密やかなる決定
王太子ゼオスイード視点です。
茜色に染まった室内に、パラ、パラ、と断続的に書類を捲る音だけが響く。
書類に記された内容を端から端までくまなく目を通すとそれを横にずらし、次の書類へ目を向け、またくまなく見分する。
今日の午後になってすぐ届けられたそれを手に取ってから、どれだけの時間が経ったのか。
気付けば、私付きのメイドが部屋の明かりを灯す時刻になっていた。
私は一旦書類を置き、疲れた目を労るように目頭を揉む。
それに気づいたメイドが休憩の為にお茶の用意をし出すのと同時に、部屋の扉からノックの音が聞こえてきた。
次いで、扉を守る護衛の騎士から来客者の名が告げられる。
聞こえたその名に、会うか否かなど考えるまでもなく『通せ』と声を発する。
次の瞬間、扉が開いて二つの人影が室内に歩み入ってきた。
「失礼致しますぞ、殿下」
「執務中に申し訳ございません、兄上」
「構わない。それよりも、二人が共に訪れるなど珍しいな。今夜、雨が降らねばいいが」
訪れた二人の珍しい組み合わせに、微笑みながら軽口をたたく。
すると二人は視線だけをちらりと合わせて苦笑した。
「それで、用件は何かな? 時期的に見て、二人共女神様から贈られた女性達の事とは思うが。……新しい魔導士団隊長となった彼女に、何かありましたか、大将軍? クルスイードは、花嫁に望む者が決まったかい?」
「流石は殿下ですな。話が早い。……殿下は今、彼女の部下となる者の候補を選定なさっているかと思われますが、進行状況は如何ですかな?」
「ああ、それならば、候補者となり得る者をあらわせ、今それらの者の情報を頭に入れていたところだ。適性を考慮して、ここから更に絞りこまなくてはね。……条件がなかなか厳しく、難しいが」
「難しい、ですか。確かに大変でしょうね。何しろ貴重な女性が隊長を務める部隊の隊員。しかと支え、守りきれる可能性の高い者でなければならない上……ある程度の血筋の者、という条件もある」
「ふぉっふぉっふぉ。相手は女神様の恩人ですからの。王家の血筋流るる者か、代々王家に絶対の忠誠を誓う忠臣の家の者でなければなりますまい。……他国や、何より女神様に、彼女を大切にしていると示す為にも」
「……ああ」
私の発した言葉を正しく理解した二人から返ってきた言葉に、私は僅かに目を細め、机に置かれた書類に視線を落とした。
彼女の部下候補達の情報が記された書類。
慎重に絞りこまなければならないそれについ、小さく溜め息を吐く。
「ふぉっふぉ、苦戦しておいでのようですの。そんな殿下に朗報です。わしの孫を一人、候補に加えて下さらんかの?」
「!」
「大将軍の孫を? しかし、貴方の孫は既に皆、所属の隊が決まっているのでは……転属させるのですか?」
「いいえ。わしの孫はまだおるのです。末の者が今年漸く騎士見習いに上がれる歳になりますでの。どこか良い隊にと思考しておったのですが……。彼女は、才能は十分。今は伴わぬ実力は努力次第。そしてその努力の姿勢も好ましいものであるという事は、拝見した訓練の様子でわかりましたので、孫の配属先としても良いかと思いましての。代々王家の剣と盾となってきた我が一族の者ならば、殿下の条件にも当て嵌まりましょう。如何ですかな?」
「ああ、勿論! 大将軍の孫なら問題はありません。良かった、これで決定できる。では早速父上にそのように……っと、いや、すまないクルスイード、君の用件を聞こう。君の心を射止めたのはどの女性だい?」
大将軍の有り難い申し出にすぐに父上に報告をと部屋の外に足を向かわせかけた私は、もう一人の来客の用件をまだ聞いていなかった事に気づき、そちらへと振り返る。
するとクルスイードは何故か少し悔しそうな顔をして大将軍を見つめていた。
「クルスイード?」
「……大将軍は、相変わらず手回しが早い」
「ふぉっふぉっふぉ、わしはまだまだ衰えておりませんでの。早い者勝ちですぞクルスイード殿下」
「……わかっています。兄上、私の用件も大将軍と同じなのです。彼女の部隊に、私を入れて戴きたい」
「何?」
「召喚の日より、彼女の様子を窺いつつ、数人の女性と交流を持たせて戴きましたが、やはり彼女が一番好ましい。これからはより近い位置で交流をはかりたいので、どうか是非に。私は王家の一員ですし、適してはいるでしょう?」
「それは……いや、だが」
「どのみちこの身はいずれ臣に下る身です。魔導士団所属なら将来兄上を、その治世を支える力のひとつとなれる。そこに迷いはありません。昔私は、それができる者になると誓ったでしょう?」
「……クルス」
「おやおや、相変わらず仲がよろしいですの。……かの方々もこうであればよろしいのですがの」
「! 大将軍!」
「おお、これは失礼。ついうっかり。聞かなかった事にして下され」
「……。……とにかく兄上、どうかそのように。臣になる手続きの事もありますし時間もかかるでしょうから、第一の隊員となる栄誉は大将軍のお孫殿に譲りますが、そう遠くないうちに、私を第二の隊員にして下さい」
「……わかった。それが、君の選択ならば。そのように父上に進言しよう。……本当に、それでいいんだな?」
「はい。ありがとうございます、兄上。……これで、より一層花嫁を得る努力ができます。……これで独身を貫く事にも……何より、あれのようになる事も、きっと……」
「っ、あれ、か……その後、どうしている……?」
「……時々、顔を出しますが……とても、睦まじく」
「む、睦まじく……そ、そうか」
「はい……」
「……第五王子殿下、ですな? ……お幸せなら、何よりですの」
ふいにクルスイードが溢した一言に、私達はそれぞれあれの、第五王子とその恋人の姿を思い浮かべ、その場は何とも言えない空気に包まれた。
女性が少なく、第二王子から下は婚約者がつけられないとはいえ……自由に相手を選び過ぎた彼には、父上も頭を抱えていたものだ。
「あれも可愛い弟だし、少数派でも珍しくはないが……その趣味嗜好には、やはり抵抗を感じるな」
「……同感です。母上は、今だに嘆いていらっしゃいますし」
「……。……さて、陛下の元へ、ご報告に参りますかの!」
「あっ、ああ! そうだな!」
「参りましょう!」
私達は話を強制終了させ、部屋を出て、父上の元へと足早に向かった。
……あれの話は、今は忘れよう。
三人の胸中にはきっと一様に、この思いがあっただろう。
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