綺麗な子に会いました
あれから二日経った。
ジューン様は宣言通り結界魔法をメインに訓練させつつ、その合間、一回の訓練に数分程度ずつ、他の魔法の訓練をつけてくれる。
クルスイード様は毎回その様子を見学するし、夕方近くになると大将軍様も見学にいらっしゃる。
そして私が展開させた結界はいつも大将軍様に壊されるのだった。
「……う~ん……どうしたら壊されない結界が作れるのかなぁ?」
その課題をクリアできない私は、悩む頭を抱えたまま、何かいい案が浮かばないものかと気分転換を兼ねた散歩に出る事にした。
空には綺麗な月と星が瞬いている。
騎士様が常に巡回しているから、たとえ夜でもお城の敷地なら少しくらい大丈夫だろう。
「星と月。……綺麗だけど、結界のイメージには使えないよねぇ。建物の壁に使われてる石やレンガは壊されちゃったし、その辺りにたくさん生えてる木も、駄目だったしなぁ」
目に入ったものを結界展開の為に使えないかどうかを考えつつ歩く。
けれどどれも試行済みだ。
同じものを繰り返し、更に分厚く固くとイメージしても、やはり大将軍様に壊されてしまう。
それでも、最初は「むん」だった声が、今では「むぅぅんっ」になっている事から、少しは壊しにくくなっているとは思うんだけど……。
「でも、結果的に壊されてるんじゃ意味ないし……はぁ~」
「わ、重い溜め息だね。何か悩み事でもあるの、お姉さん?」
「え?」
思わず長い溜め息を吐くと、後ろから声がかけられた。
振り向くと、金茶の髪の綺麗な女性が立っている。
中性的な顔だちに女性にしては高い身長は、まるでモデルのようだ。
ここにいるという事は、お城に仕える数少ないメイドさんの一人かな、とは思うけど、それにしてはメイドさんの制服を着ていない。
それに初めて会った筈なのに、なんだか、どこか見覚えがある、気もする……?
誰、だろう?
「あの……失礼ですけど、どこかで、会いましたっけ……?」
「え、ううん? お姉さんとは初対面だよ? あ、ごめんね、突然声をかけて。お姉さんがあまりにも難しい顔して溜め息を吐いているから、気になっちゃって。何か、悩み事?」
「あ、いえ、えっと……悩み事、と言えば悩み事なんですが……」
「ああ、やっぱり! 花婿候補の事で悩んでるんでしょう? でも私見で言わせて貰うなら、クルスイード殿下は優良物件だと思うよ? たまにちょっと頭固くて口うるさいけどね」
「えっ?」
あ、頭が固くて、口うるさい?
クルスイード様が?
「あ、あの、そんな事は、ないと思いますが……?」
「え?」
「クルスイード様、いつも親切に色々考えて、アドバイスくれますし……柔軟な思考してるって、大将軍様にも言われてましたよ?」
「……ふぅん。なるほど、お姉さんにちゃんと好印象与えてるわけだね。なら良かった」
「え」
「ああ、さっき言った事は気にしないで。頭固くて口うるさいのは主に私に関してだから」
「え、あ、ああ、クルスイード様のお知り合いの方なんですね?」
という事は貴族のご令嬢なのかな?
なんだか王子であるクルスイード様に対する言動が気安いし、高位貴族の家の人なのかも。
「ん~、お知り合いというか……。……お姉さん、私は、コラウスイード・グランベリルっていうんだよ」
「え、グランベリル……? って、じゃあもしかして、王家の方、お姫様ですか!?」
「お姫様? ……うん、まあ、そう! 私はその、"王家の方"なんだよ。クルスイード殿下は私の兄上様でね。身内の欲目って訳じゃないけど、花婿として、お勧めだよ?」
「えっ! あ、あああの、私の悩み事は、結界魔法の訓練の事で、花婿に関する事じゃなくてですね……!!」
「へ、魔法の訓練? ……なあんだ、そうなの。うまくいってないの? 訓練」
「は、はい……結界が、どうしても大将軍様に壊されてしまって。それでも回数を重ねるごとには、壊しにくくなってはいるみたいなんですけど。どんなに固くて厚いものをイメージしても駄目で……どうしたらいいのかなって考えてたんです」
「ふぅん……ならそれは、イメージの問題じゃなく、気持ちの問題かもね」
「気持ちの問題……?」
「うん。……例えば、この斧で、この分厚い鉄板は斬れないと思うでしょう?」
「えっ、い、今どこから鉄板と斧が……っ!?」
「斬れないと思うでしょう?」
「え、あ、は、はい!」
訓練の事を話すと、女性はどこから出したのか、徐に斧と鉄板を出現させた。
そして地面に鉄板を置き、私に返答を求めそれを聞くと、右手に持った斧を勢いよく振りかぶって鉄板へと叩きつける。
すると、ガァンという大きな音をたて、鉄板がへこんで…………。
「え、ええっ!? き、斬れてる!? 真っ二つに……!!」
「うん。絶対に斬れるって確信して振りおろしたからね。これが、気持ちの問題ってわけ」
「……な、なるほど……?」
それが無理だと思わず、できると確信してやれば不可能も可能になるって事、かぁ。
無茶苦茶言ってるような気もするけど、でも実際できてるし……うう~ん。
「お姉さん? あんまり深く考えないで? お姉さんが絶対に壊れないと思うなら、別に"固くて厚いもの"をイメージしなくても、きっと壊れないよ。騙されたと思って、一度試してみて?」
「お姫様……。わ、わかりました、明日、やってみます!」
「うん。あ、私の事は、コラウって呼んでね? それと、お姉さんのお名前も、教えてくれる?」
「あっ!? ご、ごめんなさい! 私、ユイカ・トガクレといいます!」
「ん、よろしくね、ユイカさん。兄上様共々、末長~く」
「はい! …………え?」
な、何か今、最後妙な事が聞こえなかっただろうか?
そう思って首を傾げる私を、コラウスイード様はにっこりと可憐な笑顔を浮かべて見つめていた。
その笑顔に、私は困ったような顔をするしかなかった。
交流は持っているものの、訓練で精一杯で、そういう対象としてクルスイード殿下を見たことは、今だないのだ。
「……えと……追い追い、考えます」
「へ、まだそんな段階? ……もっと頑張らないと駄目だね、兄上様は」
私の返答に、コラウスイード様は笑みを消すとそう言って溜め息を吐いた。
……頑張るも何も、クルスイード様にとっての私は、"好印象の候補の一人"でしかないと思うけど……。
そんな事を思う私をよそに、コラウスイード様はクルスイード様の長所と伴侶にした時の利点をつらつらと語りだした。
私は苦笑を浮かべながらそれを聞いていたんだけれど……その後、さっきの斧と鉄板がたてた音のせいで警戒態勢をしいて駆けつけた数人の騎士様に、二人で必死に弁明をし、直後お小言を頂戴してしまったのだった。