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恐ろしき男

「お久しぶりです、モニカ王女……と、あーっと――」


「勇者です」


「あぁ、あの。話には聞いていますよ、どうぞこちらに」


 扉を開いて待っていたのは、詰襟のスーツをビシッと着こなした吊り長な目の男だった。歳は二〇代半ばくらいだろうか、この若さで最高司令官というのだから驚きである。驚くことはほかにもある。


 モニカを見る目と僕を見る目の違いがまるで生きているか死んでいるかくらい違ったことも驚いたが、それはまあまだ想定の範囲内だ。僕が驚いたのはもっと別のところ。


 この男、なんだかとてもやばい。


 言葉にしてしまうととても陳腐になってしまうが、この男はとんでもなくやばいと僕の第六感的なものがヒシヒシと伝えてくるのだ。どれくらいやばいかといえば、レベッカの殺気を遥かに凌ぐレベルだ。それは僕にとって面と向かうだけで死ぬレベルのやばさなのだ。


 さっきから語彙力もなくヤバイヤバイ連呼しているのも、あまりのやばさにどうしていいか分からないから。モニカはそんな男にも普段通りの接し方で対応する。


「随分久しぶりね、なんだか前会った時とは身なりも階級も変わっているみたいだけど」


「それはそっくりそのままお返ししますよ。まさか王女だなんて、素質はあると思っていましたが、こんなに早くにとは」


「よく言うわ。その言葉もお返ししたいところだけど、それじゃあただの鼬ごっこになりそうだからやめておくわ」


 モニカは緊張でビビりまくっている僕を見て溜息を吐き、僕の視界の中で大きく手を振る。失敬だな、意識はしっかりしている。


「ごめんなさい、こういう場は離れていないの。彼が今この王国の勇者をしているわ」


「はじめまして、私はヴェイロンと申します。王国軍の長をやっています。話には聞いていますよ、何でも凄まじい嫌われようだとか」


「は、はぁ、全くもっとその評判通りですね。もう毎日が修行です、心の」


 その男は気持ちの悪い笑顔を浮かべて僕の話を聞いていた。いや、本当は普通の爽やかな笑顔なのだろうが、僕にはそれが彼の後ろに見える悍ましい何かのせいで歪んで見える。不快以外の何物でもない。


「こんなこと言われても大きなお世話かもしれませんが、私もよく不当な理由で嫌われたものです。見た目が怖いとか、何か裏がありそうとか、いろいろ」


 不当ではない。今挙げられら理由は僕があなたと出会って何より最初に抱いた感情だからな。


 ヴェイロンの言葉に空笑いを適当に返しつつ、当たり障りのない会話を数回したところでモニカが咳払いを一つして、それを合図に今回の本題へと移行することとなった。


「私もあなたもあんまり時間を裂きたくない事でしょうし、そろそろ本題に入ろうろ思うけど、いい?」


「ええ、私もちょっとばかしこの人たち何しに来たんだろうなんて考えていたところです」


 モニカとヴェイロンは古い仲のような感じだが、やっぱりこの男はいけ好かないし、モニカもそれは同様のようだ。もう見るからに舌打ちしそうな表情だ。やめて、そんなことしたら多分なんやかんや理由つけられて僕が殺される!!


「あら、あの頃から随分言うようになったのね。まあいいわ、早速だけど、ヴェイロン、あなた私たちが何をしに来たか本当にわからないの?」


「そうなんだ、実は皆目見当もつかない。この時期にアポもなしに突然王女が来訪なんてあんまりなサプライズだよ、何も準備できなかったですし」


 この男、まさか最近起こっている王国の問題はまるで知らないとでも言うつもりなのか。それとも知らないふりを通すだけの後ろめたい理由でも抱えているのか。


「それじゃあ聞くけど、王国軍は直々にギルドとの問題解消の手助けを王国に申請していたわよね、それはどうなのよ」


「ああ、そんなこともありましたね。でも、それって最初お願いしたのってかなり前ですよね。結構立て続けにお願いしたのにまるで返答がなかったので、てっきり無視されていたのかと思っていましたよ」


 ヴェイロンは屈託のない笑顔でそう言う。あぁやめてくれ、モニカの顔がどんどん引きつっていく。足なんかもう震えているから、ね、そのへんでやめよう。一応この子王女だからさ?


「……ち、ちょっと拗れていてね、ようやく対処ができるようになったここ数日、自分の足を使っていくらか調査してみたのよ。そしたら確かにギルドと軍のいがみ合いは確認できた」


「良かった、それじゃあ今日はその話に来たん――」


「違うわ」


 モニカのその言葉をヴェイロンは表情ひとつ崩さず聞き入れる。能面のような笑顔で硬直する。なんだこの状況、僕もう怖くておうち帰りたい!! ヴェイロンよりもモニカの方が今は怖い!! 


 しかし、そんな僕の気持ちを知らずに、または知った上で敢えてなのか、モニカはそれ以上を話そうとはせず、僕に意味有り気な視線を送ってくる。この女、マジで言っているのか。


 その目で、今日来た目的を僕に言えと?


 早くしなさいよ、と、暗に伝えるように顎で示された僕は、もうどうにでもなれとすら思いながら、レベッカ以上の殺気を放つ男に物申す。


「えーと、今日僕たちが来たのは、王国軍の問題行動についての調査でして、どうやら王国軍がプラトー王国の村という村に不当な物言いをしているようで。その辺の確認をしに来たんですよ」


 できるだけ当たり障り無いように伝えたつもりだが、どうだろう。ヴェイロンの表情はやっぱり何一つ変わらない。だが殺気は相変わらず、モニカの威圧も相変わらず、何なんだここは、地獄か。世間どころか身内の風当たりも強まる感じか!!


「……はて?」


 しばしの沈黙のあと、ヴェイロンは本当に不思議そうな顔をして首を傾げた。指を口元に当てて、やや上の方を見つめながら熟考して、それでもそのh市議そうな表情は晴れなかった。


「正直に言いますと、何の事だかサッパリといった感じです。軍の規模が大きすぎて私の目が届かないところで――とも考えましたが、それにしてはスケールが大きそうな問題です。そんな問題が今まで私の耳に入らないなんておかしい」


 具体的にはどういう物言いを? と、問われモニカが代わって応答する。


「村の交易を束縛しているのよ。ある国には超高額な値で取引をしろと、要は取引をやめろということね。それでいてある国には採算が合わないような額での交渉を命じる。そんなふざけた行為よ」


「……解せませんね。それが本当ならやった者たちを今すぐにでも厳罰に処すレベルです。ですが、私には本当に心当たりがないもので……ちょっとよろしいですか?」


 ヴェイロンは一度席を立つと、この部屋の外で待っていたらしい男を部屋に招く。ヴェイロンと違って体格のいい屈強な軍人、といった感じの男だ。


「彼はウェントムと言って私の秘書のような職務を行っている。私の言葉を軍に下す役割をしているから、彼の方が詳しいかもしれないと思ったんだ。いいですよね?」


「問題ないわ」


 モニカの合図により、僕はもう一度ウェントムにも事情を説明する。しかし、ウェントムもその問題についてはよく分からないというのだった。


「……申し訳ありません、本当に私にも心当たりがなく……」


「弱ったなぁ、ウェントムも分からないのか」


 なんだかお通夜ムードになりつつあるこの状況に、モニカも辟易しているようだった。しかし、相手が分からないの一点張りである以上、これ以上問い詰める要素がこちらには無く、会話が発展しない。それがモニカにも分かっているからこそのこのムードなのだろう。


 ……問い詰める要素がない?


 ……あれ、待てよ? そういえばコボルト村に関しては僕自身もその場に居合わせたよな……それで、そこに王国軍がやってきて、その王国軍を取り仕切っていたのは確か――


「――あの」


 停滞していた空気が一気に弾けるように、その場の全員の視線が僕に集まる。もし大したことを言えなかったらどうしようなんて小物な考えが浮かぶが、この場にいる者たちは全員堂々と振舞っている。僕も負けてはいられない。なんたって僕はこの国を守る、勇者なのだから。


「リーベル中尉って方です、その、問題行為をしていたのは」


「リーベル中尉が?」


「はい、それにです」


「??」


「リーベル中尉は《王国軍総司令官からの命令》と、そう言っていたんですが――」



今更気がついたのですが、漢数字の0はスマホでは表示できない場合もあるみたいです。ヴェイロンの歳を表現しているところで20代としているのですが、自分のスマホではゼロが表示されていませんでした。以降は表示できるものにしようかと考えています。

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