第七話 スキル【失笑】
不動の騎士像が突然動き出した。
ガシャガシャガシャ――!
「危ない!」
バァァン――!
フィオナに抱えられて、俺は柱の影に転がり込んだ。
――でかい。トロルの比じゃない。
「どうする…」
「(静かに…!)」
フィオナが低く小さな声で言った。
像はゆっくりと首を巡らせている。全身を覆う甲冑の隙間から青い炎が漏れているが、石の眼窩に、炎はない。
――音に反応してる。目は使ってない。静かにしないとな。
言葉で言われなくても、フィオナがするジェスチャーで通じた。
この世界でも、人差し指を口元に持ってくるのか。
「(どうすればいい…)」
「(あいつの核を狙うのよ…)」
「(どこにあるんだそれは…)」
「(胸の中心だと思う…そこが一番、魔力が濃い…)」
――よし。じゃあ、まず動きを止めるか。
俺はゴーレム戦で試した要領で、像を見据えた。
「ぷふぁw」
――【嘲笑】発動。
《質量》
-50% ← → +50%
――《質量》+50%
次の瞬間。
ガシャ……ッ。
像の足運びが、重くなった。床がきしむ。
――よし、効いてる。
だが。
…ガシャ…ガシャ、ガシャガシャ!!
止まらない。すぐに動き出した。
スキルの効いている時間はトロルよりも短い。
――そりゃそうか。トロルより強い相手に、同じ手が通じるわけがない。
「(効いてないんだけど…)」
「(わかってるって…!)」
――重くしても止まらないなら、滑らせればいい。
だが、【苦笑】は感情が乗らなきゃ効果は薄い。
しかも、この切羽詰まった状態で、俺は苦笑しなければならない。かなり難易度が高い。
――なら想像しろ。あいつの滑稽な姿を。
俺ならできるはずだ。
あの重そうな、甲冑。
滑りそうになり、バランスを取る。しかし、バランスを取ろうとするたび、甲冑が揺れる音が鳴る。
それだけではない。体全体の摩擦係数が小さくなるという事は、あの持っている剣も滑って落としてしまうだろう。
そしてその剣を拾おうと体勢を崩した時に、【嘲笑】で体を重くしたら?
あの堂々と歩いている騎士が、生まれたての小鹿みたいに立てなくなってしまうだろうが。
ものすごく面白い。”爆笑”してしまい――
いっけね。今は生死をかけた戦いだぞ?集中しろ?でも――
「ぷっ」
おれは”失笑”した。やべぇ。苦笑じゃなくて失笑してしまったよ。
スキルを獲得しました。
固有スキル【失笑】Lv.1
獲得条件:
【冷笑】保持者が、対象に対し失笑を行うこと。
発動条件:対象に対して、笑ってはいけない状況で笑うこと
効果:
対象物の加速度を改変する。
変動幅:
±50%(Lv.1時点)
クールタイム:30秒(Lv.1時点)
最初から±50%か。大分期待できるな。
でも【嘲笑】と同じで、強敵相手じゃ一瞬しか効かないだろう。
あいつの加速度を遅くしたところで無駄だ。
どうすれば――
「(ちょっと。何か策がないわけ?)」
「(うるせぇ。今考えてんだろ。)」
フィオナは剣を構えたまま、落ち着きのない様子を見せる。
どうすればあいつに一泡吹かせられる。あの本体にはまともな攻撃が通らない――
…そうか。その手があったか。
俺は昔勉強した物理の法則を思い出した。
F = ma
mは質量。aは加速度。それらを掛け合わせた値が、力だ。
ということは、
【嘲笑】でフィオナのmを増やして。
【失笑】でフィオナのaを増やしたら。
F = m(↑) × a(↑)
莫大なエネルギーが、一点に集中する。
「(フィオナ)」
「(なに)」
「(一撃だけ全力で振れ。当てる場所は胸の中心だ。剣が届きそうになくてもいい。それでもあいつは倒せる)」
「(本当に?一撃で終わるわけが――)」
「終わる」
俺は珍しく、情熱溢れる真剣な表情でフィオナに訴えかけた。
「(根拠は)」
「(物理法則だ。人と違って裏切らない)」
「(……わかった。どの道それしか策はなさそうね)」
フィオナは剣を握り直した。
「(私、はりきっちゃうから!)」
――そのセリフが、なんか変なツボに入って。
「ぷっ」
あ、また失笑した。逼迫した状況だと失笑しがちだな。
――《加速度》+50%
フィオナが剣を両手で握り直した。
「お前の動きを早くした!今だ!行け!」
フィオナは勢いよく騎士像に向かって飛び出る。
「!?」
騎士像がフィオナの存在に気付いた。
でも問題ない。フィオナの動きはいつもより早い。
あっという間にフィオナの剣先が騎士像に近づいていく。
そして――
「ぷふぁw」
俺はフィオナとフィオナが持つ剣まるごと嘲笑した。
――《質量》+50%
フィオナの全身が、光った。ただの一振り。
しかし着弾した瞬間――
ズドォォォォン――!!
地面全体が、揺れた。
騎士の胸部が陥没する。青い炎が激しく明滅する。
衝撃波がこの場所全体を走り、砂埃が降り注いだ。
フィオナが着地した。
わずかな静寂。
「…………」
フィオナがゆっくりと、自分の手を見た。
「……何、今の」
「俺もよくわからん」
――嘘だけど。
「絶対嘘。本当の事教えて」
「しらない。何もしてない。」
「絶対してた。私嘘つく人嫌い。仲間として許せないの。」
「ぷっ」
――めんどくせぇ。こういうやつって男女関わらずどの世界でもいるよな。
意味わからんところで正義感働くやつ。
ていうか、さりげなく"仲間"認定されてなかったか?
騎士の青い炎が、揺らぎ始めた。
そしてそのまま消える。
すると巨体が床に崩れ落ち、騎士の姿はもうなくなった。
―― 勝った。
「ふぅ」
俺は息をついた。あとは帰り方を探すだけ――
ギ……ギギギ……
「何!?」
崩れて動けなくなったはずの騎士の残骸が、内側から膨らんでいた。
そして急に甲冑が、弾け飛んだ。
残骸が床に散らばり、中身が露わになる。
そして――人が姿を現した。
いや、違う。人の形をした、何かだ。
青白い皮膚。縫い目のような傷跡が全身に走っている。
甲冑で見えていなかったが、よく見ると体中に鋭利なものが突き刺さっていた。
極めて気持ち悪い。
眼窩には、さっきの像と同じ青い炎が灯っていた。
そいつはゆっくりと、俺たちを見た。
今度は、音ではなく目で。
「……フィオナ」
「第二形態ね」
彼女の声から、さっきまでの余裕が消えていた。
「(スキル、使えるか)」
俺はクールタイムを確認した。
【嘲笑】残り:11秒
【苦笑】使用可
【失笑】残り:22秒
――ちっ長い。致命的に、長い。
次の瞬間。
シュゥゥゥン!
瞬間移動するかのように、第二形態がフィオナの前に現れた。
そして剣を振るった。
「うっ!?」
フィオナは刹那の間に体をわずかに反らし、一命をとりとめた。
それでも、頬を赤い線が走った。
――速い。さっきの甲冑姿とは比べ物にならない。
それでもフィオナが避ける時の速度は、明らかに普通じゃなかった。
さっきかけた【失笑】の効果が、まだ残ってたのか。
「フィオナ!無事か!」
俺は騎士の注意を引かせようとする。
「私の事はいい!」
フィオナは全身全霊で、迫りくる第二形態の攻撃をかわし続ける。
でも、もう少しで、【失笑】の効果が切れるだろう。
――くそ。どうすれば。




