封印武具
「全部、全部戯れ言だッ!!」
レプリカントナハトが唸りを上げる。まるで生きた獣かのように雄々しく叫び、その力を示そうとする。僕の体に刺さったそれは僕の体を侵食していき、僕という存在そのものを拒絶しようとしていた。その拒絶には抗う事なんて叶わない、絶対的な力が存在していた。
それでも、僕にはかすかな光が見えていた。体の内側からあふれ出すような、可能性の光。深淵とも言えるような存在に飲み込まれていく自分の左半身さえも明るく照らすほどの輝き。
僕にはそれが何なのかよく分からなかった。それでも、その内なる力はやがて形を持ってこの世界に現れる。闇を吹き飛ばしながら、僕の左手に光の粒子が集まっていく。
「なんだこの溢れるような力は…………無欲の世界が、かき消されていく……それにレプリカントナハトの拒絶だって、和らいでいるような」
「まさか、レプリカントナハトが打ち消されるなんて…………ありえない。こっちは封印武具なのに…………」
何かにハッと気がついたようにレプリカントナハトを引き抜くレベッカ。僕の腹部にはぽっかりと穴が開いてしまっているのだが、それも光の粒子で急速に回復していく。全て意図せぬ現象、やがてもう一人の僕はその光によって完全に消滅してしまう。
数歩後ずさるレベッカ、僕は立ち上がって残る光、左手に集まる光が成す形を眺めていた。細長く伸びて剣のような形を成すその光に、レベッカは怯えるように言葉を投げる。
「ヴァン、あなたも持っているの…………封印武具を」
「ぼ、僕が封印武具なんて…………持っているはずが……」
その名前には覚えがあった。その圧倒的な力故に歴史に名を残し、力を封印された武具。名を馳せた国王や魔導を司る司祭ならまだしも、ついこの間勇者になったばかりの僕が持っているはずもない。だが、そんな思いとは裏腹にその光はどんどん輝きを増してその剣をこの世界に形成せんとする。
光が集約するのを許さないレベッカは一度はたじろいだものの、直ぐに振りかぶり封印武具を構える。アリスも反応するがこれまでの光景から彼女の力ではあの武器の力に抗えない。
「…………やってみるしか、ないのか」
僕の内には、まだ光が見えていた。それは可能性の光。僕の信念が宿した、たった一つの可能性。まだ見ぬ未来を掴み取るための、迷い彷徨う王国の道しるべとなるための、たった一つの力。
何が起こるのかは分からない。どんな力なのかも分からない。それでも僕はその力を信じる他ない。その力でもって眼前の脅威に立ち向かわなければならない。
この命は信念で動いている。この足は信念で動き、この腕も迷いなく据えられた信念の元に。僕が信じる勇者は僕しかいない。それが答えであり事実。
さぁ、悲嘆の拒絶を打ち払う武器の名を叫べ。胸に宿った光、その名を叫ぶのだ。分からなくてもいい、その名を叫び、左手を振るのだ。
僕は拳を握る。そこにはもう光はなくなっていた。代わりに、あるのは一本の剣。青白い冷気のようなものを帯びた刀身が淡く揺れ、その鋼に現代の物ではない文字を刻んでいく。その文字は刻まれると共に鋼に溶け込み、刀身そのものを炎のように揺れ動く無形の産物に変えてしまう。だが、それがその剣の本来の形のようだった。
彼女は叫ぶ。
「存在を否定してッ、複製された悲嘆の拒絶!!」
僕は応える。
「勇者の力、その誇りと思いを貫き信念を示せ――条理逸する儚き勇剣」
振るった剣は実体を持たない。ただし、その剣は無形を持っていた。蒼炎はレプリカントナハト、そしてレベッカを包み込み、レプリカントナハトの駆動を停止させる。碧く輝くラインが酩酊し、やがて消える。直後、レベッカの姿勢が乱れた。脳に強い衝撃を受けたような、焦点の定まらない双眸で取り乱したレベッカは瞬時に意識を取り戻したが、そのときにはもう膝をついて地面に跪いていた。
「その名前…………その封印武具…………ヴァン」
鎮まったレプリカントナハトを手に立ち上がり、僕の方に向き直ったレベッカは驚きに満ちた表情だった。視線は僕の左手、封印武具に注がれている。どんな力によってどんなことが起こったのか、僕にはいまいちよく分からなかったが、レプリカントナハトは力を失い、レベッカは一瞬意識を失った。これまで歯が立たなかったレベッカを一瞬にして無防備にした事実、それがこの武器の力を物語っていた。
しかし、程なくして僕の封印武具は光となって霧散してしまう。その存在を維持出来なくなったかのように、突然消えてなくなってしまう。それを見ていたレベッカは表情を変えないまま、
「また封印された、のかな。つくづくヴァンには驚かされるね、でもこれで終わり。勇者としての信念が見せた奇跡、その奇跡でもってしてもこの国を救いきれなかった。残念だったね」
鎮まったレプリカントナハトに再度魔力が装填され、再度駆動する。ゆっくりと闊歩するレベッカは間違いなく僕に歩み寄ってきていた。思わず数歩後退した僕に代わってアリスが前に出る。アリスは大きく手を広げて僕を庇っているようだった。
「アリスダメだ、このままだと二人とも殺される。どちらかだけでも逃げないと」
「だからこそヴァンさんが逃げてください!! 今ヴァンさんが死んでしまったらどれだけの人が悲しむと思っているのですか!?」
振り返らないまま、彼女は叫んだ。
果たして、どうだろうか。この国に僕のことを思う人間は多くない。殆どの者が僕のことを嫌っている。そんな僕が、この戦いで敗れて死んでしまったところで、誰が悲しむというのだろうか。きっと、モニカやシェリル達くらいだろう。
彼女たちを悲しませたくはないし、彼女たちは僕の大切な仲間だ。だけど、勇者として、この国には認められていないのが現実。今死んでしまったところで、この国には大して関係のないことなのかもしれない。
――――でも
それでも、なんて。今の僕は言い続けるのだ。今の僕はあきらめが悪い、どんなに悲しい結末であろうと、でも、それでもと諦めない。だからこそ、僕の人生はここで終わらなかったのかもしれない。
「待てレベッカ、時間だ」
「え?」
レプリカントナハトが僕に突きつけられ、拒絶が始まるその直前。聞き覚えのない声が聞こえてきた。その声に躊躇なく応じたのはレベッカだった。
「俺らの目的は完遂だ。帰るぞ、レベッカ」




