54話 女王ムマ(夢魔)
脚を失った巨大なアリが、地面でもがいている。
「動くな」
そのたった一言で、
動きが凍りついたように止まった。
「脳筋が……。
頭を使え。
お前も死にたいのか」
ムマの深く黒い眼が、闇の中へと引き込むように光る。
その言葉に巨大なアリが小さく震えた。
「今がチャンスだ。
クオーツ!
今のうちに羽アリを仕留めよう」
トパーズが指示を出す。
アリによる連携攻撃が出せない今、
羽アリに二人で攻撃する有利な状況と判断したのだ。
一対二の状況を生かし、羽アリを追い詰める。
盾で羽アリの槍を封じ、剣が羽アリの急所を狙う。
防戦するしかない羽アリ。
槍はもう使えない。
そこでクオーツが攻撃に転じた。
剣を槍で受け止めたその時、
空を飛ぶ盾が、水平に二方向から羽アリへ突き刺さった。
羽アリが崩れ落ち、魔法の盾も塵と消えた。
「やったな」
トパーズが勝利を確信してクオーツの方へ振り向いた。
しかし、
クオーツは木の根に包まれて地面へと引き込まれていった。
その傍に巨大なアリが立っている。
脚を失い地面に転がっていたはずの巨大なアリが立っていた。
「これがアリか……」
胸から赤い棘が突き出した。
そして赤い棘を伸ばしながら、ゆっくりと移動してくる。
「おーっほっほ」
ムマが冷たく微笑んでいる。
「これで、二対一じゃな」
トパーズは怒りを押し殺すように拳に力を溜めていた。
「悔しいか人間。
わらわの前で泣き叫ぶがよい。
心地良い叫びを鳴いてみせよ」
ムマは勝ち誇って笑っていた。
だがトパーズは冷静だった。
拳に力を溜めていたのは、渾身の一撃を放つためだった。
剣が振り下ろされ、光の筋が弧を描き空を裂いた。
「斬」
弧を描いた刃が、空を裂き巨大なアリの首へ飛んでいく。
ムマが勝ち誇り、無防備になったその隙だった。
トパーズの放った必殺の一撃は、
首の奥まで飛んで行き、激突して壁が崩落する。
そして巨大なアリの頭が、地面へとずるりと落ち……
土煙が舞った。
ムマは玉座ごと地面へ打ち付けられる。
「女王さんよ。
俺を甘く見るな。
これA級の実力だ」
だが……
「ほう……。これがA級の力か。
じゃが、大した事はない。
わらわの前ではな」
おほほほほほほ
ムマの笑い声が響き渡る。
巻き上がった土煙の中から、ムマがゆっくりと姿を現した。
甘い香りが漂い始める。
「強い者は好きじゃぞ。
お前の力も認めてやろう。
だから、差し出せ」
トパーズの腕が動かない。
足も……
指先でさえ言うことを聞かない。
「どういうことだ」
自分の体が自分の意思をなくしてしまった。
ゆっくりとムマの元に歩き出す。
次第に意識も失い……
「女王様。
この体はあなたのもの。
あなたに委ねます」
ムマの二つに分かれた顎が大きく開いた。
ゆっくりと、その口がトパーズの頭へ迫る。
そして、
ムマに飲み込まれかけたその瞬間。
地面を割って木の根が付き上がり、
ムマの顎を抑え込んだ。
トパーズはそのまま木の根に包み込まれ、
地面の中へと引き込まれていく。
同時にムマの体にも根が巻きつき、動きを封じた。
「離せ、無礼者」
「もう見過ごせません」
静かな怒りが、コノハの声に宿っていた。
ムマの体から甘い香りが広がる。
しかしその香りは、途中で薄れて消えていった。
コノハはドライアド。
ダンジョン全域に張り巡らされた木の根を通して、
この場を見ているに過ぎない。
「フェロモンを私に出しても無意味です。
私の元までは届きませんよ」
木の根が締め付けを強める。
「このまま絞め殺してあげたいところですが……」
「拘束を解くのじゃ。コノハ」
「あなたにお仕えした覚えはありません。
私はサンク様の参謀です。
甘く見ないで下さい」
木の根がムマの体へ深く食い込み……。
「ぐっ…くわっ」
ムマは意識を失った。
***
やがて意識を取り戻したとき。
目の前にサンクが立っていた。
「どうしたの……これ?」
サンクは拘束されたムマを見て、
驚いた表情を浮かべていた。
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