それは国の芽だ。
夕方近く。
川沿いをさらに進むと、僕たちはその場所を見つけた。
崖に囲まれた小さな盆地。
北側には岩壁。
東に川。
西には森の端。
南だけが開けている。
守りやすい。
水がある。
木もある。
土も、荒野よりずっとましだ。
ガルドが息を呑んだ。
「ここは……」
「どう?」
僕が聞くと、ガルドは膝をついて土を触った。
「畑は作れます。すぐに豊かとは言えませんが、手を入れれば」
トルグも周囲を見て言う。
「獣の足跡もある。狩りもできる」
ミアは川を見て、少し笑った。
「水もあるね」
僕は盆地を見渡す。
完璧ではない。
でも、始まりには十分だ。
「ここにしよう」
僕が言うと、村人たちは静かになった。
疲れているはずなのに、誰も座り込まない。
みんな、目の前の土地を見ている。
ここが、新しい場所になるかもしれない。
そう思っている顔だった。
「ノア様」
ガルドが言う。
「ここに、村を作るのですか?」
「村じゃない」
僕は首を振った。
「国の最初の拠点」
ガルドの目が揺れた。
ミアが僕を見た。
「名前は?」
「まだ決めてない」
「そこ大事じゃない!?」
「うん。だから後でちゃんと決める」
「今じゃないんだ」
「まず寝る場所」
ミアは少し笑った。
「現実的な魔王だね」
「褒めてる?」
「今度は八割くらい」
「増えた」
その夜。
僕たちは盆地に最初の火を灯した。
村人たちは、焼け残った布を使って簡単な寝床を作る。
トルグたちは周囲に罠を仕掛ける。
ガルドは人数と食料を確認する。
ミアは子どもたちに囲まれて、また耳を触られていた。
「だから耳はやめてってば!」
笑い声が響く。
小さい。
弱い。
でも、確かにそこにある笑い声だった。
僕は少し離れた場所で、地面に魔法式を刻む。
防御用の簡易結界。
ただし、敵を完全に防ぐものではない。
近づいたら音が鳴る程度。
全部を魔法で守るつもりはない。
それでは、人が育たない。
僕は補助する。
人が作る。
その形がいい。
「ノア」
ミアが隣に来た。
「ここから始まるの?」
「うん」
「国が?」
「たぶん」
「また、たぶん」
ミアは笑った。
僕も少し笑う。
夜空を見上げる。
遠く、戦争の魔王の領域の方角に、赤い光が揺れていた。
グラムは必ず来る。
この場所を見つけられるのも時間の問題だ。
でも。
僕は後ろを見る。
火を囲む人たち。
眠る子ども。
肉を煮る匂い。
水を汲む音。
何もなかった荒野に、生活が生まれ始めている。
これを守る。
そして、大きくする。
「ミア」
「なに?」
「明日から忙しくなるよ」
「今日も十分忙しかったけど!?」
「明日はもっと」
「うわぁ……」
ミアは嫌そうな顔をした。
でも、逃げるとは言わなかった。
「じゃあ、まず何するの?」
僕は少し考える。
やることは山ほどある。
寝床。
食料。
水場。
見張り。
畑。
道具。
名前。
そして、国としての約束。
「まずは」
僕は火を見つめながら言った。
「この場所のルールを決める」
「ルール?」
「うん」
力の強い者が奪う場所にはしない。
弱い者が捨てられる場所にもしたくない。
それを言葉にしないといけない。
国は、ただ人が集まるだけでは国にならない。
同じ約束を持って、初めて国になる。
「明日、みんなに話す」
僕は静かに言った。
「ここを、僕たちの国にするために」
その時。
闇の向こうで、何かが鳴いた。
獣ではない。
魔物でもない。
もっと遠く、もっと大きな何か。
森の奥から、低い咆哮が響いた。
村人たちが顔を上げる。
トルグが弓を取る。
ミアの耳がぴんと立つ。
「ノア……今の」
「うん」
僕は森を見る。
この土地は、空いていたわけではないらしい。
何かがいる。
でも、それでいい。
国を作るなら、最初から安全な場所なんてない。
僕は立ち上がる。
「明日は、まず隣人に挨拶かな」
「その言い方で済む相手!?」
「分からない」
「出た!」
黒い炎が、指先で小さく揺れた。
火の向こうで、森が静かにざわめいている。
新しい拠点。
最初の夜。
そして、まだ見ぬ脅威。
無能魔王の国づくりは、ようやく本当の一歩を踏み出した。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
第5話では、ついにノアたちが最初の拠点候補を見つけました。
まだ国名も城もありませんが、役割が生まれ、生活が始まり、少しずつ“国の土台”ができてきました。
次回は、森の奥から聞こえた謎の咆哮。
新しい土地に住み着くため、ノアたちは最初の“隣人”と向き合うことになります。
※次回、拠点防衛+魔物戦予定です。
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